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 強い刺激を受けると記憶が消し飛ぶ、あるいは酷く曖昧になる。自分の都合よく書き替えられ、善い思い出が悪く描かれることや、その逆に悪い思い出が美化されることも。
 美雪の場合は凪砂と父との別れと、氷室豊による監禁が強い刺激と成り得るだろう。虚無の空間での生活が彼女を鈍らせ、幼少期の記憶を混濁させた。凪砂と再会することでゆっくりとそれらを取り戻しつつあったが、それでも、どうやら知り合いらしい男に見覚えがなかった。

「美雪さま、お久しぶりです」
「……」
「美しく成長なさって……御大が健在なら涙を流したことでしょう。俺は幸せです、美雪さまとこうして再び対面することが出来た。美雪さま、美雪さま、美雪さま。ああ、俺の幸福」

 SS予選が始まったことでES内は異様な静けさに包まれていた。ESに残っていて自由に出入りしているのは関東予選に参加するユニットを除けばP機関やES運営委員会くらいだろう。
 それ故に人通りの少ない廊下で、美雪の目の前に膝をつく男。

(……誰、だっけ。……聞いたことのある声な気がする。……深くて、厳格なバリトン。これは何処で聞いた音? …………音にも映像にも霧がかかっているみたい)

 人はまず声から忘れていくと言うが、昔から聴覚の優れていた美雪は耳を頼りに記憶を辿ろうとする。しかし頭の中に靄がかかり、脳が小さな痛みを主張した。
 美雪が困惑している前で、男は美雪の手に頬を擦りつける。その触感で現実世界に戻された彼女は思わず手を引こうとするが、男が放そうとしなかった。寧ろ引き寄せて縋りつく。

「良かった、本当に、不幸中の幸いだ。神父よりも早く貴女を見つけることができた。氷室に連れ去られたと聞いたときは生きた心地がしなくて……貴女という世界の宝を失うなんて、俺には耐え切れません」

 そう言って勢いよく立ち上がった男は美雪の肩を掴み、無遠慮に顔を触った。頬から首筋、耳の裏まで指が這わされ、美雪は小さく震えた。

「よく、よく顔を見せてください。ああ……本当に、美雪さまだ。美雪さまに触れてる。美雪さまが、俺の手の中に」
「……さ、触らないでください。変態、ロリコン」

 執事に教えられ、初対面で暴走する宗に向けて放ったことのある罵声はまるで男に効いていないようだった。瞳を煌めかせ、しかし「触るな」という声には従って手を放した。

「沢山言葉を覚えられたのですね……なんと感慨深い。貴女が俺を変態でロリコンだと言うのならその通りです。俺はたった今それに成りました。『変態ロリコン』に改名した方が宜しいでしょうか?」
「…………」

 機嫌を損ねることもたじろぐこともしない男に美雪はどう返せば良いのか分からなかった。得体の知れない変質者は美雪の返答を待っている。美雪は一先ず、思い出せない相手の名を尋ねることにした。

「……お名前、伺っても?」
「──ま、さか、俺を覚えて、い、いないのですか?」

 男は目を見開いたかと思うとぐしゃりと表情を歪め、吸い込んだ息を辛そうに吐いた。喉の奥で何かがつっかえているような音だった。美雪は相手がここまで悲しむとは思わず、戸惑った。

「……ぁ、えっと」
「そんな……そんな、ああ。御大が亡くなってすぐ駆け付けていれば……長すぎる歳月によって貴女の脳から俺という存在が消されたのですね。不要だと、判断されたのですね……」
「…………ごめんなさい」
「いいえ、いいえ美雪さま。謝ってはいけません。俺が全て悪いのです。俺が愚かだった、貴女と凪砂さまを迎えに行かなければならなかったというのに、俺はその責務を全うしなかった。これは然るべき罰」

