V

 帽子を深々と被りマスクを装着。それにサングラスを加えれば、不審者の完成だ。逆に目立つのではないかという変装をしなければ歩き回れないというのが、芸能人の苦悩の一つ。人が多い場所なら変に隠れようとしなくてもあまり目立たないと、レオはとある友人に聞いたこともあった。木を隠すなら森の中、ということだろう。
 しかし、それはレオには通用しても隣の彼女にはどうだろうか。

「うーん、やっぱ両方は悪目立ちするよなぁ……でもサングラスかマスクのどっちかにしても顔の黄金比具合は隠せないし……」

 レオはウンウン唸りながら美雪の顔の前で顔隠し用品をどう使うか考え込んでいた。目の前で道具を動かされ、美雪は鬱陶しそうに眉を顰める。

「……全部使えば良いんじゃないですか?」
「それやってValkyrieのライブでリズリンに捕まったのお前だろ。会場でその装備は完全に浮いてるからな。自分は芸能関係者ですって看板提げて歩いてるようなもんだっての」
「……でも、今日は遊園地でしょう?」

 現在、レオの車の中。目的地である遊園地までは一時間ほどかかる。運転している間も油断はできないため、レオはこの段階から変装しようとしていた。美雪もそれには納得できるが、いつまで経っても決められない彼に辟易している。

「マスクか……いや、サングラス? コイツは目が良くないよな。見つめて『堕とす』し」
「……もう、早く行きましょうよ。時間が無くなっちゃう」
「あ。マスク切らしちゃった」
「……? あるじゃない」
「や。お前用の小さいヤツ」
「……別にあるのを使えば良いでしょう」
「前見えなくなるぞ、顔ちっちゃいんだから。あとおれがお前の顔見えなくなるの嫌だ」
「……」

 美雪に帽子とサングラスを押し付けたレオは、自分はマスクだけを着けてシートベルトを締めた。

「……ねぇ」
「んー?」

 丁度信号で停止しているときのことだった。美雪がレオに話しかけ、彼は前を見たまま応答する。

「……私、遊園地とかテーマパークって、サンクチュアリしか知らないのだけれど、今日行くのはどんな場所?」
「サンクチュアリとあんま変わんないと思うけどな。メリーゴーランド、コーヒーカップ、観覧車、ジェットコースターとか。サンクチュアリはテンシが作っただけあって『アイドルになれる』的なコンセプトがあるけど、普通の遊園地はそういう特殊な感じじゃないと思う。一般人が一般的に楽しむ施設だよ」

 信号が代わり、レオはアクセルを踏んで他に何かあっただろうか、と思い出す。

「あ。お化け屋敷あったわ」
「……お化け?」
「行く? カップルで行くとカノジョが怖がってカレシにくっつく、みたいなのが定番みたいだけど……お前はああいうの『作り物じゃないですか』とか言いながらずんずん進みそうだよな」

 実際に入ったわけではないが、入らずとも彼女がどんな反応をするか想像ができた。レオが急に出て来たお化けに脅かされてぎゃあぎゃあしている間に、彼女に置いて行かれるだろう。恋人になったからには、彼女にくっつかれるのを期待してしまうレオも居るが。

「……着ぐるみはいます?」
「ああ、お前好きだもんな。でもあれって中に人が」
「夢のない人。そんなことを意識しながら触れ合うわけがないでしょう」
「すんませんねぇ」

 普段は彼女の方が現実的で興味のないことに時間を割きたがらず、細かい部分に拘っているが、こういう幼女趣味なところがある。レオはこれから行くテーマパークに彼女の好きそうなゆるっと可愛いキャラクターがいることを事前に調べていた。

***

 卒業旅行の沖縄でもそうだったが、何故彼女は着いて早々お土産コーナーを見るのだろうか、とレオは不思議に思う。感覚が人と違うのはそうだが、楽しむ前に荷物を増やすのは彼女の嫌いな非効率ではないのだろうか。

