異形の花嫁
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無理矢理。
数本の電車を乗り継ぎ数少ないバスに揺られ更に何もない平らな土を歩きようやくついた田舎の村に早くも帰りたくなっていた。
この暑い中あくせくと墓石を磨く両親を眺める。
良くやるよ。
親の墓なんだし、そういうものなのか。
俺はといえば手伝うでもなく少しでも日差しを避けるべく離れた木陰に避難していた。我ながら薄情な孫である。
「祝(はじめ)ー!おばあちゃんに手合わせなさい!」
「…はいはい」
一歩出れば増す暑さに何だかんだで日陰って意味あったんだなぁなどとぼんやり思った。
墓前に立ち手を合わせる。線香と花の混じった匂いが鼻をくすぐる。
何の花だろう。何となく懐かしい様な感覚がした。
「じゃあお母さん達、おばあちゃんの家の話してくるから。その辺で時間潰しといてね。あんまり遠くは行っちゃ駄目よ」
母の言葉に適当に頷く。父は先ほど現れたおじさんと何か話している。歳は父より上っぽい。祖母の家を売るというので恐らく不動産屋だろう。
祖母が亡くなったのは七年前でそれからあの家には誰も住んでいない。本来なら亡くなってすぐ売っ払ってもいいと思うのだが、ずっと住んでた家だし偲びない、とかおばあちゃん魂が帰って来る所があった方がいいとかでそのままだった。しかし矢張り維持費だったり掃除に来たりとかが大変なので三年もして家を売ろうという事になった。こんな田舎だし出て行く人間がいても入って来る人間がおらずずっと買い手が見つからなかったが、ようやく買いたいという人が現れたらしい。稀有な人もいるものだ。
今日はその手続きと墓参りを兼ねてのプチ田舎旅行だった。
「時間潰すって行ってもコンビニも無いのに」
「あんたが通ってた小学校に行ってみたら?廃校になっちゃったそうだけど建物はまだ残ってるそうよ」
「はぁー…?」
一年も通ってない学校にも行ってもなぁ。
いい思い出もないし。
「村もだんだん子供が少なくなってねぇ。一昨年くらいに廃校になって子供達は自転車に乗って隣町まで通学してるよ」
不動産屋のおじさんが話に入って来る。
そりゃバスが何時間かに一本ペースじゃ自転車通学しか無いだろう。
両親と別れ村を歩く。
結局小学校には向かわずバス亭を目指した。そもそも道も覚えてない。
七年前、まだ祖母が健在だった頃、俺は梅雨頃から冬までこの村に住んでいた。
歳で病気もあって田舎で一人暮らしは大変だという祖母を心配した両親の案で祖母の家で暮らす事になった。
「こんな何もないとこ嫌だ!家がいい!」
「我儘言わないの!祝だっておばあちゃんが心配でしょう?」
「別に心配じゃない!」
「…ハァ。あんたはもう」
「お父さんだけ家で暮らすのズルい!」
「お父さんはお仕事があるからこっちに住めないの。土日には泊まりに来てくれるから」
「僕もそれがいい!土日だけ来る!」
「そしたら誰があんたの面倒見るのよ」
自分だけ無理矢理転校させられて友達とも離れて、望んでない村に引っ越しして、当時の俺は滅茶苦茶喚いた。
小学校は在校生徒が少なくこれまでと違い色んな学年の子達と勉強をする。今までと違う特殊な環境にも馴染めず友達も出来なくてそれが更に嫌で早く出て行きたい気持ちでいっぱいだった。
それから半年と少し過ぎて祖母が亡くなった。
祖母が亡くなった喪失感や悲しさよりもやっとこの村を出ていけるという気持ちの方が大きかった。
バス亭に着くとベンチに座る。
小屋みたいな作りになっていて気休め程度だが日差しを凌げる。俺以外に人はいなかった。
スマホの画面を眺める。終わったら連絡が来るだろう。どうやって時間を潰そう。
コンビニも無いド田舎とはいえこんなご時世流石に圏外では無いがWi-Fiが無いとネットや動画も見る気になれない。
バスの時刻表を見るが次に来るまで一時間以上あった。そもそも本数が少ないのでバスに乗って出かけた所で帰ってくるのに時間がかかる。遠出も無しだな。
結局思い付かずスマホをポケットにしまい、ぼうっと目の前の田んぼを眺めた。
「こんにちは」
隣に座り声をかけてきたそいつに対する感想は一言で言うなら人じゃないみたい、だった。
肩より少しだけ長いまっすぐに伸びた髪は灰色の様な水色の様な銀色の様な不思議な色合いで大きな瞳は翡翠を嵌め込んだみたいにきらきらしていた。
色白で鼻がすっとしていて薄い唇はほんのり桜色だ。白い着流しをゆるく着衣し襟元から覗く鎖骨が艶かしい。一見男か女かわからない美人だが声の感じから多分男だろう。
返事ができず見つめているとその男はにっこりと微笑んだ。
「俺の名前アキって言います。呼んで貰えると嬉しいな」
にこにこと。顔を近付けられ反射的に離れた。
いきなり何だ。誰だ。
この村の人間だろうか。見た所同い年くらいだしかつてのクラスメイトか?
