06

『私は勝手にCrazy:Bに曲を作りました』

 事務所にやってきた日和は仕事をする茨の横で正座している美雪が首から提げている張り紙を捉えた。茨の横顔と美雪の横顔を交互に見遣り、美雪がちらりと茨を窺っているのを見た日和はムッと眉を顰めて茨に詰め寄った。

「ちょっと。これどういう状況?」
「ああ、殿下。お疲れ様です」
「ぼくは説明を求めているね。美雪ちゃんに何もさせずに傍に置くなんて……血は争えないってことかな? ゴッドファーザーと同じようなことをしているね?」

 日和は凪砂と美雪を発見したときの光景を思い出す。『例の人』の遺産が陳列された無機質で真っ白な部屋の中、手を繋いで座る双子の人形。二人はゴッドファーザーの手によって俗世から隔絶された世界で生きていた。血の繋がりがなかったことを今の二人は理解しているが、物心つく前の赤子の時期に見いだされ誘拐されたか、当時二人はゴッドファーザーを父親として認識していた。凪砂も美雪も彼を憎んではいない。ただ、その過去を『悪しきもの』として認識している周りの人物は、二人を「可哀想だ」と言う。その延長線で、日和はゴッドファーザーに良い印象を持ち合わせていなかった。それは血縁にあたる茨も──理由はそればかりではないが──同じである。

「おおっと、これは人聞きの悪い。自分と『彼の人』を比べて類似点を探すのは止めていただきたいです。よく閣下にも言われますし、美雪さんにも『パパ』なんて呼び間違えられることもありますが、ぶっちゃけちょっぴり不愉快ですので」
「フン! 勿論、君がそう思っているのを知っているから敢えてやってあげてるんだねっ」

 仁王立ちでぷりぷりと怒っていた日和はスッと表情を落とす。疲れで気が回らなかったのか、美雪のいる前で『ちょっぴり不愉快』と述べた茨を諭すように、いつもの爛々と響く声を抑えた。

「……二人は居なくなった『父親』に似ている君を好いていて、彼と君の共通点を嬉しく思っているんだろうね。茨の感じ方を否定するつもりはないけど、二人のその思いを否定しないであげてね。子どものままなんだよ、体に精神が追い付いてない」
「…………」
「あと『パパ』呼びは満更でもないよね?」

 真剣な表情から一転。「やれやれ」と呆れた様子の日和の言葉が図星だった茨はヒクリと口角を引き攣らせた。

「は、はぁ? 自分はそんな年齢じゃありませんけどっ?」
「どうやら世間では『パパ活』っていうのがあって『若パパ』ってのもいるらしいから、年齢だけで『パパじゃない』っていうのは通らないね!」
「殿下……パパ活の何たるかを知らないで語っていますね?」

 単語だけで知ったかぶりする日和に肩を竦めた茨は仕事の手を再開させようとする。すかさず日和が口を挟んだ。

「美雪ちゃんに可哀想なことをするのは駄目だよ。凪砂くんの目がないからって何でも許されると思っちゃあいけないね。凪砂くんはちょっと嫌がるだろうけど、凪砂くんの妹ってことはぼくの妹でもあるからね。事の次第によっては、ぼくは凪砂くんの代わりに君に裁きを下すからね?」
「どうもこうも、見たままですよ。『彼らには近づかない』と約束したのにCrazy:Bに作曲したんです、美雪さんは」

 茨がいた施設では軽い罰則の際に、罪状を書いた紙を貼って放置する、というものがあった。美雪はそれをさせられており、MDM後の九月頃、凪砂もバラエティ番組の出演を決めたことで同じ罰を受けることになる。
 美雪は足が痺れて来たのか退屈そうに俯いて指を弄っていた。日和はそんな彼女を見下ろして茨の杜撰さを指摘する。

「ふむ。その場に居合わせたぼくからすると、あれは約束というより忠告だったような気もするけどね。取り付けたわけでもないのにお仕置きをするのは、お門違いな気がするね。そうだよね、美雪ちゃん?」
「……はい。……約束も、指切りもしてないのに怒られて、困ってます」
「ほらね? まあ彼らに近づかないで欲しいって気持ちはわからないわけでもないけど、茨の場合は企んでいる部分もあるだろうから、ぼくと君が同じ気持ちとは一概には言えないけどね」