「見て。この子かわいい」
「……あー、そうね?」

 美雪が持ってきたのはリュック型になっているぬいぐるみだ。ぬいぐるみの背中にチャックがあるようだが、中に詰められるのは精々小物くらいだろう。美雪は実際に背負って鏡の前でくるくる回り、ふんふんと興奮している様子。満足したのか、美雪はレオの持つ買い物かごにそれを入れようとした。

「待った。美雪さん、買いすぎ」
「……そう?」
「金銭感覚がお嬢様。部屋がぬいぐるみだらけになるだろ、置き場あるの?」
「……あるわよ。お嬢様だもん」
(コイツ……)

 ああ言えばこう言う、上げ足を取るような厭味ったらしい返しだった。買い物かごの中には美雪が気に入ったぬいぐるみが既に山積みになっている。レオはその中に手を突っ込んで一匹の首根っこを掴み、引き抜いた。

「そのリュックなら、まぁ背負えるから分かるけどさ。今買っても嵩張るだけだろ? 抱えて回りたいなら一個にしろ。閉園近くなったら、またこの店に寄れば良い」
「……でも、その時間まで残ってます?」
「こんだけ並んでるんだから余ってるだろ」

 美雪が選んだぬいぐるみ達はどれも店内に多く陳列されている。数が減れば店員が裏の倉庫から持ってきて並べるだろう、その姿をレオも見ている。彼女が心配する『売り切れ』は有り得ない。安心させようと思って出た言葉だったが、美雪はリュックのぬいぐるみを抱えて呆れたように言う。

「……貴方、分かってないわ」
「は?」
「……この子たちは皆お顔が違います。私が選んだ子はどの子も美人。同じ顔に二度出会える保障はありません」

 試しにレオは今自分が持っているぬいぐるみが並んでいる棚に近づいてみる。その場にしゃがんで美雪が選んだものと選ばれなかったものを見比べてみるが、レオにはそこまでの違いがあるように思えなかった。首を傾げていると隣に美雪が並んだ。スカートが床に擦れているが気に留めていない。

「ほら、この子は目が離れています。この子は鼻が歪、この子は口が毛に埋もれてしまって可愛くないわ」
「ああ……あー?」
「私の選んだその子は完璧。このお店で一番美しい子」

 分かるような分からないような、ミリ単位の違い。だから一匹を選ぶのに時間をかけていたのか、とレオは渋々納得することにして、買い物かごにポイと投げ入れる。

「……ちょっと。乱暴にしないでください」
「お前に言われたくないです〜ぅ。苛々したらぬいぐるみに当たって投げてるだろ?」
「それは……でも、その後すぐに謝ってます」
「ぬいぐるみの扱い方って恋人の接し方と同じらしいぞ。お前DV気質?」
「……ドメスティック・バイオレンス? どうして?」
「暴力振るった後に我に返ったみたいに『ごめんねぇ』って謝って、でろっでろに甘やかすらしいぞ、DV男って。そのギャップで離れられなくなる女がいるみたい」

 美雪はふと、兄を思い出した。彼は決して美雪に謝ることはなかったが、感情の変化や波、浮き沈みの激しさは、それに近い。特に美雪が言いつけを破り外に出たことを知った彼の怒り様は。
 反応を示さないでいるとレオが心配すると思い、すぐに振り切って美雪は返す。

「……性別が違うでしょう」
「性別が違くても同じなんじゃん? 嫁から旦那へのDVもあるらしいぞ」
「……データはあるんですか? ぬいぐるみの扱い方が恋人の接し方と同じなんて」
「さあ? 心理テストじゃん?」
「……心理状態によって幾らでも変わる検査なんて参考になりませんね。それと、今調べてみましたけど『男性の人形の扱い方が彼女の扱い方』なら出て来ましたよ」
「あれ、マジ? 男女共通なのかと思ってた」

