料理という作業を行っているおかげだろう。無言といえど水希くんはいつもより雰囲気が柔らかい。それゆえにいい看板になっている。
「すみませーん。たこ焼きひとつお願いしますっ」
「はっはい! 二百円になります」
二人組の女の子。制服は他校のものだ。
お金を受け取って先ほどフードパックに入れたばかりのものを渡す。熱いので気をつけてください、ってちゃんと言えた。
隣の水希くんをちらと見ると肩あたりで汗をぬぐっているところだった。さまになるなあと感心していると、たこ焼きを買ってくれた女の子も小さく歓声をあげる。
聞こえたんだろう。水希くんはちらと視線を上げて、
「高橋さん。パック取って」
「あっ、うんっ!」
右手が伸びてきた。
視線は相変わらずプレートに向いてて、左手でピックを扱ってる。……水希くんって右利きだよね? 授業中もノートは右で取ってるし……。でもたこ焼きを焼いてるのは左手。……き、器用だ……! 手芸とかうまいんじゃないかな。手芸部、どうだろう……。
なんてことを考えつつ空のパックを数個取ってまずひとつ手渡した。水希くんは黙々と焼けた分をパックに移している。
「……お客さん、結構くるね」
「ん。そう?」
「うん。わたし、少し早く来たから前の人の様子を見てたんだけど、さっきよりすごく多いよ」
少なくとも、ずっとたこ焼きを焼き続けている様子はなかった。
ちなみにわたしたちはひとつの長蛇を何とかさばいたあとだ。さっきの女の子二人は、列が収まった直後のお客さん。彼女たちにはすぐ商品を渡せたけれど、長い列のあった頃は一時ストックもなくなっちゃって、主に水希くんが大変だった。
「女の子のお客さんが多いね」
「へー。知らなかった」
「ええっ! お客さんの顔見てないの?」
「見てない。高橋さん」
急に呼ばれたと思ったら手が伸びてきた。それはソースまで塗り終わったたこ焼きの入ったパックを持っている。
この次の鰹節と青のりの盛り付け、それとパックを輪ゴムで縛るのがわたしの仕事だ。
落とさないように両手で受け取って台に置く。水希くんの空になった手がまだ宙に残っていたので新しいパックを渡した。
「ありがと」
「! うんっ」
よかった、あってた。
……にしても水希くん、「知らなかった」とか「見てない」とか。お客さんに興味なさすぎる。向こうはほとんど水希くん目当てって感じなのに。
水希くん、普段は雰囲気も怖いから近寄りがたいけど今はたこ焼きを作ってるから――すなわち大好きな料理をしているから――バリアが数センチは薄くなっている。怖いってイメージが先行しがちだけど、双子のお兄さんに負けず劣らずかっこいいもんなぁ。女の子は気になるんだろう。わかる。
自然とため息。鰹節と青のりをのせて、パックを蓋した。
「水希くんって両利き?」
「右だよ」
「でも、たこ焼き左手でピック使ってひっくり返してたよね?」
「利き手じゃなくてもそれぐらいならできるって」
「ええ……」
無理だと思うけどなぁ……。できたとしても形が崩れたりもたついたりするものだ。でも水希くんはきれいな球にしてるしスムーズな動作。……うーん。やっぱり器用だ。
「客、まだ来そう?」
「んー。ううん。さっきがピークだったみたい」
こちらを窺うよう見に目ているあの、女の子たちとか水希くんが一声かければ買いにきそうだけど……。
腕時計を見てみるともう13時20分。さっきの長蛇は水希くんという看板とお昼の時間帯だったことが重なって起きた現象だろう。
「そ。じゃあこれ焼いたら休憩してていいか」
さすがの水希くんでも一時間近くたこ焼きを焼き続けるだけの作業は飽きてきたのかな。
今焼いている分はあと3パック分。それもだいぶこんがりしてるから水希くんの自主休憩はきっとすぐだ。
水希くんに頼まれたらすぐに渡せるようにフードパックを用意しておこう。
水希くんが彼の設定したノルマを終えるまでにまた三人お客さんが来てたこ焼きを買っていった。うち一人分は本当の本当に出来立てのものだ。水希くんがちょうど作り終えたものにトッピングするのを、お客さんに間近で見られるものだから手が震えた。
そのお客さんは大学生。「かわいいね。そっちの男がカレシ?」ってからかわれた。もちろん全力で首を振ったけれど……っ。そ、そんな恐れ多いことを! 水希くんに聞こえたらどうしてくれるのだ。
とはいえ杞憂に終わり、水希くんは職人のような目つきでたこ焼きを焼き上げていたのだけれど。
本当、人に興味のない人だ。そういえばわたしの友人は顔を覚えられていないかもって愚痴っていた。……うん。水希くんだってクラスメイトの顔ぐらいはわかってる。よね? 名前はともかく……。
「なに」
「えっ?」
「俺の顔になんかついてんの?」
と、水希くんは顰蹙しながら前髪をかきあげている。
え。
……あ、うわ……。えっ。
「高橋さん?」
「……」
「? 変な顔」
パと手を離して、落ちた前髪を無造作に分ける。そうすればいつもの水希くんの出来上がりだ。
ふんと鼻で笑われた……ことが気にならないぐらいまだぼうっとしている。
髪をかきあげる仕草は言わずもがな。前髪を上げた水希くん、いつもよりい、い、色っぽかった……っ! って。あっ! ど、どうしようっ? わたしはまた変態みたいなことをっ。
「一人百面相してるところ悪いんだけどさ」
「?!」
百面相っ? そ、そんな変な顔してたの?!