 男は力強く握りしめた拳で自らの額を打った。「フゥーッ」と自身を落ち着けたらしい彼は美雪の前に膝をつく。

「──俺は貴女の父上である御大より『門番』の名を授かった者。時折、幼い貴女と凪砂さまの前にも姿を現しておりました。俺は子どもの相手は得意ではありませんでしたので、貴女の無垢なる瞳に、俺は不気味に映ったでしょう。……しかし、美雪さまは俺に微笑みかけてくれました。その瞬間、確かに花が萎み、月が隠れた。魚は泳ぐことを忘れ、雁は飛ぶことを忘れた。どんなに美しく尊いものであっても貴女には敵わない。俺は自分が如何にちっぽけな存在なのかを、あのとき思い知ったのです。俺は貴女の忠実なる下僕、犬です。貴女が望むなら何でも叶えてみせましょう。どうぞご随意に」

 男ははじめて美雪と出会った日のことを思い出しながら語った。機械のように感情の乏しい彼にとって、美雪と接することで芽生えた新しい何かがあった。羞花閉月、沈魚落雁。彼が美雪の美しさを言語で表現するために覚えた単語だった。
 深く頭を下げた『門番』を名乗る男を見下ろした美雪は小さく復唱する。

「…………門番」
「はいっ」
「……呼んでいません。声に出せば、何か分かる気がして」
「はっ」

 呼ばれたのかと思い顔を上げた門番だったが、主人たる彼女の思考の邪魔をしてはいけないと口を噤み空気に徹する。美雪の頭の中にかかった靄が少しずつ晴れ、奥に隠れた記憶の輪郭がしっかりした形を持ち始めた。

「……貴方以外にも誰かいた?」
「……それは、『使徒』と『神父』のことかと」
「……使徒。それは、明星先輩のお父様ね」
「はい」
「……神父、は」
「奴のことは思い出さなくて良いかと。忌々しい穢れた男です、美雪さまがあいつのことを考えているなんて、俺は嫉妬で狂ってしまう。どうか奴ではなく俺を。俺のことを考え、俺を思い出してください」
「…………」

 困った美雪が眉を顰めると門番は頬を染めて「申し訳御座いませんっ、出過ぎた真似を!」と床に額を擦りつける勢いで頭を下げた。

(ああ、ああ。美雪さまが、虫けらを見るような目で俺を……不味いな、興奮してきた。鎮まれ、俺は去勢された宦官なんだ……美雪さまの前で痴態を晒すわけにはいかない。御大に呪い殺される。勢いで「嫁に欲しい」と言ったら本気で去勢されかけたからな。……しかし、ああ。──御御足で踏んでいただきたいな。できれば裸足で、顔を。そしてそのまま小さな親指を口に含んで転がしたい。全ての指に舌を這わせ、「無礼者」と蹴り飛ばされたい。美雪さまのあんよに。…………いかん、本当に勃)
「……門番」
「申し訳ございません! 俺は美雪さまで不埒な夢想を……罰してください!」
「……? 別に良いけど」
「良くないでしょう⁉」

 門番は急所に熱が溜まらないよう己を鎮めるどころか邪な妄想に耽っていた。思考を読まれ咎められたと思うが、そんなことを知りもしない美雪はきょとんと目を丸くしただけだった。

「……全部ではないけど、少しずつはっきりしてきた。貴方は門番で、パパの……腹心?」
「はい、はい、左様で御座います」
「……昔のことは、なぁくんとゆっくり取り戻しているのだけど……また会えて良かった」
「ッああ、身に余るお言葉……」
「……私が忘れていることがあったら、さっきみたいに教えてくださる?」
「勿論です」
「……どうもありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでです」

 人通りが少ないとはいえいつまでも跪かれている状況は好ましくないと考えた美雪は門番に提案する。

「……床は硬いでしょう。立っては如何?」
「えっ、あ、その……立ちたくても立てないというか、たっているというか」
「……? でも、廊下で跪かれるのは困るわ。立ってくださいまし」
「し、しかし……」
「……立ちなさい」
「はい」

 命令されて立ち上がった門番・ゲートキーパーを見上げた美雪は彼の体勢に首を傾げた。彼は手を下腹部に置いて背中を丸めている。自分を見つけた途端に駆け寄ってきた男は、はじめからこんな見た目をしていただろうか。