 日和は茨の返答も待たずに美雪の手を取って立たせると、茨の向かいにある椅子に促した。日和はその隣に腰を下ろし、茨は仕方がない、とノートパソコンを閉じて美雪を見遣る。

「では美雪さん。改めて聞かせて貰いますが、一体どういうつもりでCrazy:Bに手助けをしたのですか?」
「……カリギュラ効果」
「かりぎゅら?」

 ぽそりと呟いた美雪の言葉を日和が復唱した。
 カリギュラ効果と言えば、「やってはいけない」と言われたものほど興味を持ち、かえってやってみたくなるという心理現象だ。美雪は茨に「Crazy:Bと関わるな」と言われたから「関わりたくなった」と言いたいらしい。

「あー、忠告の仕方がよくなかった、ということですねぇ……? そうですかそうですか、全部自分が悪かった、と」
「茨……そういう言い方は良くないね。さっきぼくは言ったね、美雪ちゃんを責めるのはお門違いだって。君がしっかり美雪ちゃんに向き合って何故彼らに近寄って欲しくないのかを説明していれば、こんなことにはならなかったんだね。自分の思い通りにならなかったからって美雪ちゃんに八つ当たりしないの。美雪ちゃんはお人形さんじゃないね」

 とはいえ、と日和は美雪に向かって続ける。

「美雪ちゃんがしたのは、ぼくらの忠告を無視した、ということでもあるね。約束してはいないとはいえ、心配しているぼくやジュンくんのことすらも素通りして彼らと関わったというのは、ぼくらを悲しませる行為でもあるんだよ?」
「……ごめんなさい」
「うん、素直でいい子。ちゃんと言えて偉いね♪」

 凪砂と関わってきただけあって、日和は子どもが納得できるように説明する能力を身に着けていた。日和はしゅん、と俯く美雪の頭を撫で、目線を合わせる。

「Crazy:B……天城燐音は、何か言っていた? ただ君に曲を作るのを要請してきただけ?」
「……ええ」
「傷つけられたり、怖い目に遭わされたりしていない?」
「……はい」
「そう。なら良かったね」

 日和は胸を撫で下ろし、美雪から手を離した。美雪は茨に向き合い、眉を下げる。

「……ごめんなさい、七種さん」
(……そんな顔されたら許しちゃうでしょうが)

 日和の言うように血は争えないのか、茨は美雪の顔に弱かった。誰にもわからないが、ゴッドファーザーも赤子の美雪の美しさに心を奪われ、誘拐と監禁を決意したのかもしれない。美雪はきゅっと俯いた。

「……あのね、お顔が好みの人がいたの」
「ン?」
「待って」

 茨は自分の耳を疑い、日和は美雪に「待った」を掛けた。美雪は日和が突き出す彼の手のひらを不思議そうに見つめる。日和は喉の奥から声を捻り出した。切羽詰まった掠れた声だった。

「……好み?」
「……ええ」
「……Crazy:Bに?」
「……ええ」
「…………」

 日和は開いた口が塞がらなかった。目を泳がせて口を覆い、とんでもない事実を知ってしまったことに愕然とする。茨も眼鏡がずり落ちていた。

「……え、誰? どれ? 顔って……ええ? ぼくより?」

 頭の中でCrazy:B四人を並べた日和は一人一人の顔を思い出すが、そのどれが美雪の好みなのか見当もつかなかった。思考を巡らせている内に「自分よりもそいつの顔が?」と自信過剰な部分が出てきてしまう。

「ひ、ひひひ、一先ず落ち着きましょう、美雪さん」
「……落ち着いてます」
「つまり……その好みの男性が、貴女のお付き合いしている方、ということですか?」
「あ……えっと、あの、私、お付き合いしてる人は居なくて」
「いやいや、いますよね? 貴女が『ダーリン』と呼んでいる方がいるという噂は自分の耳にも入っています。勿論、閣下の耳にも。あの日は閣下が駄々を捏ねたのでよく覚えていますよ……」

