※甘ブリアニメ6話要素あり

 翌週。
 水希は甘城ブリリアントパーク事務棟、研修会場に足を踏み入れた。
 更衣室へ案内され、早速制服に着替える。全身鏡に映った自分は見慣れなかった。
 研修生の集められる部屋のドアを開けると、一人の女性と目が合う。
「あ」と小さく声を漏らした。
 女性も目をぱちぱちさせる。
「この前の人ですよね?」
「……はい」
「よかった。これからよろしくお願いしますね」
 パイプイスに腰掛けて小首をかしげ微笑む女性に、水希も小さく頭を下げる。
 一番乗りできていた女性は、水希のひとつ前に面接を受けた女性だった。
 この人も受かったのか。なんとなく水希はホッとした。
 パイプイスは全部で10個置いてあり、1つは長机に入らなかったためだろう、なんだか疎外感がある。
 水希は少し迷ったが、遠くに座ったり、1つあけたりするのもなんだかおかしいだろうと思って、彼女の横に腰掛けた。
「私、安達映子といいます」
「俺……、僕は、」
「ふふ、構いませんよ」
 水希は一度口をへの字に曲げた。
「……俺は橘水希です」
「橘さんですね。よかったら、お名前で呼んでも?」
「構いません」
 学校でも名前呼びされることの方が多い。同じ学年に双子がいるからだ。
 橘、と呼ばれるのはどうもなれなかったので、映子の頼みを断る理由の方がなかった。
「私のことも、気軽に呼んでください」
「……、はい」
 異性にも名前で呼ばれることが多いが、水希自身、異性を名前で呼ぶ機会は少ない。大体苗字で呼ぶし、名前で呼ぶ異性と言えば江ぐらいだろうか。
 そういうわけで水希の返事は少々歯切れ悪かった。しかし頷いてしまったのだ、戸惑いはぬぐえないが呼ぶしかあるまい。
 そんな水希の葛藤とは裏腹、映子は相変わらず優しく微笑んでいる。
「水希さんはおいくつですか?」
「17です。えっと……映子さんは、大学生ですか?」
 女性に対して直接年齢を聞くのは失礼かもしれない、と水希にしては珍しく咄嗟の判断がきいた。いつもみたく何も配慮せず言葉を紡げば、危ないところだったかもしれない。
 見たところ映子は穏やかな女性なので怒鳴りはしないだろうが、あまりいい気はしないだろう。これから職場を共にするのだ。いきなり亀裂を走らせたくはない。
「はい」と映子が頷いて以来、特に会話はなくなった。
 水希はもともと口数の多い方じゃない。会話は受け身だ。だから話をどう切り出そうか、とか。そういうことを考えるのは苦痛なのだけれど、その必要はなかった。
 普通ならこの場は気まずくなっただろうが、映子の穏やかな雰囲気のおかげだろう、会話が途切れても、居心地悪くなることはなかった。
 加えて映子との会話が切れたのを見計らったように、ぞくぞくとほかの研修生がやってきた。
 見るからに緊張しているツインテールの女の子。
 その立ち姿だけで元気があふれているショートカットの女の子。
 前者は随分幼いように、後者は水希の年齢と大差ないように見えた。
 体をこわばらせているツインテールの少女が深く、大きく水希に頭を下げて、横に座った。
 水希も会釈したが、この緊張具合から考えるに、少女には見えていなかっただろう。
 その後に続いたのは、宇宙飛行士のヘルメットを被った外国人と、赤く長い髪を垂らした――能、連獅子だろうか? とにかく、奇妙な格好の男性、顔を黒い布で覆い隠した、まるで忍者のような男性……。
「……個性的すぎる」
 思わず言わずにはいられなかった。
 甘ブリは相当な人手不足と見受けられる。ラフな面接は水希だけじゃなかったらしい。
 水希の言葉に横で映子が笑った。水希は少し恥ずかしかった。
 研修生が全員揃ったのは、予定の時間の5分前だ。