慌てて顔に手を当てる。
「これ」
と。水希くんは自分の発言にまったく気がない。抑揚もなければ、彼の表情は平生の素っ気ないものだ。
……わたし、かなり水希くんに振り回されている気がする。本人はそんなつもりないのだろうけど。
突き出された拳の下にお椀にした手のひらを出す。水希くんに渡されたのは百円玉二枚だ。受け取ったはいいけど一体なんだろう。
「え、えっと……。これは?」
「……。お小遣い」
「えっ!」
「うそだよ」
また、鼻で笑われた。
お小遣い……。
うそ……。完全にからかわれてる! わたしが見逃した変な顔発言以降、ずっとだ。
な、なんでこんなにからかわれてるのだろう。水希くんってこんな人だっけ?
驚愕して水希くんを見つめ続ける。
水希くんは隅に畳まれていたパイプ椅子を二つ持ってくる。わたしが反射的に避けると、長机の前に両方とも開いた。ひとつ、たこ焼きの六つ入ったパックを取って、行儀悪くも足で椅子を動かす。
座った。
「……?」
パックの輪ゴムを外す。蓋の部分には水蒸気。付属させておいたのとは別に、割り箸を取った水希くんが、ふとこちらを見た。
「なに突っ立ってんの?」
「へ?」
「食べようよ」
座ってるから目線は水希くんの方が下だ。若葉色の目に上目に見られて胸がきゅっと締まる。
……えっと。た、食べようよ、とは。
「? もしかして高橋さん、俺が来る前に昼メシ済ませた?」
「う、ううん。食べてないよ」
「……? お腹空いて――」
水希くんが発言を止めた理由は大きなお腹の音だった。
言葉にするなら、グキュルルル、なんて。ベタすぎる音。一体どこから、という疑問は水希くんを見た途端に解決した。
「あ、えっと! 今のはっ!」
「……っ。とりあえず座れよ」
水希くん、顔を俯け肩を震わせて笑いをこらえている。
う、うーっ。恥ずかしい恥ずかしい!
まさかお腹が鳴るなんてっ。しかもかなり大きかった!
顔が熱いのを自覚する。何か動いて気を紛らわせるため、水希くんに勧められたように椅子に腰掛けた。
膝の上で拳を握る。背筋は勝手に伸びた。
「ん」
「あ、ありがとう」
紙の入れ物に入った割り箸を受け取った。
「三ついいよ。半分こ」
……。は、はんぶんこ……?
水希くんからゆっくりと視線を移動し、探すけど……どう頑張っても蓋の開いたパックしか見つけられない。六つのたこ焼きの入ったそれしか、三つに半分こできるものはない。
「……えっと。水希くん?」
「なに? 代金ならさっき渡しただろ」
「んっ?」
えっ。あっ! 二百円。なるほど。たこ焼き代。
「このあと友だちと回るんだろ」
「なっ! なぜっ?!」
部活の子にシフトの件を話したら、それなら14時過ぎから合流しなよと言われたのは確かだけど。友だちと回ることは正解。でもなんで水希くんが知ってるんだろう?
「なぜ、て……。今朝、友だちに話がとか言ってたから。一緒に回る約束でもしてきたのかと思って」
「あ。……」
「そのときもいろいろ食べるだろ。今満腹だったらつまんなくなるだろうし。……先食べるよ」
水希くんは割り箸でひとつつまんで、熱を冷ますようにふうふうと息をかけると口に運んだ。
頭が……ついていかない。
お腹が空いているだろうと、たこ焼きを半分こしてくれること。
今朝のちょっとした会話から、水希くんが考えてくれたこと。
「冷めるよ」
「あ。ご、ごめんねっ。いただきますっ!」
「……」
たこ焼きはまだ熱い。少し目に涙が浮かぶ。……おいしい。
水希くんが二つ目を運んでいる。またふうふうと……。か、かわいい……。猫舌なのかな。
「ん。……なに?」
「! あ。か、かわいいなって」
「はぁ?」
んっ? あ。……えっ!! 今わたし、水希くんに向かってかわいいって言ったの? う、わ、わーっ。どうしよう!
うっかり口が滑ってしまった。どうしよう、機嫌を損ねさせたに違いない。証拠に水希くんの声は低かった。きっと不快をあらわにしてわたしを睨んでいる。
咄嗟に下げた視線を戻す勇気はない。
と、とにかく謝ろう。
「かわいい、て。俺が?」
「! う、え、……は、はい」
「……。高橋さん、大丈夫?」
弾かれたように見上げた。
言葉こそどこか皮肉があるのに、呆れまじりに笑う水希くんは、優しい目をしている。
キュと心臓を細い糸で締め付けられたような感覚。さっと彼から目を逸らした。