「……貴方、猫背なのね」
「美雪さまがそう仰るなら俺はこれから一生猫背になります」
「……いいえ。不格好だわ、見苦しい」
「ありがとうございます」
「……褒めていないのだけれど。……私の隣に立つなら胸を張って歩きなさい」
「と、隣など……! 俺は三歩下がって歩きます!」
「……そう? 貴方がそうしたいのなら良いけど」

 そこで美雪は、何故ゴッドファーザーの腹心といえる男がESに居るのか疑問が浮かぶ。彼自身が言っていたように、ゴッドファーザーが死去してから美雪の前に彼が姿を現すことはなかったのだ。

「……ところで、貴方は何のために此処にいるの?」
「御大が遺した書物が発見されたため舞い戻りました。それから、俺はSS運営委員会に所属し、予選を含むSSの進行に携わっております。偶然にも美雪さまとお会いすることができ、感無量です」
「……書物」
「美雪さま、貴女は御大に『御大だけのアイドルになること』を望まれた特別な存在です」

 父親の遺したものとは何なのか、身に覚えがあるだろうかと考える美雪にゲートキーパーが語り掛ける。

「御大は伝説のトップアイドルだった。アイドルの創始者である御大に続き、数多のアイドルが生まれました。しかしこの国では未だに男が出張り、女は一歩引いて男を立たせるような振る舞いが望まれている。御大は貴女が女性アイドルの頂点に君臨することを望み、貴女を手元に置いていた」

 ゴッドファーザーが凪砂だけでなく美雪も隔離し、俗世との関わりを断った理由。美雪は確かに、父親から「お前は素晴らしいアイドルになる」と言われたことがあった。そのときはただの夢と希望か、期待と命令かと思っていたが。美雪には伝説のアイドルの真意が分からない。

「此処にいるということは、貴女はアイドルとして、ESに所属しているということですね? ああ、良かった。俺はアイドルに興味はありませんが、御大の望みを実現するためにも貴女を頂点まで導かねばならない。まずは氷室に接近して貴女を取り戻すところから始めなければならないと思っていたが……氷室もよく分かっているじゃあないか。美雪さまの価値を」

 ビル内で美雪と再会したことで、ゲートキーパーの中では都合よく解釈が進められていた。美雪は腕を組み満足気に頷いている彼に訂正する。

「……違います。私は作曲家、アイドルではありません」
「──作曲家?」

 ゲートキーパーは唖然として、言葉の意味を理解するのに時間を費やした。

「──な、何をしているのですか! アイドルではなく作曲家⁉ つまり貴女は舞台ではなく、裏方に回っていると? これは世界の損失です、一体なぜ……⁉」
「……それ、音楽を馬鹿にしているような発言だわ。曲が無ければアイドルは成り立ちません」
「しかし! 貴女はアイドルにならなければいけなかった!」

 再び距離を詰められ肩を掴まれた美雪は眉間に皺を寄せる。美雪はアイドルを愛しているが、「アイドルになれ」と言われることには辟易していた。彼女が何度否定しても、拒否しても、彼女に惑わされ惹きつけられた者たちが群がる。

「……さっき『触らないで』って言ったのだけど、もうお忘れ?」
「美雪さま、お考え直しを。今からでも遅くありません、アイドルに方向転換すべきです」
「……五月蠅い、耳障り、黙りなさい」

 美雪はゲートキーパーの手を叩き落とした。大男の彼にとっては痛くも痒くもない攻撃だったが、彼は大人しく引き下がった。ブラウスの皺を伸ばすように肩に触れた美雪は俯き加減で呟く。

「……私はアイドルにはならない。パパもなぁくんも、私を許さないと思う。……でも私の未来は、パパではない人に定められてしまった。だから、なれない」
「御大ではない人物……? 誰です?」
「……」
「──まさか氷室恵慈……いや、貴女を奪い去ったのはその息子か。あの若造が貴女に何をしたと言うのです。奴に貴女の未来を決める権利はない」