 美雪は『ダーリン』が燐音で、彼に指示されてそう呼んでいることを言って良いものだろうか、と考える。噂が広まり色んなアイドルから「彼氏できたって本当?」と聞かれてきたが、それを否定しようにも『ダーリン』が誰なのか言及する必要が出てきてしまうため、美雪は返答に困っては、はにかんで誤魔化していた。大抵の男は美雪がそうするだけで言葉を失い、勝手にぐるぐると『ダーリン』と美雪の関係を妄想して自滅した。宗にだけは「そんな人いない」と言ったが、否定する彼女がどこかぎこちなかったことから、「彼氏がいることを隠そうとしている」と宗は勘違いをしていた。宗は美雪の表情を読み取る能力がみかよりも低かったため、彼女のその表情は「恥じらい」だと思ってしまった。
 美雪は燐音から「自分と連絡を取っていることは他言無用」と言われていた。しかし今、Crazy:Bと美雪に繋がりがあることが明らかになっている。

「……ダーリンは、そう呼ぶように言われただけで」
「誰にです?」
「…………」
「……美雪さん? 誰ですか? 隠し事をしようとすると、自分はもっと怒りますよ?」
「…………天城さん」
「まったく、あの男は……」

 目を吊り上げていく茨に美雪は観念する。その横で日和は「成る程」と呟いた。

「美雪ちゃんと繋がっていることが周りにばれないよう……もっと掘り下げて言うと、楽曲提供に邪魔が入らないよう、そう呼ばせていたってことか。……私利私欲に塗れてるね、『ダーリン』だなんて」
「……渾名だって、言ってました」
「渾名なわけないでしょ、『ダーリン』だよ?」
「……でも、『燐音』だから、『リン』が同じです」
「それで納得したんだね⁉」

 あまりにも世間離れしている美雪に日和は思わず嘆いた。『ダーリン』呼びのせいでどれだけのアイドルが翻弄されたことか。日和は純真無垢な乙女が心配で堪らなかった。

***

 盂蘭盆会の翌日のこと。四大事務所によるサミットが行われていた。いつもは零に任せていた敬人だったが、昨日ライブ中にCrazy:Bに攻撃されたことに腹を立て、英智か茨の策略と踏んで代表としてサミットに参加していた。ディープな話になるからと英智はいつも補佐を任せている桃李ではなく弓弦を添えている。ニューディはいつもの通り、司とつむぎ。コズプロは茨と2winkの三人だ。夢ノ咲メンバーである双子を持ってきて補佐が二人なことを指摘されないよう人員を増やす、茨の狡い戦法だ。

 P機関が見守る中、サミットが開始してから一時間ほど経過する。昨日、否それ以前より懸念されていた問題児・Crazy:Bの話題には一切触れられずに。茨は定期連絡を済ませると「それでは今回のサミットはこれにて終了〜♪」などというコズプロ・ジョークを挟んでから本題に入る。こうやって相手の毒気を抜き油断させるというのも小癪な茨の手段の一つだ。

「彼らこそがCrazy:B! アイドルたちの理想郷、ESを冒す毒にして癒す薬!」

 茨はスクリーンにデータを表示させ自信満々に胸を張った。そして奏汰と忍の謎の映像が流れ、本題の紅月とCrazy:Bの対決の様子が描かれる。燐音は紅月を煽り、それに対して怒りを見せた彼らに土下座をすることで、世間に紅月を誤解させるような絵を作り出した。

「その気になればそれが可能な立場にいるというのに、Crazy:Bを排斥もせずに放置している……というだけで、君を疑う立派な論拠になるのだけど?」

 Crazy:Bが様々なアイドルたちと対戦してきた映像を終えた後、疑いの眼差しが茨に突き刺さる。話題を逸らそうとしても英智が軌道を戻し、2winkの助太刀も弓弦に防がれた。

