最近町に魔術師協会という集団がやってきたらしい。その集団はかなりの魔法の使い手たちの集まりで、希望する一般人に魔術を教えているのだとか。その一般人というのも、全くの魔法音痴であろうと大歓迎で、さらにはそういう人がどんどん魔法を使えるようになっているらしい。
「そういうのって詐欺だよね」
「絶対言うと思いました」
 パリパリと音を立ててポテトチップスを砕いていたジグルフは、残念そうに大きなため息をつくヴァレリーを怪訝そうに見る。ちなみにこのポテトチップスはヴァレリーが買ってきたものなのだが、一枚もらったジグルフがたいそう気に入ってヴァレリーから袋を奪いもぐもぐと食べているところだ。
「ジグルフは偉大なる魔術師だからわからないでしょうけど、魔法が使えない人にとって、魔法が使えるようになるってすごく魅力的なことなんです」
「そりゃあ魔法は便利だからね。掃除だってほうきに魔法をかけちゃえば自分は寝てたってかまわない。魅力的だ」
「いや、家事ぐらいは自分でしますよ。ぐうたらしてたらひどい運動不足になりそうだ」
「うーん。真面目」
 パリパリ。ジグルフはポテトチップスをつまむ。
「ということで。話を聞いてこようと思うんです」
「……。正気? どうせその場しのぎの魔力増幅で、何も知らない一般人に夢みたいな魔法を使わせたあとは馬鹿みたいにたっかい教材代と会費を払わせてとんずらだって」
「やかましいですよ! 行ってみないとわからないでしょう」
「はあ。俺も行くよ」
 ぷんぷんと怒っていたヴァレリーだったが、ため息しながら立ち上がったジグルフにはきょとんと目を丸くしてえっとどこか嫌そうにする。
「ジグルフみたいなのがきたら、相手が委縮しそうじゃないですか?」
「みたいなのだなんて失礼だな。俺の魔力にひれ伏すならそれこそペテン集団でしょ」
「……」
 俺の魔力にひれ伏すなら。俺の魔力に……。ヴァレリーの頭でその言葉が何度も反響する。こんな傲慢なセリフを自信満々に言っても許せるのは本当に実力が伴っているジグルフだからだろうか。
「……余計なこと言わないでくださいよ」
「余計なことってなんだよ。たいそうな名前を掲げているくせに、小鳥の糞みたいにちっぽけな魔力ですねえ。とか?」
「そういうのです! だめ! 禁止!」
「事実かもしれないじゃん」
「事実だったとしても! よ・け・い・な・こ・と! です!」
 ヴァレリーはすごい剣幕でジグルフに言って聞かせる。
 ジグルフはなんだか不服そうに眉を寄せたが「はいはい。わかりました」とわざとらしく二度拍手をした。
「魔法なんて俺が教えてあげるのに」
「……。お前に頼らずやりたいんです」
「そーですかい」
 ジグルフの返事は適当だった。
 ヴァレリーより先に部屋を出て、とっとといなくなってしまう。
 ぱたん。静かに扉が閉まる。
「……。あ! ちょっと、場所わかるんです?」
 ヴァレリーは慌てて小さなカバンに荷物を用意して、ジグルフのあとを追いかけた。
 魔術師協会とやらが拠点としている貸家前ではこそこそと話す人が多かった。入会希望者はまだまちまちで、ジグルフのように怪しむように様子をうかがう人々も多いようだ。「魔法が使えないあなたも、大魔導士になれるチャンス!」そんな謳い文句が入口のビラに書いてある。
「胡散くさ」
「こら!」
「ごめんなさーい」
 さっそくジグルフにイエローカードである。間延びした謝罪は全く謝っている気がしなかったがいちいち突っかかっていては埒が明かない。次やったら宿に戻ってもらいますからねと言いつけながら、ヴァレリーは押戸のノブをひねった。
 カランコロンとベルが鳴る。受付らしきカウンターに座っていた女性がこちらを向いた。
「あら。いらっしゃい」
「あ、えっと。失礼します」
「……」
 ヴァレリーはつんとジグルフを肘でつつく。チッと小さな舌打ちが聞こえたような気もするが、ジグルフは受付の女性に軽く頭を下げた。
「入会希望ですか?」
「はい。あ、でもまず話を聞いてみたくて」
「体験ですね。すぐに面談をしましょう。そちらの方は?」
「俺は保護者です」
「ほっ……!?」
 仰天した。自分より若い保護者があるか。
「面談に同席させてください」
「ああ……わかりました。確認します」
「同席できないのなら面談自体結構です」
「ちょっ」
「……。お待ちください」
 女性はすっと奥に姿を消した。
 2人になった途端ヴァレリーはジグルフの腕を思いっきりつかみ「余計な事言わないでくださいって言ったでしょう!」と小声でしかりつける。
「人が良すぎて放っといたら詐欺にあうもん」
「平気ですって!」
「宿主に騙されそうになってたくせに」
「……」