記憶を探るがアキという名前に覚えはない。そもそも小学校じゃ孤立してたし友達もいなかった。
七年も経つしちょっとしか居なかった俺の事を覚えてるやつなんて居るのか。そもそも覚えて居たとして話しかけてくるか?
「場所、移さない?ここからちょっと遠いけど湖があって、涼しいよ」
「…はぁ」
一方的に話してくる男に引きつつ少し距離を取る。
初対面で距離感近いし、いきなり森に行こうとか意味不明だし。美人とはいえ、美人だからか気味の悪さが増す。
「綺麗な水だし足つけると気持ちいと思うよ」
「…何で俺にそんな事」
疑問をぶつけると男は一瞬だけきょとんとしてそれからまたにっこりと笑った。
「一緒にいたいから」
アキ少年に手を引かれ田舎道を歩く。
どんどんときつくなる日差しに耐えきれず結局俺は涼しい、湖のある、というのに惹かれ着いて行く事にした。
未だ警戒心は解けないが大丈夫だろうと謎の自信があった。身長は向こうの方が少し高いが体格は変わらないしいざとなれば全力で抵抗すればいいだろう。電波だって届いてるし何かあれば親に連絡もできる。
十分程歩いたところでアキ少年が足を止めた。
着いたのか?
「ここ、ほら。懐かしくない?」
指を指す先を見れば古びた建物があった。
人が住む家にしては広すぎる気もする。何だ、と視線を横に向けると「尾仁上村分校」と看板が立てかけてあった。なんて読むんだ。おにかみむら?ボロボロの木の板に書いてある文字はところどころ消えかかっていた。
…あぁ。俺が通ってた学校か。
七年ですぐボロくなるわけではないが、廃校になり人が出入りしないのもあってか昔に比べ寂れた空気が漂っていた。
懐かしい、と言ったのはここの生徒だったのだろうか。
「行きたいとこってここ?」
敷地はそこそこ広かったが湖なんてあっただろうか。
違うよ、とアキ少年は微笑み、俺の手を引いて再び歩き出した。
「分校の裏手に森があったでしょ。覚えてない?」
あったかなぁ。あった気がする。
分校の裏手、と言ってもそれなりに距離があったところに広い森があった様な。…あぁ。思い出した。
大きな木が覆い繁っていて陽の光が葉の隙間からきらきらと差し込んで、でも薄暗くどこか妖しい雰囲気のある森だった。
森の入り口に着く。分校の看板なんか目じゃないくらいボロボロの看板には立ち入り禁止と書かれていた。
アキ少年はそんな看板は無いとでもいうように森に入って行く。
湿った土の感触。肌に浮かぶ木漏れ日の模様。どこか懐かしい花の匂い。
俺はここを知っている。俺は彼を知っている。
「神様……?」
小さく溢れた声に、彼はにっこりと笑っていた。
その目はまるで愛おしいものを慈しんでる様で、何故だか背筋がぞわりとした。
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