リズムリンクは元々老舗ということもあり、事務所内の陣営だけで映画を作成できるだけのコネクションや実力が、他の事務所に比べて高いと言える。
名波哥夏が顔出し、加えて世界的モデルである氷室豊の妹・氷室美雪がデビューしたことで世間、世界の注目は彼女に集まっていた。ゲリラであったはずのお披露目ライブは配信もしていたことでSNSに評判が広まり、多くの人々の目に留まった。
そんな彼女が所属するリズムリンクが出した新情報を目にした天祥院英智は同室で鼻歌を歌っている朔間零を睨んだ。シャワーを浴びてベッドに座ろうとしていた零は彼の視線に気づいて立ち止まる。濡れ羽色の髪から雫が滴っていた。
「なんじゃい、その目は」
「いいや? リズリンのお偉方にどんな胡麻擦りをしたのかなって思っただけだよ」
「胡麻擦り? 何のことかえ?」
「素っ惚けるつもりかい?」
英智はスマートフォンを零に見せる。老眼なのか目を細めて画面を見つめた零は、そこに書いている内容を理解して「ああ」と頷いた。そしてにんまりと笑みを深める。
「良いじゃろ。我輩、美雪ちゃんと共演するんじゃ♪」
「えっ⁉」
二人のバチバチをそっと見守っていた藍良が飛び起きた。英智は詰まらなそうにしつつ、藍良にも画面を見せてやる。藍良はちょびっと会釈をして英智のスマートフォンに飛びつき、文字を読み上げた。
「リズムリンクが提供する新作映画、朔間零と氷室美雪によるダークファンタジー……⁉」
文字を読んでいる内に特大ニュースだと悟っていった藍良はぎょっと飛び退いて尻もちをついた。
「こ、こんなの死人が出るよ! リズムリンクが顔面で殴ろうとしてるゥ!」
「ビジュアルで攻めようとしてるね……魂胆が丸見えだ」
「うぎゃあッ! 目がっ、目が潰れる!」
英智が画面をスクロールしたことで既に撮影されているビジュアルの画像が表示された。藍良は頬を染めて両手で目を覆った。
藍良がSNSでそのニュースを見ていないということは、まだ世間には出回っていない情報ということ。英智はESの設立者ということもあり、他の事務所の新たな仕事内容などを把握しているケースもあった。今回はそういうことだろう、と藍良は床に正座をして零に恐る恐る尋ねた。
「ど、どんな内容なんですか……?」
「そうじゃのう……簡単に言うと我輩が吸血鬼で、美雪ちゃんは吸血鬼の館に迷い込んだ女の子、という立ち位置じゃな」
「ヒィ。全人類が大好きな吸血鬼ジャンル……!」
「主語が大きすぎるね」
藍良の発言に呆れた英智はじっとキービジュアルを眺めた。少しはだけた衣装で目を伏せている美雪と、その背後から彼女に迫り牙を向ける零。
「よく斎宮くんが許したね?」
「斎宮くんの許しは要らんじゃろ。別の事務所じゃし」
「だってこんなに肌が見えてるんだよ? 彼がこれを見たら発狂すると思うけど」
「くくく……美雪ちゃんの肌は玉のようで、我輩も漲ったものよ。ほれ、鎖骨。綺麗じゃろう? 撮影中に箍が外れちゃわないか心配で心配で……」
「……」
「あ、箍っていうのは我輩の箍ね?」
「解説されなくても分かってるよ、そのくらい」
英智の軽蔑の眼差しを物ともせず、零はだらしなく顔を緩ませて自慢し始める。聞いてもいないというのにペラペラと話す男を英智は相手にしたくない気持ちもあったが、話の内容に美雪が関わっているとなるとそうもしていられない。
「芸術家トリオのお披露目ライブを配信で見たリズリン御用達の脚本家が、美雪ちゃんを見てビビッと来たらしい。頭の中に浮かんだ物語を速攻書き下ろしてオファーしてきたんだとか。美雪ちゃんはこれから引っ張りだこになるぞい。いやぁ、同じ事務所の先輩として鼻が高いわ。羨ましいじゃろ、羨ましいじゃろ? じゃろ? じゃろ?」
(うわぁ、朔間先輩うざ……)
憧れの先輩の一人ではあるが、藍良は容赦なくそう思った。英智はずいずい顔を寄せて挑発してくる零の脛を蹴り飛ばした。
「痛ッ⁉ こ、こやつ蹴りおった! 我輩アイドルなのに!」