「端的に言いましょう。Crazy:Bは生まれたばかりのESの免疫力を高め、強く逞しく成長させるための予防接種のようなもの──として設計しました」

 実際に敵対するアイドル業界の面々から攻撃を喰らったとき、炎上したとき、そういった場面を乗り越え生き延びるために生み出した兵器であると茨はプレゼンする。

「いつでも始末できる子たちを使って、七種くんは予防接種を、避難訓練をしているんだね」
「Crazy:Bにはそのような効果を見込んでいます。彼らには、思いついたことは何でもやるようにと言っておりますしね。規則の裏をかく卑劣な手段や、他のアイドルが用いないような邪悪な戦法を積極的に用いるようにと」

 今のところ燐音は茨の思惑通りにアイドルを攻撃している──美雪の曲を使っていること以外は。茨の言い分を善意的に解釈すれば、自分たちの弱い部分を刺され、弱みと強みを把握し、そこを突かれたときの対処法を学ぶことができる。敬人は実際に攻撃され対処に追われている身として、彼らの効力をそう語った。

 英智は茨が「ES全体の免疫を上げる」と掲げているにも関わらず、Crazy:Bと茨自身が所属する身内であるコズミック・プロダクションが全くの無傷であることを指摘した。茨は彼らを抱えていることがコズプロにとって不利益であることを高唱する。それらしいことを並べ、まさか名波哥夏が彼らに力を貸していることで若干Crazy:Bを消し辛い状況になっていることを功名に隠し、Crazy:Bが存在することにメリットがあり、いずれ処分されることを述べた。

 このまま順調に終わるかと思われていたサミットだったが、その空気と茨がまだ説明していない部分があることに気が付いた人物が口を開いた。

「……失礼、よろしいでしょうか」
「おや? なんでしょう、朱桜氏」
「どうやら皆さんに教えるつもりがないようなので、私から言わせていただきます。──氷室さんのことです」

 茨だけでなく部屋にいるほぼ全員がその名前に反応を示す。司が何を言おうとしているのか察した茨は、瞬時に彼の言葉を封じようとする。

「朱桜氏、美雪さんの名前をサミットで出すのはタブーですよ? 春に散々話し合ってなあなあに終わらせ、触れずに収めることになった『名波哥夏』の話題をまた掘り起こすのですか? 彼女の所属事務所については来るべきとき……彼女の卒業を待ってからでも遅くない、というのが結論のはずです。ESは生まれたばかりですからね。延々と終着しない議論をしている暇があったら、地盤を固めるべきですから」

 平然を装っているが勿論、彼は内心焦っている。彼が慌てると言葉数が増えるということに気づいている弓弦はスッと目を細めた。司は自分が口を開いても喋るのをやめない茨に顔を顰め、埒が明かないと判断し挙手して茨を黙らせた。

「うちのレオさんが言っていたんですよ。Crazy:Bの作曲をしているのは『名波』──つまり氷室さんだと」

 それには英智も零も、敬人もつむぎも顔色を変えた。全員の視線が突き刺さった茨はどう言い逃れするか頭を高速で回転させる。目を丸くして困惑・動揺しているような演技をする。

「何を仰いますか! 先程も言いましたが、彼らは予防接種を終えれば当初の予定通り解雇するんですよ? そんな使い捨ての駒に、天才作曲家の曲を宛がうわけがありません。月永氏の聞き間違いではありませんか?」

 閃いた茨はレオの勘違いであると誤魔化そうとするが、司が眉間に皺を寄せた。

「レオさんを馬鹿にしているんですか? 確かにレオさんは氷室さんに対して素直になれず、思ってもいないようなことをペラペラと喋るFunky Boyでしたが最近はそうでもないのですよ」
(ファンキーボーイ……)
(ファンキーボーイ……)

 司のチョイスした英単語がその場に居る全員の頭に木霊した。それを気にも留めずに司が話し続けるため、彼らは即座に意識を戻す。

「彼は氷室さんと同じ作曲家です。若くして人々を魅了し唸らせる曲を創出する天才なんです。そんなレオさんの耳がただの飾りなわけがありません。常人とは違うのですよ。レオさんは絶対に氷室さんの音を聞き取れます。彼女が変幻自在の音を操るWitchだとしても、です」
「…………」