 美雪を保護できなかった自分への不甲斐なさよりも『氷室』への怒りがゲートキーパーの体を支配した。地獄から地上まで這い上がって来た罪人のように、凄まじい形相で重苦しい一歩を踏み出す。

「俺が奴に裁きを下します。氷室など知ったことか、天祥院と手を組めばどうということは無い。ご安心ください、氷室が消滅しても美雪さまを俺の養子にお迎えできます。何不自由ない生活をご提供します」
「……不要です」
「いえ、俺は御大の望みを叶えなければ」
「……パパの望みが私の望みではない。これ以上この話を続けるなら貴方とは口を利きません」

 それでもまだ喋るのか、と美雪はゲートキーパーを咎めるように見遣った。口を噤んだ相手を確認した美雪は辺りを見渡す。

「……ここでは話しにくいかもしれないから、場所を移しましょうか。予選ではあちこちにユニットが散っていて、不穏な流れの地域もあるというし……貴方、何処でお仕事をしているの? そこに連れて行って」
「お、俺の執務室ですか⁉ 美雪さまが……俺の部屋にっ?」

 目に見えて動揺するゲートキーパーの頬は薄付いていた。まるで初めて自宅に彼女を招いた男子のような反応だった。美雪は彼が何故目を泳がせているのか分からず、怪訝そうに尋ねる。

「……駄目なの?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「……貴方、私の犬なんでしょう?」
「はい、忠犬です」
「なら従うのが筋じゃありませんこと?」
「その通りです」

 キリリと表情を引き締めたゲートキーパーは主人を案内しようと「こちらです」と前進しようとするが、ふとあることを思い出し立ち止まる。気まずそうに美雪を振り返った。

「……何?」
「その、俺の執務室には喧しい小娘が……いや、今は静かにしているか」
「……小娘?」
「はい。アイドルのプロデュースをしている者で、SSの円滑な進行の妨げになる恐れがあるため軟禁しております。決してやましい関係ではありません。御大亡き今、俺には美雪さましか」
「…………あんず先輩のこと?」

 ゲートキーパーはぱちくりと目を丸くする。

「ご存知でしたか?」
「……私、夢ノ咲だからね」
「……成る程。あの娘と関わりがあると」

 美雪はESビル内では私服だ。それ故、ゲートキーパーは美雪とあんずに接点があると見ただけで判断することが出来なかった。
 あんずの現状が監禁よりも緩い「軟禁」とはいえ、高校生になるまで自由とは程遠い生活をしていた美雪は彼女を心配せざるを得ない。

「……軟禁というのは、何処まで制限しているの? 言葉も、食事も制限している? 行動範囲は何処まで許しているの? 部屋の中だけ? それともベッドの上のみ? 入浴や排泄の管理もしているの?」
「そ、そこまで徹底してはいません。ある程度は自由にさせています」
「…………そう。あんず先輩に失礼のないようにしなさい」
(くそ、何なんだあいつは。美雪さまに気に掛けられるなんて……)

 アイドルだけでなく美雪からも一目置かれているあんずの存在が、たった今ゲートキーパーの中で更に忌々しいものへと昇格させられた。執務室の空気がギスギスしそうだ。

「……迷惑料も用意した方が良いわ」
「畏まりました。いくらほど用意致しましょう?」
「……」

 買い物をした回数も少なければ一般的な金銭感覚を身に着けていない美雪は、必要な金額を導き出すことができなかった。

「……一先ずカードを渡しておいて」
「御意」

 その後、ゲートキーパーから黒いカードを受け取ったあんずはちょっとした仕返しのためにおじさんのお金で大豪遊した。

***

 美雪がふと手を止めて虚空を見つめ始めたことに、近くで仕事をしていたあんずが気づく。あんずが控えめに彼女を呼ぶと、美雪はペンを置いて椅子から立ち上がり、窓に歩み寄った。

