荷物運びの仕事は段々と減ってきた。ほかにも調理や調剤なんかもあるのだけれど、それらの仕事は競争率が高くてすぐに他の人に取られてしまう。
 ヴァレリーは難しい顔をしながら手配書を眺める。その肩にはハリネズミがちょんと乗っている。ジグルフの使い魔とかいうこのハリネズミ、最近はずっとヴァレリーについてまわっていて、まるでヴァレリーの相棒である。
「……」
 モンスター退治……。
 ご丁寧に危険度が書かれているそれらを一つ一つ見ていくヴァレリーは真剣だ。
 安定して稼いでいくには、そろそろこういう傭兵業にも手を出してみたほうがいいのかもしれない。故郷は争いなんてない平和な町だったので、ヴァレリーの戦闘経験といえば、町に珍しく狼が入ってきてしまったときのなんちゃって退治だけだ。
 力では誰にも負けない自信があるが、いますぐにでも戦場に立てるのかと問われるとヴァレリーの気持ちは縮こまってしまう。
「……」
 ヴァレリーはまだ振り向かない。
 掲示板傍にあるカウンター席からヴァレリーをじっと見つめる視線には、ヴァレリーも気づいている。ちなみにこの視線、ヴァレリーがモブハントの張り紙を眺め始めた頃からずっとちくちくと刺さっている。
「……」
 振り向きたくない。これは意地だ。
「ねー。ひとりでできるの?」
「……」
「得意なのはキャスターだけど、ヒーラーもバッファーもタンクもアタッカーもできるんだけどなぁ〜……」
「…………」
「助けてくださいって縋りつかれたらなんでも教えてあげるのになぁ〜……」
 このねちっこいジグルフのセリフ、誰に言ってるって、もちろんヴァレリーにだ。
 ジグルフは大体朝起きるのが遅くて、ヴァレリーが冒険者ギルドに張り紙を確認しに行くのにはついてこない。しかし今日は珍しくヴァレリーが起きた後にすぐ起きてきて、どういう仕事を選んでるのかぜひ拝見させてほしいなぁ! とか言いながら冒険者ギルドに足を運ぶヴァレリーについてきたのだ。
 ヴァレリーは察している。こういう風な態度をとるジグルフは、ヴァレリーにとってよからぬ事を考えていると。そしてその予感通り、カウンター席でカフェオレを嗜みながら、仕事に迷うヴァレリーに茶々を入れてきているのだ。
 ジグルフは、ヴァレリーに戦闘経験がほとんどないことを知っていて、教えてあげるのではなく、ヴァレリーから教えてくださいと言ってくるのを待っている。
 ヴァレリーはわからないことやできないことは意地を張らずに頼るタイプだが、今回ばかりは素直にお願いしたくない。なんでって、相手がジグルフだからだ。
 ――こんな簡単な魔法も使えないの?
 ――何その剣の振り方! 基本がなってない!
 ――センスなさすぎ!
 ヴァレリーは想像して険しい顔をした。
 絶対言われる。呆れて指さしてくるジグルフを簡単に想像できる。
「ところでヴァレリーは何をしたいの?」
「……」
「ねー。無視してないでお話しようよ。ヴァレリー?」
「…………はぁ」
 諦めた。根気比べはヴァレリーの負けだ。
 ヴァレリーは掲示板から離れ、ゆっくりとジグルフの方へ向かう。カウンター席でだらんと突っ伏していたジグルフは、ヴァレリーが向かってきているのを見て耳を動かし体を起こした。
「今日のお前のそのテンションなんなんですか……」
「敵に塩を送りたい気分なんだよ」
「ろくに戦えないやつが仇なんてうてるわけないってわけですか」
「わかってるじゃん」
 すごいすごいと拍手をするジグルフにヴァレリーはイラッとした。したが、まだ許容範囲だ。
「殺してやると息巻くんなら基本の戦いくらいできないとね。君、殴り合いもろくにしたことないでしょ?」
「そんなことする必要ないですからね」
「その通りだ。でもこれからは必要になる」
 ジグルフは頬杖をついてヴァレリーを上目に見た。
「君は俺を殺せるくらい強くならないといけないけど、それよりもまず、自分自身を守れるようにならないといけない」
「……」
「ヴァレリーは俺がいなくなるとひとりぼっちだからね」