「僕もアイドルだけどね」
「尚更蹴っちゃいかんじゃろうが」
「僕は脚を組み直しただけだよ。そこに君の脚があるのが悪いんじゃあないかな」
「すまんのう、長くて。……痛いッ! また蹴った!」
「あ、ごめん。滑っちゃった。ほら、僕も脚長いからさ」
(くだらないなァ……)
正座をしているのも馬鹿らしく思えた藍良は二人に断りもせずに脚を崩した。零は既に痛みが引いている脛を摩り、「そういえば」と続ける。
「その脚本家が言うには、もし売れたらシリーズにしたいらしいぞい。結末も考えていると言っていた」
「ふーん。リズリンも力を入れて臨むって感じか」
「美雪ちゃんの初主演じゃからの。リズリンとしてもあの子を押したいから当然じゃ。押せ押せの勢いでの。そしてシリーズになった暁には、続編で登場予定の役を蓮巳くんに頼むつもりらしい」
「え、敬人?」
それまで嫌々耳を傾けていた英智は幼馴染の名前が出て来た途端に目を丸くした。みるみる内に表情を歪めていく。
「ずるい。ずる過ぎる。リズリンで美雪ちゃんを独占し過ぎだよ。スタプロを贔屓にしてくれてる監督だって『美雪ちゃんにお願いしたい』って言ってる作品があるんだからね? あの子がデビューしてからというものの、ES外からも出演オファーが絶えなくて大勢が仕事の山を抱えて列を成しているというのに……」
「スタプロ贔屓の監督……もしや業界で『変態』と噂されてる監督かえ? 我輩の耳にも入ってるんだけど。そんな輩に我らが美雪ちゃんをお任せするなんてできんぞい。事務所NGです」
零は両腕でバッテンを作る。英智は白けた目でそれを見つめた。
「なんで君が勝手に事務所を代表してNG出してるのかな」
「というか美雪ちゃんはリズリン所属なんじゃからリズリンの仕事を優先して当然じゃろ。スタプロはご遠慮ください」
「……どうしよう。意地でも敬人を出演させたくない気持ちと耽美な映像美で映し出される美雪ちゃんを見たい気持ちで鬩ぎ合ってる」
悔しいことに、ダークファンタジーでは零に叶わないことを英智は自覚していた。ウェディングや白王子なら負ける気はしないが。
その脚本家が敬人に任せたいと思ったのは恐らく去年のハロウィンの映像を見たからだろう。紅月は吸血鬼に扮して出演していた。
零は項垂れている英智を放って、はしゃぐ乙女のようにベッドで飛び跳ねた。うつ伏せになって肘をつき、脚をパタパタさせる。美雪と共演できることが零の心を弾ませているようだ。
「ねぇねぇ、我輩テンション上がっちゃってるんだけどネタバレしていい? 脚本家もテンション上がって我輩に話の結末まで話してくれちゃったんだけどネタバレしていい?」
「やめて! 楽しみにしてるんだからネタバレ禁止〜!」
「えー、白鳥くんネタバレ駄目な人? じゃあ部屋出てって。今から天祥院くんに自慢するから」
「すっごい自己中」
零は扉を指さしてGet outと命令した。渋々立ち上がった藍良が部屋を出るよりも先に零が口を開いた。早く言いたくて言いたくて堪らないらしい。
「実はね、美雪ちゃんは我輩に吸血鬼にされて、蓮巳くんは美雪ちゃんに吸われて吸血鬼にな」
「ちょっと、話し始めるの早すぎっ! おれまだ部屋出てないんですけど!」
「るんじゃけど羨まし過ぎない? 我輩も美雪ちゃんにちゅうちゅうされたいんじゃ〜。まあ『自分を吸血鬼にした男』って美雪ちゃんの中で一番色濃く残るらしいから? 良しとしてやらんこともないっていうか〜」
「意地でも話すつもりだこの人」
「それで美雪ちゃんを吸血鬼にした我輩と美雪ちゃんに吸血鬼にされた蓮巳くんが対立して、美雪ちゃんを巡って争うみたいなんじゃけど最終的に我輩が」
「ストップ、待った、そこまで! それ以上言ったら嫌いになるからね⁉」
「え。まだ第二部のところなんじゃけど」
「第何部までやるつもりなの⁉ ジョジ*なの⁉」
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