体を洗い流した後部屋に戻ると宗介がいなかった。
 そのまま部屋にいるものだと思っていた俺は、辺りを見渡し、不安になった。
「水希、宗介ならこの家の人と外に行ったわよ」
 落ち着きなくソワソワしている俺に気づいた仲間の1人が教えてくれた。
「……外?」
「ええ」
 ひんやりした体にもう一度血が巡り始める。
 ……なんだ。外に行ったのか。
 宗介の居場所がわかった途端にほっと安堵した。
「本当に水希は宗介がいないとダメね」
「……、」
「ま、宗介も満更じゃなさそうだけど」
 彼女は呆れたように言った。
 彼女の言葉は彼女にとってちょっとした揶揄だったのだろうが、俺にしてみると重たい言葉だった。
 俺は宗介がいないとすぐにダメになる。
 すぐ横に宗介がいないと、心に大きな穴を穿たれたような寒気を覚え、泣き出しそうになるのだ。
 もう17にもなる男が、あたかも母親に依存する年端も行かぬ子どものようであるなんて。
 隊商を賊から守る役目の人間が、人を殺すのを躊躇わず刀を振るう人間が、一人の男がいないぐらいで恐怖に見舞われるなんて。
 笑い話もいいところだろう。
 安堵の次は自己嫌悪だ。我ながらめんどくさい。
 ため息を我慢して椅子に腰掛けた。
「見に行かなくていいの?」
「ん……多分大事な話なんだよ。待ってる」
「健気ね」
「……そんなんじゃない」
 宗介が何も言わずにいなくなることは滅多にない。だから宗介は俺がいないうちに彼らと話したいことがあるのだろう。
 それにわざわざ首をつっこむつもりはない。
 だが。
 この目で宗介の姿を確認するまではやはり安心できない。
 横に宗介がいなければ、1人で眠ることさえできない。
 単に俺が病的なまでに宗介に依存した、怖がりなのだ。健気とか、そういう話じゃあない。
「そんなに気負うことないじゃない。自分がいないとダメな男って、意外と可愛いと思ってもらえるものよ」
 だからそういう話じゃないと、不機嫌を隠さず彼女を見る。
 それで、不意を衝かれた。
 彼女は、俺の想像していたのとは違う表情をしている。
 優しい瞳であった。
「1人で待てるかしら」
「……うん」
「そう。なら私は先に寝るわ。おやすみ、水希」
「……おやすみ」
 ひらりと手を振って、彼女は別室に行った。
 それを見送って、俺はこっそり背中の刺青を撫でた。
 彼女は俺と宗介のことを知っている。
 まだ昔、俺たちが護衛としてキャラバンにつけるようになる前、四六時中一緒にいる俺たちを不思議がって、隊長に聞いたのだ。
 隊長は宗介に聞いていて、全てを知っている。
 あの頃の俺は今以上に情緒不安定であった。
 今でも思い出すことはあるが、五感を通し得た人を刺し殺した感覚を思い起こしては発狂し、たびたび暴れまわった。
 そのなだめ役は宗介にしかできなかった。
 だから宗介はいつも俺のそばにいた。
 迷惑だろうと謝ると、気にすんな、と彼は言った。大きな手で、俺の頭を撫でてくれた。
 とにかく、隊長は、俺たちの事情を知るものは多いのもいけないが、少ないのもまたいざというとき足をすくうと思ったのだろう。
 話していいかい、と聞かれて俺は何も答えなかったと思う。
 横にいてくれた宗介が、力強く手を握ってくれたことしか記憶にない。
 他の仲間も眠ってしまっているのでこの部屋はいっぺんに静かになった。
 ぼうっとランプの明かりを見つめ、手遊びする。
 揺らめく火の中には俺の探すエメラルドなんかないのに。
 眠気はある。
 しかし目を瞑ってそれに身を委ねることができない。
 病気だ。
 フ、と笑ったのはひたすら自嘲だった。
 少し別のことを考えよう。一人になったとき宗介のことばかり考えるのは悪いクセだ。
 気をそらすためにランプの明かりの中に数日前から今日にかけての出来事を描く。
 砂漠。
 消えていた目印。多分山賊の仕業だ。
 枯れたオアシス。初めての出来事だった。