 スマートフォンの画面を向けられたレオは目を丸くする。それを見て「確かにシュウは人形を丁寧に扱うな」と思ってしまった。

「……貴方のぬいぐるみの扱い方、粗雑ですね」
「……」

 自ら墓穴を掘ったレオは黙って先程投げ入れたぬいぐるみの毛並みをそっと整えた。

 結局、美雪は買い物かごに入れた全てのぬいぐるみを買うと、店員にタグを切ってもらったリュックを背負い、一匹連れて歩く子を選んで──レオが粗雑に扱った子だった──それ以外をロッカールームに押し込んだ。へんてこカチューシャを装着したレオは荷物持ちと化すことを悟る。

 が、振り回されるだけなのはレオも面白くはない。流れるままに着いてくる彼女を引っ張って次々にアトラクションの列に並んで行った。ジェットコースターでは手をあげて風を感じ、コーヒーカップは全速力で回しておいた。美雪はどれも静かにぬいぐるみ抱えているばかりだったが、レオの後ろで密かにほくほくしていた。

「……美雪さん?」
「……はい。何でしょう」

 お化け屋敷に突入した二人。暗がりの中、レオは美雪に引っ付かれて固まっていた。

「もしかして怖い?」
「いいえ、暗いので。足元が見えないでしょう」

 なんだ、そういうことか。レオは納得してひんやりした屋敷の中へと足を進める。心臓が鳴っているのは恐怖か、あるいは彼女の温もりを感じるせいか。
 コツコツ、と自分たちの足音と、嫌な空気の流れる音だけがする。レオは手元の懐中電灯で辺りを照らしてみた。

「……広いなー」
「五月蠅い。急に喋らないで」
「え、そんなに怒る?」

 静か過ぎるのも恐怖感が増すと思い、レオは自分の気を紛らわすために発言するが、美雪はピシャリとレオを遮る。レオがそれに反応すると、丁度そのタイミングでガタン、と大きな物音がした。レオは「うおっ?」と声を上げ、美雪はレオの腕に力を込めた。

「びっくりしたぁー……」
「…………」
「……なんか震えてね?」
「寒いんです」
「ふーん……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「何か喋りなさい」
「いやお前が喋るなって言ったんだけど」
「良いから。ぴぃちくぱぁちく話して、いつもみたいに」

 そこでレオは彼女の返答がいつもよりも早口なことに気づく。何か話せ、というのは「気を紛らわせろ」という命令ではなかろうか。

「……なぁ」
「なぁに」
「やっぱ怖がってない?」
「私が? こんな作り物に?」
「めっちゃくっついてくんじゃん」
「それは、貴方がお化け屋敷はくっつくのが定番って言うから」
「めっちゃ震えてる気がするんだけど」
「……貴方が振動しているんじゃない?」
(何だ、おれが振動って。おれはスマホか)

 突っ込みを入れたくなりながら、レオは次の部屋に続くドアノブを捻った。鍵が締まっている。こちらのルートではないと言うことかと思い、他に行ける場所はないか辺りを見渡してみるが、それらしいものは見当たらない。

「あーれ? 進めないぞ?」
「なんで」
「だから怒るなって」
「…………こんな暗いところに閉じ込められるなんて聞いてないわ」

 ぽつり、と小さく吐かれた言葉。彼女の昔を想起し、震えている理由を理解したレオは、連れてくるべきではなかったか、と懐中電灯を握り直した。

「ひゃっ」

 お化け屋敷の演出であろう落雷の音が響き、美雪はびくっと縮こまった。レオは仰々しいそれに顔を顰める。ア、ア、という呻き声が後ろから迫っていた。

「れ、れおさん……早く出たい」
「ん」

 レオは「目瞑ってろ」と言って美雪の手を握り、いつの間にか開くようになっていたドアを開けて出口を目指した。その先にもいくつか部屋はあったが、レオは早足に進み、途中に出て来たお化けに大したリアクションすらしなかった。

 灯りの少ない施設内を出ると、外の眩しさが際立つ。レオはしぱしぱと瞬きをして横の美雪を確認した。レオの手も、逆の腕に抱えるぬいぐるみも力いっぱい握っているようだ。泣いてはいない。ただ何度か鼻を鳴らして俯いている。泣く一歩手前といったところか。