 口を噤んだ茨に司は畳みかけるようにして言う。

「私が聞きたいのはですね、使い捨てのCrazy:Bに何故氷室さんの曲を与えたのか、ということなのですよ。以前Summitで指摘されていましたが、貴方は氷室さんをCosmic Productionに誘導するためにValkyrieを引き入れましたね? それだけでは飽き足らず、Crazy:Bにも作曲させることでCosmic Productionと氷室さんの癒着をより強めようとしたというのならば、小癪で腹立たしいですが、まだ理解できます。しかし貴方はCrazy:Bを『いずれ処分する』と仰った。──これはどういうことでしょう? 本当は消すつもりがないということでしょうか? それとも、氷室さんには何の説明も無しに、彼らに曲を作らせたと? この事実を知った氷室さんは一体どう思うでしょう。彼女を利用し都合よく使うのは、我ら夢ノ咲学院のIdolを敵に回す行為です。ご説明願います、七種さん」

 このまま惚けて逃げ切れるような状況ではない。夢ノ咲学院の布陣が司の、レオの言葉で確信を持ってしまった。茨は目を瞑り、深く息を吐いた。2winkの双子はそんな茨を見て、彼が白状することを悟った。

「……美雪さんの行動は想定外なものです」
「というと?」

 漸く口を割った茨に英智が間髪入れずに促した。彼は静かに憤っていた。

「自分はCrazy:Bが本格的に始動する前、『Crazy:Bには関わらないように』と美雪さんに忠告しました。……しかし釘の刺さり具合が甘かったようで、美雪さんはCrazy:Bのリーダー・天城燐音氏と接触してしまいました。それはどうやら彼女の意思ではなく、偶然の出来事のようなのですが……それはさておき、天城氏はコズプロの用意した曲では満足できなかったのか、美雪さんに作曲を依頼しました。美雪さんはその際に、Crazy:Bが如何にして生まれたユニットなのかを天城氏本人から伺ったそうです。……ですから、彼女はCrazy:Bがどうなる運命なのか知っている上で彼らに力を貸した、ということになるかと思います。天城氏がどのように彼女に伝えたのかは分かりませんがね」

 茨は先日美雪に吐かせた中でわかる限りの情報と自分の推測を語った。夢ノ咲で美雪と関わったことのある者たちは、自分の中での彼女の印象からそれぞれ思考を巡らせる。

「その天城燐音が、『自分たちが生き残るために力を貸せ』と迫った可能性もある。自分に都合の良い情報だけを氷室に与えてな」
「ええ、仰る通りです蓮巳氏」
「あの子は月永くんほど見境なく誰にでも曲を与えているわけではないけれど、根底にあるのは『優しさ』だからね。見捨てられないと思ったのか……」
「しかし氷室さんはIdolとしての素質がないと判断した者には助力しません。Judgementのときも、我らKnightsに対してですら、そうでした」
「だよね。美雪ちゃんの御眼鏡にCrazy:Bが適ったということかな」

 英智と司のやり取りに敬人は額を押さえた。美雪の行動が、先日毒蜂に刺された彼にとって信じられないものだったからだ。

「正気か、アイツは。あんな野蛮な連中のどこを認めたというんだ。氷室はValkyrieのような格式の高いアイドルが好みなのではないのか……?」
「あの子が一番気に入っているのは間違いなくValkyrieじゃが、Valkyrieのようなユニットだけがアイドルだという狭い認識ではないじゃろう。そうでなければ、我らUNDEADもお主ら紅月も、彼女の恩恵を受けることは出来なかったというものよ」
「つまりCrazy:Bは、美雪ちゃんがアイドルとしても認め、手助けをしようと思えるだけのユニットということなんでしょうか……?」

 つむぎが控えめに推測を述べると、茨は(言うつもりのなかった部分まで無理矢理吐かされた腹いせに黙っているつもりでしたが、ここは正直に言った方が良いですかねぇ)と腹をくくることにした。咳払いをすると、それまでくっちゃべっていた面々の視線が集まった。