 次々と力尽きていく仲間に俺は何もできなかった。いつかと同じ光景に胸の中の恐怖が揺れ動いた。
 そのとき、見計らったかのように宗介が手を握ってくれた。
 彼は何も言わなかったけれど、それだけで俺はひどく安心した。
 ……って違うだろ。宗介のことを思い出してどうするんだ。
 かなりいかれた思考回路だと頭を抱える。無意識のうちにすべて彼に結びつけるなんて、本当に病気だ。
 一度ランプから目を逸らし、窓から覗く外を見る。
 真っ暗。
 あの闇の中で宗介は何を話しているのだろう。……って、
「また宗介……」
 さすがにこれには呆れを抑えきれず、一人に呟いて机にうつ伏せた。
 ふと左腕のブレスレットが目に映った。
 これを見て思い出すべきは無我夢中で短刀を振るい人を絶命させた記憶なのであろうが、俺はどうしてかこれを肌身は出さず身に着けては、なにか温かい感情を胸に抱く。
 明かりに照らされ蕩ける金属のそれは、俺の眠気を誘うようであった。
 不意にこの家に泊めてくれると言った青年のことを思い出す。
 名前は遙といった。
 彼は無用心なやつだと思う。普通、見知らぬ人を家に招かないだろう。
 確かに俺は異常に他人を警戒してしまうが、彼は並ほどの警戒すらない。
 綺麗だと思う。
 少し羨ましい。
 ……。あの人、悲しそうだったな。
 料理を手伝うと婉曲に自己防衛に出たのだけれど、そういう回りくどいことは苦手で、結局俺は他人の作ったものは食べられないことを話してしまった。
 そのときの彼の驚き様は並ではなかった。
 どこかに悲しみも見えた。
 そりゃ相手が初対面であろうと「おまえの出す飯は信用ならない」なんて言われたら悲しくもあるだろう。
 悪いことをしたと思っている。
 かなり嫌な思いをさせたのだろう。何度か謝ったが、彼は生返事しかしなかった。
 宗介がいないとすぐに不安定になることも課題の1つだけれど、食事のことも直さなければならない。
 俺の疑りグセが普通でないとわかっているし、「あれ」はもう起きることがないとも理解している。
 それでも俺は、信じることができないのだ。
 毒がもられているのではないか。
 殺す気でいるのではないか。
 死んでいく様を愉快そうに眺める気でいるのではないか。
 たとえそれが水筒に入った水であろうと、差し出されれば、バクバクと一人心臓が騒ぎ出し、冷静でいられなくなる。
 針金のように伸び、ボキンと折れた少女の腕を、狂った男の声を、俺は忘れられない。
 克服しようとはしているのだけれど。
 別に磨く気もない料理の腕前が着実に伸びているのを見る限り、進歩していないのだ。
 キィと扉の開く音がした。
 上体を起こして寝ぼけまなこでそちらを見ると、この家の青年と、その後ろから宗介がこちらに向かってきていた。
 外は寒かったのだろう。宗介は何かに耐える顔を、青年はその身をわずかに震わせていた。
「……起きてたのか」
「ああ」
 俺を見るなり青年は驚いた顔をする。
 その横で宗介がバツが悪そうに頭をかく。
 俺が眠れない理由を当たり前だが彼は知っているから。謝ろうとした彼に向かって俺は人差し指を自分の唇に当て、シィと彼に言って聞かせる。
「もうみんな寝てるんだ」
「……、そうか。早えな」
「疲れてるんだろ」
 宗介に謝ってほしくなんかない。むしろ謝るべきは俺なのだから。
 宗介を見れば俺は途端に満たされ、今までは少し離れていた眠気が、一気に俺の横に並ぶのを感じた。
 わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられる。
 俺の大好きな手だった。

 翌日の俺の目覚めはかなり早かった。
 1度目が覚めるともう一度眠るのが苦手な性分なので、東の空がうすらぼんやりとする中、そっと宗介の腕から抜け出した。
 小腹がすいていた。
 昨日買った果物でも食べよう。
 そう思って昨日食事をした部屋に向かう。
 部屋も外も、静寂に包まれていた。