「ちょっと休むか」

 レオはベンチまで移動して美雪を座らせると、その脇に設置された自動販売機に小銭を入れ、ラインナップを見る。彼女は体温が低い、お化け屋敷は恐怖を煽るために冷房がよく効いている。気温は至って過ごしやすいものだが、レオは「あたたか〜い」と書かれた飲み物を選んでいた。

「ほい」
「……ありがとうございます」

 ほっと一息ついた彼女を見て、レオも胸を撫でおろした。
閉所且つ暗所は、彼女の記憶の中で善くないものだ。その考えが抜け落ちていた。彼女が怖がる姿を少しでも見られれば、と思ってしまった自分を引っぱたきたくなる。

「……観覧車」
「ん? ああ。でもたぶん、サンクチュアリのより小っちゃいと思うぞ?」

 以前、宗を合わせた三人でサンクチュアリのハロウィンパレードに参加したことがある。その合間、サンクチュアリ内をプライベートとして楽しむ時間も用意されており、観覧車を含むアトラクションに乗った。レオは天祥院の創ったもの程ではないと告げるが、美雪はどうやら乗りたいらしい。レオの渡した飲み物で指先を温めながら、じっと巨大な車輪を見上げている。

 ランダムに回ってきたゴンドラはピンク。その色のせいか、「観覧車と言えば」のよくあるシチュエーションがレオの頭に浮かんだ。美雪は先に乗り込むと座るのも忘れて窓の外を眺めた。レオが席に腰掛けるとゴンドラが少し傾いた。彼が座ったのに気づいた美雪もその対面に座る。

「夜になるとライトアップするんだって」
「……へぇ」

 美雪の視線は変わらず窓に向けられているため、今の興味はそちらにあるのだろう。どこか上の空な返答で、レオは嫌でも意識しているのが自分だけだと思い知らされる。

(……こっち向けよ)

 面白くないレオは膝に肘をついて美雪を睨んでみる。美雪はと言うと、今日乗ったジェットコースターのレールを目で追っていた。乗客たちの悲鳴または歓声が薄く聞こえてくる。
 徐々に地面が遠ざかっていく。反対の窓の景色はどうなっているのか気になった美雪が顔の向きを変えようとしたところで、レオから向けられる視線に気づいた。睨まれる理由が分からず、首を傾げる。美雪は膝に置いていたぬいぐるみを顔の前まで持ってくると高い声で話しかける。

「……怒ってるっぴ?」
「なんだその語尾。そいつってそういう話し方なの?」
「……知らない。喋ってるところ見たことないもの」

 レオは肘をガクッと滑らせた。さっきまで睨みを利かせていたのが馬鹿らしく思えた。彼女はどこまでも暢気で、世間一般的な恋人が気になるだけで、レオを交際相手として意識しているわけではないのだ。その証拠に、彼女は今もレオの前でぬいぐるみの耳を指でいじっている。

 腰を上げたレオは美雪の横に座り直した。美雪は突然縮まった距離に疑問を抱き、レオを見遣った。仕返しのつもりか、レオは目を合わせずに窓の外を見る。

「観覧車シチュエーション」
「?」
「よくあるやつな。頂上でキス」
「……」
「やってみる?」

 ドッドッと五月蠅い心臓を誤魔化して、レオは不敵に笑ってみせた。美雪はぱちりと瞬きをして、「良いわ」と言う。顔色を変えない彼女にレオはぴくっと眉を動かしたが、真顔に切り替えて女の指──ぬいぐるみを持っていない方の腕だ──に自分の指を絡ませた。まだ頂上まで少しある。その間、レオは一秒たりとも、一瞬たりとも目を逸らしてなるものかと、美雪から逸らさずにいた。

(……睫毛なげー。……コイツの目、舐めたら美味そうだな。何味だろ)

 勝負をしようと持ち掛けたわけではなかったが、レオは恥ずかしくなって負ける前に、彼女の観察し心内で実況することで平静を保っていた。

(…………かわいいな。……あ、目逸らした。おれの勝ち)