「……なぁくんが、悲しい気持ちかもしれません」

 あんずが聞きなれない誰かの呼び名を聞き返すと、美雪ははっとして振り向いた。凪砂と仲睦まじいこと、彼を渾名──幼い頃、話すのが苦手だった名残だった──で呼んでいることを知っているのは限られた人間だけだった。

「……乱、凪砂くん……『さん』の方が良いんだっけ。ごめんなさい、慣れてなくて、適切な呼び方が出来ません。……乱さん、乱さん」

 あんずも噂で美雪と彼の仲が良いらしいというのは聞いていたため、「なぁくん」の正体に納得した。美雪はスムーズに呼べるよう、何度か繰り返してから続ける。

「……乱さんは今、四国でしたよね。……何かあったのかな。……私と乱さんは昔、何をするにも一緒だったんです。離れていた期間が長すぎて、今は別の個体になったけど、……こうして彼の不安定さを感じ取れるのも、私たちの繋がりのお陰」

 此処はSS運営委員会本部にしてゲートキーパーの執務室。あんずが軟禁されている場所だった。美雪はゲートキーパーから話を聞くために執務室へ移動した際、長いことゲートキーパー以外の人物と口を利いていなかったあんずに駆け寄られた。そのときあんずはゲートキーパーが美雪に手を出そうとしているのではないかと警戒していたのだが、ゲートキーパーが美雪に対して低姿勢なのを見て渋々身を引き、危なくなったら大声を出すことを美雪に約束させ、二人きりで奥の部屋に消えていくのを見届けた。

 それからというものの、ゲートキーパーが「美雪さまは安全な場所へ。奴が美雪さまに接近しないとは限りません」と進言したこともあり──氷室財閥の屋敷も十分安全だが──、美雪はあんずの元に定期的に訪れていた。予選中はアイドルたちもESビルを空けている時間が長いため美雪は作曲以外にすることがなく、移動とアイドルとの関わりを制限されているあんずもデスクワーク以外することがなかった。あんずはゲートキーパーの指示に従って仕事をしているが、軟禁されている腹いせに一切口を利いていない。それ故に話し相手が欲しかったあんずは、美雪がやってくると喜んでおしゃべりしていた。

 ゲートキーパーがあんずと美雪が仲睦まじくしている光景を恨めしそうに睨むと、あんずは勝ち誇ったように笑った。それにゲートキーパーが憤慨すると先輩との交流を邪魔された美雪から「……貴方は席を外しなさい」と冷たく命令され、哀れな門番はハンカチを食いしばりながら退出するのがお決まりだった。

 美雪は窓に触れていた指をゆっくり放して机に戻った。机上にはいくつもの五線紙が並んでいて、美雪は此処にいる間ずっと作曲作業をしていた。あんずがどこのユニットに向けた曲なのか尋ねると、美雪は「……Valkyrieです」と返す。

「……どの事務所にも、P機関にも優秀な作曲家がいるんですよね? ……安心しました。それならEdenも大丈夫。UNDEADは大神先輩が作曲を嗜んでいらっしゃるし、他のユニットだって、心配はいりませんよね」

 問いにあんずが頷くと、美雪はそう言った。

「……何度も、何度もなぁくん……あ。乱さんに、『私と斎宮くんのどっちが大事なの』って質問されて、困っていたんです。……大切って、一つにしなきゃいけないものではないでしょう? でも、決めなければならないなら……私はEdenより、Valkyrieを選んでしまうから。……あんず先輩の一番がTrickstarのように、私の一番はValkyrie。……あんず先輩は立場上、目に見えてTrickstarを贔屓してはいけませんものね。歯痒いでしょう」

 美雪はペンを持ち直すと五線紙に続きを綴り始めた。あんずの目にはその速度がいつもよりも遅く映った。

「……Valkyrieだけは、譲りたくないんです。お二人にはずっと私の曲を歌い続けて欲しい。そのために、これからはValkyrieだけに専念したいんです。……だから、サミットでも言いましたけど、他のユニットの楽曲は他の作曲家に振ってください。お願いします」

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