 麻袋を漁ってリンゴを取り出し、軽く水で洗ってから齧り付く。
 今日、どうするんだろう。
 果汁で濡れた唇を拭って今はこの場にいない隊長のことを考える。
 今後のことは彼に指示を仰がなければならない。
 まあそこまで焦る必要はないか。
 多分、後でみんな呼び集められるだろう。
 リンゴを半分ほど食べたあたりで不意に誰かが部屋に入ってくるのを感じ振り返ると、頭をわしゃわしゃとタオルで拭きながら歩くのは、この家の青年だった。
 彼は俺に気づかなかったようで、タオルを取り払った時にジと彼を凝視する俺をやっと見つけ、まるで化け物を見たかのように目を見開いた。
「お、起きてたのか……」
「ん」
 なんだか昨日も同じことを言われ、同じように驚かれた気がする。
 青年は「心臓に悪い」とブツブツ言っている。
「……リンゴ丸齧り」
「なにその野生動物を見る目」
「いや、野生動物だろ」
 青年はずいぶん呆れたようだった。
 俺にしてみればリンゴだけとはいわず、いろいろな果実を包丁で丁寧に分けず、そのまま丸ごと食べるのは普通のことなので、そうも蔑む目をされるとカルチャーショックとかいうやつだ。
 あってるか知らないけど。
「朝、早いんだな」
「ああ」
 青年は素っ気なく返事をした。
「朝飯……あ、」
「?」
「……食材がない」
 困ったように眉をひそめた青年。
 俺は首を傾げたが、すぐに納得した。
 あまり詳しくは聞いていないが、青年は今一人暮らしなんだそうだ。だから食材だって、彼一人分を満たす量しかないのは当たり前。
 俺が買った果物はあるが、それだけじゃあ仲間たちは物足りないだろう。
 ちなみに俺は果物以外の買い出しも頼まれていたのだけれど、果たしていない。お咎めはなかったのでこのまま忘れ去られたままにしておこうと思っている。
「買ってこようか。足りないのは俺たちの分だろ」
 青年はなにやら言いづらそうに口をモゴモゴと動かしている。
「……、よかったら、一緒に行かないか?」
「へ?」
「……あれだけの大人数だ。荷物になる」
「それもそうか」
 俺は納得して、残ったリンゴを口に押し込んだ。
「もう少ししたら、市場も開く」と青年は言う。この町のマーケットは早いうちから店開きするらしい。
 歩いて向かえばちょうどいい時間に着くだろうということで、俺たちは今から出かけることになった。
「あ、そうだ。ちょっと待って、宗介に一応言っとかないと」
 家を出ようとした青年に続こうとして、ハッと思い出した。
 彼の返事も待たず、みんなが眠る部屋に戻る。
 仲間たちはまだぐうぐうと寝息を立てている。宗介もその一人だ。
 起こすのは忍びないけれど、なにも言わずにここを出て、その間に宗介が起きたら、くどくど叱られてしまう。
 俺は遠慮がちに彼の体を揺すった。
「宗介、宗介」
「ん……、水希……?」
「ちょっと買い物してくる」
「……ん、ああ……」
 宗介はほとんど意識のない様子で頷いた。
 よし、俺は言ったぞ。おまえも返事をしたぞ。
 また眠る宗介に布団を掛け直して、玄関で待ってくれているであろう青年の元に走った。
 俺がなにをしてきたのか聞くと、青年は少し呆れた顔をしていた。

 2人で歩く間にそこまで弾む会話はない。
 俺はあまりおしゃべりの得意な方ではないので逆にそれは居心地がいい。
 青年はどこか宗介に似ていると思った。
「そういえば昨日、なんでおま……、遙……さんは、あんな危ない場所にいたの」
「……遙でいい」
「あ、うん。俺も水希でいいよ……って、呼びにくいか」
 確か彼は俺と同じ名前の人物を捜しているんだった。と、なると別の呼び方を提案したほうが混乱を招かないだろう。
 だが青年――遙は首を振った。
「水希って、呼ばせてくれ」そう言った彼は少し寂しそうで、俺は不思議に思う他ない。
 とはいっても、それを掘り下げて聞けるような間柄ではない。俺は素知らぬふりをした。