 後はもう、時計の針のようなものだった。長針が真上に来る直前と同じ。あと少し、あと少し、とカウントダウンをして、レオは何度も未遂をした小さな唇に念願の口づけをする。
 一センチだけ離してハ、と薄く息を吐き、首を傾けて今度はかぶりつくようにしてみる。彼女から「ん」という声が漏れて、レオは絡めた指をぎゅっと握った。

「……ん、もう、良いでしょう」
「まだ」
「ぁ、ん」

 箍が外れたように何度も口を食んでいると、美雪がふっと顔を逸らして逃げた。レオは美雪の頭に手を回して啄む。美雪は制止を聞かないレオの肩を叩いた。

「なんだよ」
「しつこい」
「いいじゃん。恋人なんだから」

 レオが続けようとして顔を近づけると、ぬいぐるみが差し込まれた。ぬいぐるみの鼻に唇を押し当ててしまったレオは顔を鷲掴んで下し、美雪に迫る。

「なんで逃げんだよ」
「だって、なんか……変なんだもの」
「何が?」

 美雪は目を泳がせると「……怒らない?」と見上げる。レオは(怒らせるようなことを言う気か?)と思いながらも理由が気になり、頷いてみる。

「……なぁくんと、違うから」
「──ハ? おれが『なぁくん』じゃないからしたくないってこと?」
「そ、そうじゃなくて……何か、違うのよ。分からないけど……この辺りが、苦しくて、なんか……涙が出て来そう」
「……え、そんなに嫌? おれとするの」

 そうだとしたら。レオがショックで固まると、美雪は不思議なものを見つけたように言った。彼女自身も意外そうに。

「嫌では、ないわ」
「……ん?」
「?」
「じゃあなんで嫌がるの?」
「……それは、えっと」

 美雪は自分でも分からない初めての感覚に困惑しているらしい。やめてほしい理由を何とか言語化しようとしても、説明ができない。美雪が答えを探している間に唇が僅かに、誘うように動くものだから、レオは獲物を見る肉食獣のように狙いを定める。

「……」
「……」
「……理由がないなら続きするけど」
「あ、ある」
「なに? 説明して」
「……あ、ぁ、えと、ん、うー」
「……」
「う……こ、怖い? から、とか?」
「何回もしてんだろ? 『なぁくん』と。何が怖いんだよ」
「……」
「分かんないならしてみれば良いんじゃん?」
「……貴方がしたいだけでしょう」
「そうだよ?」

 レオが開き直ると美雪がむっとして唇を尖らせた。これ幸いと、レオは可愛いそれを吸った。怒った美雪は手元のぬいぐるみでレオの頭に殴りかかった。

「あーあー、ほら出た。ぬいぐるみの扱いが雑ゥ〜」
「やめてって言ってるの!」
「ならやめて欲しい理由を納得できるように説明してくださーい」
「……だ、だったら貴方がやめない理由を説明しなさい」
「お前が好きだからだけど?」
「ぅ?」

 彼から「好き」なんて言われたことが無かった美雪は思わず手を止める。最初のキスをしてから、すると決めた瞬間から、レオは心のままに行動していた。

「お前が好きだからちゅーしたい」
「……」
「させて?」

 膝がこつん、と当たる。

「……もう沢山したわ」
「もっと」
「……」
「もっとしたい」
「……」
「おれ、ずっとしたかったんだよ、美雪と。ずっとずっと前からさ」

 この唇を何度食みたいと思ったか。夢ノ咲のときから、一緒にユニットを組む前から、付き合う前から。
 そんなこと知りもせず無防備に過ごしていた美雪は、以前から欲を向けられていたことに戸惑う。矛盾ばかり言って場を搔き乱す、信頼する男から。女として求められていたことを、「付き合って」と言われたときですら、「おれ以外の男と二人で会ったらもう浮気」と言われたときですら、意識していなかった。
 きゅっと、ぬいぐるみの手を握って、レオの目は見ずに呟いた。

「…………最後の一回ですよ」
「うん。めっちゃ長くするから大丈夫」
「そんなの」

 駄目、という言葉までは、美雪は出すことができなかった。

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