「……は。なんですそれ。お前がいるうちはお前が俺を守ってくれるんですか?」
「そうだよ」
「…………」
「だってヴァレリーは俺をいつか殺してくれるのに、その前に死なれたら困るでしょ」
 ニコリと嫌味なぐらい綺麗に微笑まれた。
 ヴァレリーは、大きく深呼吸した。守ってあげると言われて一瞬、ときめきとは違うけれど、胸がきゅうと苦しくなるのを感じた。
「そんなことだろうと思いました」
 誤魔化すようにジグルフから視線を逸らす。
「それでヴァレリーはなにがしたい? 魔術師?」
「お前、それわかっててわざといってますね?」
「バレた?」
「……」
 ヴァレリーはそろそろジグルフをどつこうかと思った。
 その矢先に、はいどうぞ、と。ジグルフの方から布を被った大きな何かをヴァレリーに差し出してきた。
「あげる」
「?」
 不意をつかれたヴァレリーは、押し付けられるがままにジグルフからその謎の大荷物を受け取る。やや重みがあって、ヴァレリーの背より長さがある。
「なんです? これ」
「包みからだしなよ」
「あ。はい」
 それもそうだ。布を被っているからこれがなんなのかわからないのだ。
 ヴァレリーは口を結んでいる紐を解き、中のものを取り出した。
「……?」
「ハルバードって知ってる? 結構重いんだけど、ヴァレリーなら簡単に扱えるだろうね」
 渡されたのは斧槍だった。
 槍の穂先には大きな斧頭、その反対には鋭利な突起がついている。
「……お得意の魔法で作ったんです?」
「それは昨日鍛冶屋に打ってもらったやつだよ。そうだな、オシャレに言うなら……オーダーメイドってやつ。魔法で作るのは簡単だけど、俺の魔力がなくなったら、作ったものは消えちゃうからね」
「……」
 ヴァレリーは両手で握っていたそれを片手で握り直してみる。初めて握った武器なのに、妙にしっくりくるのはオーダーメイドだからなのか。
 冒険者ギルドに向かうヴァレリーについてくるジグルフが妙な荷物を背負っていることは知っていた。しかしまさか自分へのプレゼントだったとは、思いもしなかった。
「……、……」
 そこそこ面食らった。
「自分の死を飾る武器を仕立てるって滅多にない経験だよね」
「……。はぁ。絶対そういうこと言うと思いました」
「俺のことわかってきたってことだね。いいことだよ、ヴァレリー」
「ソウデスネ」
 ヴァレリーの返事は投げやりだ。
「俺は後ろで援護に回るから……ほら、これに行こう」
「ワイバーン? ちょ……上級者向けって書いてありますけど……」
「大丈夫だって。俺がいるんだから」
「お前がいるって言ったって……。俺自身は初心者なんですよ?」
「経験がないから自信が持てていないだけだよ、ヴァレリーは」
 カウンター席からひょいと降りたジグルフはつま先で地面を叩いて調子を整える。
 右手を一振して出てきたのは杖だ。それをジグルフが握ると、ヴァレリーの肩で見守っていたハリネズミもなにやら意気込んだようで「キュッ」と陽気に鳴いた。
「いままでもヴァレリーはただの荷物運びだと思ってやっていたかもしれないけど、たとえどんな力持ちでも、どうすれば効率的なのか、どう力を使えばいいのかがわからなければ、ああいう雑用は案外できないものだよ。本能的に理解して動いてるんだ」
「……? つまり、センスがあるって言ってます?」
「そうそう」
「……、なんか褒められているような気がしません」
「褒めてるのに。ひねくれてるなぁ」
「ジグルフに言われたくないですけど……」
 言ってしまってからハッとした。思った通り、先を歩いていたジグルフはヴァレリーの方を振り返って、楽しげに口角を上げている。
「……もう呼びません」
「え? 俺、何も言ってないけど」
「顔に出てます」
「そう? 嬉しくってにやけちゃったかぁ」
「……」
「ヴァレリーがまさか俺の名前を呼んでくれるなんてね」
「…………」
 これ以上ジグルフに構うと余計ボロが出そうだ。ヴァレリーは歩調を早めて、スタスタと進んだ。