「昨日あそこにいたのは……ここを出る前に、見ておきたかったからだ」
「へえ、思い出の場所ってやつ?」
「……、ああ」
 何気なく言った言葉はかなり地雷だったらしく、遙が目に見えて苦しそうな顔をした。
 思い出、なんて。すべてが綺麗で美しいものなんかじゃないのは、俺だって知っているはずなのに。無神経だった。
「ごめん」と慌てて謝った。
 遙は俺をちらりと見て、遠くを見つめた。
「本当に……」
 その先を待ったが遙はなにも言わなかった。
 変な沈黙がおりてしまいそうだったので、俺はらしくもなく会話を振った。
「今、外に出るのはやめたほうがいいよ」
「……そうなのか?」
「ん。だいぶ荒れてるんだ。賊が前より蔓延ってる」
「……詳しいんだな」
「まあ、これでも隊商の護衛だから。知ってないとまずいだろ」
 何となく苦笑しながら言うと、遙もほんの少し笑ってくれた。
 それを見た俺は、ほっとした。
 宗介に手を握られて感じるのと似た安心感だった。
「そういう水希は、どうしてあそこにいたんだ?」
「ああ、それは――」
 ふっと思い起こして、どうしてだろう、とすぐに首をかしげる羽目になった。
 果物を買った後は、他の食材も買うつもりだった。
 なのに足は勝手に街を離れ、仲間が待つのとは全く真逆に動いていたのだ。
 無意識だった。
 だんだんと賑わいがなくなっていき、荒廃した街並みが現れるのに、どうしても俺の足は止まらなかった。
「……なんでだろう」
 言われてみれば不思議な話だった。
 俺は急に、目的もなく彷徨い出したのだ。
 強いて言うのなら、行かなければならない気がしていた。何かが自分を招き寄せていた。
「……まあ、そんなに深く考えなくていいだろ。お前の気紛れのおかげで俺は助かった」
 遙はそう言って、思考の深海に沈みかけていた俺を引き上げた。
 同時に俺は、彼を「地獄」にいた俺をまた引き戻しに来た人物だと勘違いしてしまい、危うく手にかけるところだったことを思い出した。
 急にいたたまれなくなる。
「あのさ、昨日、……ごめん」
「?」
「その、おまえのこと疑って、俺はおまえに……剣を向けようとした」
「いい。気にしてない」
 遙はやはりぶっきらぼうに言った。
「俺は感謝してる。……ありがとう」
 その礼は話の流れからいくのなら、昨日賊から彼を助けたことなのだろうが、何か違う気がした。
 妙な違和感を覚えながらの笑みは、きっとぎこちなかっただろう。

 遙は魚介類が好きなのか、マーケットで売られる魚を見つけては、最低20分は立ち止まり、なにやら難しい顔をしていた。
「買うの?」と聞いたら、彼は首を振った。
 鮮度うんたら、水気うんたら。どうやら遙は魚介類に関してはかなりの目利き、かなり口うるさいようだった。
 俺は、これは関わればめんどくさいことになるやつだと察し、遙がブツブツ考え込む間は茶々を入れずに一緒に魚を眺めていた。
 特になにも考えていなかったし、買う気もなかったので、迷惑な客だっただろう。
「ハルちゃんは相変わらずねえ」と何軒目かの店の人に言われたので、これが日常茶飯事であることを知ったときは、さすがに呆れた。
 結局遙は魚を買わなかった。
 今回はいいのがなかったとかなんとか。
 それのおかげでずいぶん時間がかかったが、文句は言うまい。なんだかんだで俺は楽しかったのだろうから。
 両手をいっぱいに、帰り道を、遙と献立を立てながら歩く。
 やっと見えてきた遙の家の前に、何か見覚えのある男が腕を組み、仁王立ちしているに気づく。
 見覚えのある、なんて曖昧に言ったけれど、遠目でもわかる。あれは宗介だ。
 遙も気づいたのか、不思議そうに俺を見遣る。
「水希、あれ……」
「ああ。あいつ、なにしてるんだろう」
 遙と顔を見合わせ、揃って首をかしげる。
 俺にも遙にも、宗介のあの奇行の原因は見当がつかない。
 結局答えの見つからないまま遙の家、つまりは宗介の目の前にたどり着いた。