 予定の時間になると、扉が開き、3人――いや3匹だろうか。ヒツジと、ネコのようなポメラニアンのような……と、ネズミ……なのか、微妙なところだが、げっ歯類と思わしき着ぐるみが入ってきた。
 研修生は一気にざわついた。おおっという盛り上がりとともに、ティラミーとか、モッフルとか聞こえたが、水希はどれも知らなかった。
 水希が不思議そうに眉を顰めていると、落ち着いたオレンジの着ぐるみ――モッフルがホワイトボードに拳を当てた。
 研修生たちは驚きで息をのむ。
「うるさい黙るふも。何ヘラヘラしてるふも……?」
 モッフルの第一声で水希はここでの勤めを希望したことを後悔した。
「全員整列するろん」とヒツジ――マカロンが指示する。
 研修生は慌てて立ち上がった。慌てることはなかったが、水希も立った。
「新人ども……ここに来た以上、お前たちは人間ではない。この地上で最も劣った生き物ふも」
「まともな接客ができるように、ぼくたちが、ビシ、バシ、鍛えてやるろん」
「ぼくたちの楽しみはお前らが挫折しー、脱落していくことだみー」
 順に、モッフル、マカロン、ティラミーだ。
 研修生は動揺している。水希も例外ではない。
 新人になんてことを言うんだ。なんてえげつない着ぐるみだろうか。ほとんど脅しじゃあないか。
「よく聞けひよっこォ。言葉の前と後ろに『サー』をつけろ。いいふも?」
「サ、サー……はいサー」
 前と後ろ? どっちかでよくないか?
 そんな疑問を抱えた水希は乗り遅れて返事ができなかった。
 まばらな研修生の返事を聞いて、モッフルがまたホワイトボードをたたきつける。
「声が小さい!」
 研修生たちは肩を跳ね上げた。戸惑いの隠しきれないもの、怯えるもの。水希はどちらかというならば前者に属している。
 映子の視線がちらりと向いた気がするが、それを確かめる暇もなく、「『サー! イエッサー!』だろん! はい!」とマカロンが怒鳴った。
「サー! イエッサー!」研修生の声が揃う。
「聞こえんみー!」
「サー!! イエッサー!!」
 一斉に声を張り上げるも、またもモッフルがバンッ! と大きな音を立てる。まだ足りないのだという。
 ここはいったいなんのブラック企業だ、と水希はうんざりした。
 そっと横を見ると映子は困り顔をしているし、反対のツインテールの子なんか、目に涙を浮かべている。
 水希は彼女が気の毒だと思った。
「大丈夫か」とこっそり声をかけようとして――ふと、開いたままの入り口から、青年が一人入ってくるのが見えた。
「お前たちは気合が足りんふも。そんな調子でっ」
「やめんか! また人が減るだろ!」
 青年はモッフルの顔に蹴りを入れた。
 確か面接官だ。水希は彼に見覚えがあった。
 支配人、と書かれた腕章。
 年齢は水希と変わらないだろうに、と驚くしかない。
 床に倒れこんだモッフルは、怒りをあらわにして立ち上がる。
「ちょうどいい……見せしめに死ねふも!」そう叫んで拳を振るう先には、支配人の腕章をつけた男、可児江西也。
 西也も応戦しようと拳を上げ――バァン! と。
(……マジか)
 撃たれた。銃で。
 部屋の端まで吹っ飛んだ2人を見て、水希は口をひきつらせる。
「やめなさい」
 その声の先には赤いノースリーブの制服を着た女性がいる。
 彼女にも見覚えがある。面接官だったはずだ。
 可愛らしいその姿に似合わず、彼女は銃を2丁構えている。
「何か質問は」
 あっけにとられていた研修生たちは、慌てて背筋をピンと伸ばし、ぶんぶんと首を横に振った。
 質問なんて、できるはずがなかった。
 真琴には大丈夫だろうといったが、撤回した方がいいかもしれない。とんでもないところに来てしまった。
 水希は彼女、いすずの持つ銃が白煙を吹くのを見て、そっと目を伏せた。