「……実はですね、皆さんにお話ししたいことが二つほどあります」

 まずは一つ目、と茨は人差し指を立てる。

「皆さん、数週間前から美雪さんに交際相手がいるという噂を耳にしたかと思います」
「ああ……あれは悪夢のようじゃった。薫くんが喧しく騒ぎ立て、わんこもアドニスくんも元気が無くなるし」
「うちも酷かったよ。Trickstarは暴れるし桃李は泣くし、僕も仕事に手がつかなくなるし、流星隊はガタつくし」

 英智の後ろに控えている弓弦が当時のことを思い出しウンウンと頷いていた。零と英智に続き、それぞれ美雪に彼氏ができたという噂が出回った時期の記憶を呼び起こす。

「ああ、うちもです〜。夏目くんの機嫌がジェットコースターもびっくりなくらいに急降下したかと思えば、上昇することを知らずに地底まで行っちゃう始末で」
「レオさんはSlumpに拍車がかかりましたしね。瀬名先輩からも鬼のように電話が来て困りました」
「余所の事務所なんて比べ物にならないくらい斎宮先輩と影片先輩は酷かったですよ〜」
「うんうん、ゆうたくんの言うとおり。手つけられないし話しかけられないし仕事しないし」
「閣下も悲惨なものでしたけどね。さて、美雪さんが魔性であることは一先ず置いておいて、本題に戻りますよ」

 サミットの冒頭では自分から話題を逸らそうとしていた茨だったが、現在はどういうわけか取っ散らかった話を元に収束させようとしていた。

「美雪さんの交際相手として噂されていた正体不明の『ダーリン』なのですが、どうやらその人物が天城燐音氏だったようで」
「七種くん、今すぐCrazy:Bを切ろう」
「落ち着いて貰って良いですか英智猊下」
「何を躊躇う必要がある。いずれ殺処分する蜂ならば今殺しても大して変わらんじゃろ」
「あの、話を最後まで聞いていただいて宜しいですかー?」

 一気にサミット会場がぴりついた空気に飲まれた。今回の議題のメインだったCrazy:Bについて話しているときよりも研ぎ澄まされていることに、P機関の面々は呆れた様子だ。

「えーっとですね? 美雪さんが言うには、彼とは付き合っているわけではなく、美雪さんと連絡を取っていることを隠したかった天城氏が意図的にそう呼ばせていたそうなんです」
「そ、それでは氷室さんにBoyfriendはいないと……?」
「はい。そういうことになります」
「なんと……! 今すぐレオさんに伝えなくては! やっとSlumpが解消され……あ、確かALKALOIDのお陰でSlumpを脱却したと聞いたような……じゃあ連絡しなくても良いですかね?」
「いやぁ、知らせてあげた方が良いと思いますよ〜……? スランプは抜け出せているとしても、やっぱり気にしてると思うので」

 つむぎの助言を受けた司はサミットを終えたら一番にレオに伝えなくては、と決意する。
 茨はまた咳払いをして注目を集めると中指を立てて、これから二つ目の内容を話すことを周囲に伝える。

「喜んでいるところ申し訳ありませんが、Crazy:Bには美雪さんの好みの顔の方がいらっしゃいます。それが、彼らに楽曲提供しようと思った理由の一つらしいです。美雪さん本人がそう仰いました」

 ピシリ、と晴れやかなムードが凍った。表情が抜け落ちる者、顔面蒼白になる者の二手に分かれている。

「やっぱりCrazy:Bを今すぐ切ろうよ七種くん」
「いや、ですから、予防接種を済ませるまで彼らは」
「誰だ。まさか天城とかいう男ではないよな? アイツの横にいるいけ好かない男か? それとも後ろのチャラチャラした男か? 小柄なヤツか?」
「それがですね……判明していないんですよ。美雪さんが『……恥ずかしいから秘密』と言って詳細は語らなかったので」
「何故問い詰めていないんですか。私は貴方に訊問の技術も教えたはずですよ?」
「そんなものあんな可愛い顔にできるわけないでしょう。彼女は歩く国宝ですよ? 人間国宝ですよ?」
「無自覚でしょうか。面白いことになっていますよ、茨」

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