 宗介はこちら、というよりも俺をギロリと睨みつけた。
「どこに行ってた」
 かなり低い声だったので、遙は驚いたようだ。
 俺のほうが全く驚かなかったといえば嘘になるけれど、何度か宗介に叱られたことがある俺にとってはそうびびるものではない。
「は? 見てわかんないの。買い出しだよ」
「聞いてるのはそんなことじゃねえ」
「『どこに行ってた』って聞いただろ。なにが違うんだよ」
 宗介が不機嫌なので、自ずと俺も気が悪くなる。
 宗介は俺より高い位置から高圧的な視線を俺に送る。捩伏せるような、強い視線だ。
「それに俺はちゃんとおまえに出かけてくるって言ったし、おまえも返事をした」
「はあ?」
「まあおまえ、寝ぼけてたけど」
「それじゃ意味が…………はあ、もういい」
 宗介は急に肩を竦めると、俺の持つ荷物を掻っ攫い、ずかずかと家に戻っていった。
 怒りを通り越して呆れ。
 ちゃんと保険はかけたけれど、俺は宗介を怒らせたようだ。やっぱり叩き起こして出かけてくることを告げるべきだったか。
 でも、怒りながらも優しいというか。
 俺はすっかり空になった手を見つめ、横でぽかんとする遙の荷物を半分持った。
「気にしなくていいよ」
 なんだか気に病んでいるようだったので一声かけた。
 遙はぎこちなく頷いた。
 誰かと一緒に料理をするのは久しぶりな気がする。
 昨日の晩御飯も遙と一緒に作ったけれど、せかせかして落ち着かない中の作業だったので、こう、ゆっくりと作業をするのは、久しくなかった。
 宗介が料理をできないわけではないが、大体俺は1人で料理をする。
 宗介はマーケットで食材を運んでくる力仕事をしてくれるので(俺も一緒に行くけど荷物を取られる)、その後は俺に任せて欲しいという、俺の希望から。
 隊長は俺に気を遣っているのだと思う。
 他の仲間はまず家が違うので言うまでもない。今更だが俺は隊長の家に宗介と一緒に住まわせてもらっている。
 みんなで集まった時も仲間はほとんど俺と宗介より年上だから、羽目を外して酒を煽り、飲み食いに集中する。
「お前の料理はうまいから」と背中を叩かれるが、嬉しいのか虚しいのか、微妙な気持ちになることは、余談だ。
「……遙、あんた器用だな」
「……別に」
 横で淡々と料理を進める彼を見れば言わずにはいられない。
 遙と一緒に料理をするといつもの半分の時間で終わってしまった。
 ちらりと後ろを見るといつの間に起きたのか仲間はみんなスタンバイしている。フォークとスプーンを持ってじっとしているのだ。
 遙はそれには驚いたみたいで、食器を運ぼうとして足を止めた。
 彼は一人暮らしだと言っていたし、こんなに大勢で囲む食卓は久しぶりなんだろう。
「大人数は慣れない?」
「……そうだな」
 遙はフイとそっぽを向いて料理を盛った皿を運んで行った。
 照れ隠しだろうか。
 胸のあたりがじんわり熱くなり、少しずつ熱を失っていく。
 純粋なやつだな、と思った。すごく綺麗だ。本当に、羨ましい。
 俺には少し眩しすぎる。
 誰にもばれないようにため息をついた。
 相変わらずむすっとしている宗介のもとに近寄る。と、彼は俺に気づいているようだけれどこちらを見ない。
 うわ、すっげー不機嫌。
 寝ぼけた宗介にどこに行くのか伝えたのに、と不満に思うけど……どちらかというと罪悪感の方が強い。
 むしろ後悔してる。悪かったなって。
 俺がそうであるように、宗介も不安になるのだと思う。
 ずっと俺を支えてくれているのが宗介であり、俺の生きる全てが宗介にあるように、彼も、また……なんて言ったら、自意識過剰だろう。
 失うのは、お互いに怖いのだ。
 依存、といえば早いか。
 1つだけうさぎ風に切ったリンゴをフォークに刺して宗介の視界に割って入れた。
 宗介は驚いたみたいで危うく口に運んでいた野菜を落としかけた。
「……なんだ」
「ん」
 やっと俺を見た(というより睨んだ)宗介に、もっとリンゴを押し付ける。
 宗介はより一層不機嫌になって、しまいにはチと舌を打つ。
「うさぎ型とか、ガキかよ」
「そうだね。俺はずっとガキだ」
「…………」
 俺と宗介とは、周りの賑やかさとは別の世界に生きているようだった。
 一度、綺麗なエメラルドが虚空を見つめた。
「……本当に自分勝手だ、水希は俺がいなくなるとぎゃあぎゃあ喚くくせに」
「……」
「…………」
「……ごめん」
「…………、」
 宗介はしばらく無言であったが、空になった口にリンゴを招き入れた。
 ぱっと頬のあたりが熱くなった。
 しゃくしゃく音を立てて噛み砕かれていくリンゴは、宗介なりの許す、の意思表明だ。
「……お前がイヤなことは俺もイヤだ」
 宗介は拗ねた子供みたいな声色で言った。口もわずかに尖っていた。
 体の大きな17にもなる男には、絶対に見られないような光景に、俺は愛しさのあまりらしくもなくふきだした。
 笑うな、と宗介が俺の腹をど突いた。
 それに対してふざけてよろめいてみせた。
 宗介は座っているので、必然的に立っている俺の方が視線は高い。いつもは見下ろされているので、満たされるものがある。
「宗介、俺はいなくならないよ。おまえのそばにいるって決めてるんだ」
 不意を衝かれたというのを、宗介は目で大きく表す。いつもの冷静な顔が俺の一言でこうも動くんだ。なんだか優越感。
 宗介の頬を両手で包む。
 彼に上を向かせ、俺はその鼻先に軽く唇を当てた。
「……口じゃねえのかよ」
 宗介が不満そうに言うのは聞こえなりふりをしておいた。
 あえて口を避けたのには理由があった。
 またその話を掘り返すのかと思うかもしれないが、俺は一応宗介に「伝えた」のだ。
 宗介だって頷いた。たとえ寝ぼけた彼相手でも、俺は声かけを怠ってなんかない。
 なのに宗介は微塵にも覚えていないのだから、そこが少し腑に落ちない。
 言えば宗介はまた俺をガキだと罵るのだろうから。教えてやる気はないけれど。

 朝食が終わるのを見計らったように、隊長が仲間を外へ呼び集めた。
 昨日はろくに考えずに泊めてもらおう! と決めてしまった隊長だけど、さすがに人の家でこれからの話を長々するような無遠慮さはないようで。少し安心した。
 遙の家の前はちょっとした広場みたいになっている。
 そこに14人で円を描くように集まった。
 隊長はまず人数を数え、深くうなずいた。
 隊長曰く、昨日泊まった家の人にこの町の名前を尋ね、使い古した地図で位置を確認したところ、俺たちが拠点からかなり離れた土地に来てしまったことが判明したらしい。
 いかんせん初めての土地なので、拠点に戻るにも、どの目印を頼りにすればいいのかわからない。言ってしまえば大規模な迷子だ。
「それに、外の情勢のことを考えると……むやみにここをでるのは無謀だろう。うちには優秀な護衛がいるけど、危ないと分かっていて進むのは賢明とは言えない」
 ここに死ぬ物狂いでやってきたときにはかつてないほどの山賊に出会ったし、俺自身、昨日マーケットで買い物をしていて賊に関する話題を多く耳にした。
 きっと隊長が知っているのは俺と同じものだろうから、特に何も言わないでおいた。
「しばらくはここにとどまることになるだろう」
「ま、帰り道が分からないことと外が荒れてること以外はいつも通りね」
 ある仲間は腕を拱いて笑った。
 ほかの仲間も頷き合っていた。
 俺たち隊商は多くの荷物を運んで、行先で1年過ごすなんてことも常だったので隊長の言葉に驚く人は一人もいないのだ。
「じゃあ俺はこの町に俺たちの町のことを知っている人がいないか尋ねてみるよ」
「そうだね、助かるよ」
「あたしも行くわ」
「俺は生き残った商品でも売るかな」
 仲間がそれぞれ今日やることを決めていく。
 俺は横で腕を組んで突っ立っている宗介の肩を軽くたたく。
「宗介」
「ん?」
「宿探し。リベンジ、だな」
 厭味ったらしく目を細めてやれば、宗介は余計なまでに眉間のしわを濃くして、俺の頭を殴った。