 それに関しては言い返せない。威勢の良かったヴァレリーはぐっと唇をかんだ。
「お待たせしました。同席もかまわないと。大先生が、お待ちです」
「!」
「どうぞこちらへ」
 女性が2人を部屋へと案内する。どきどきと胸を鳴らしながらそれについていくヴァレリーの後を、いかにもといった魔除けや魔具の置いてあるホールを一瞥したジグルフも、遅れて追いかけた。
 通された小部屋には窓がなく、長机と椅子が用意されている。興味深そうに部屋を見渡し、ヴァレリーはどうぞと言われた椅子に座る。すぐに来られますのでと言い残し、女性はここで部屋をあとにした。
「なんだか不思議な部屋ですね」
「……」
 イエローカード2枚目を気にしているのだろうか。ジグルフは黙ってヴァレリーの横に座った。
「よく来てくれたねえ。初めまして」
「! 初めまして……」
 ヴァレリー達が入ったのとは反対の扉から老人が現れた。いかにも魔術師といったローブを着ていて、首には真珠をぶら下げている。
「君が、魔術を習いに来た子だね?」
「そうです。俺、魔法が苦手なんですけど、使えるようになりたいなって……」
「ほっほ。人は誰でも魔法にあこがれるものだ。なあに、多少魔力が薄くても、うちで習えば自由自在に魔法を使えるようになろう」
「!」
 老人はヴァレリーの向かいに腰掛ける。皺だらけの顔で微笑む様子は偉大な魔術師といえどどこにでもいる老翁のようで、ヴァレリーの緊張は少し薄れた。
「その。俺みたいに魔法が苦手でも、どうやったら自由自在に魔法が使えるんでしょうか」
「そうだねえ。まずはイメージだよ。魔法は、想像力が大切なんだ」
「例えばじきにこの部屋に神経ガスがまかれて俺たちは気を失うのかもしれないとか」
「はっ?」
 ヴァレリーは頓狂な声を上げて横を振り向いた。
 ジグルフは椅子の足を浮かせて斜めにし、ゆらゆらと揺らして遊んでいる。
「おやおや。そちらの君は、ずいぶん想像力が豊かだ」
「ジグルフ……! すみません、この子、ちょっと礼儀知らずで……」
「いやいや。構わないよ」
 老翁は大きく体をゆすって笑う。ヴァレリーはジグルフをにらんだが、ジグルフの方はどこ吹く風で椅子を揺らすのをやめたかと思うと今度は机に頬杖をついた。
「こらっ。ジグルフ! 失礼でしょう!」
 声を潜めて注意するが、ジグルフは無視だ。
「それから……弱い魔力は、杖や魔導書などの道具を使うことで増幅できる。それも、使用者にあったものを使えば、かなり強力なものにできるんだよ」
「……」
 それは、ヴァレリーが図書館で読んだ本にも書いてあったことだ。
「その道具っていうのは、どう見繕うんでしょうか……」
「ふむ。では今回入会祝いに私から一つ君によく合うものを見繕ってあげよう」
「えっ! いいんですか? あ、でも、入会は……えっと。うーん」
 ぱっと耳を立てたかと思えばヴァレリーはすぐに耳をしゅんと下げてうんうんと悩み始めた。別にジグルフほどではないが、ヴァレリーにも多少警戒心というのはある。道具を見繕ってもらえるというのは魅力的だがだからといって今すぐに入会するというのもなんだか……。
「茶番だ。まず対等になろう。お兄さん」
 黙っていたジグルフは急にそう吐き捨てると頬杖をついて指を鳴らした。
 ヴァレリー達がジグルフに何か言う前に、老翁の方からパリンと何かの割れる音がして、きらきらとガラスのような破片が崩れ落ちていく。
「な……」
「自分だけ障壁をはってるなんてずるいなぁ。次はそのちゃちな変化を解いてあげようか」
「ぐっ! うおおっ!?」
 急に老人がその場に膝をつき、まるで何かに押しつぶされるかのように両手で体を支え始める。ヴァレリーが慌てて老翁に寄ろうとするのを、ジグルフは片手で制した。
 老人のいるところだけ重力が異常なようだ。床が軋み、ぴしぴしと音を立てている。
「ジグルフ、ちょっと! ……、……」
 止めようとした。けれど、ジグルフの目が異様に殺気立っているのを見て、ヴァレリーは何も言えなくなった。
「何人売った」
「うぐぅっ……! 5,6人……捕まえただけだ!」
 ヴァレリーは目を疑った。確かにさきほどまで老人だったはずのその人は、若い男性へと姿を変えていた。
「いったいどういう……」
「簡単な話だよ。魔法も使えないようなただの一般人をおびき寄せて、神経ガスで気を失わせて拘束、売り飛ばすんだ」
「売り飛ばす……?」
「いつになっても奴隷っていうのは魅力的だね。ヴァレリー」
 ジグルフはヴァレリーに優しく笑った。

 やれ貸家の代金が払えなかっただの、やれ詐欺グループであるのがばれて夜逃げしただのと、魔術師協会の噂の内容はたちまち変わり、そのうち次第に話にも出てこなくなっていった。
 ヴァレリーはオレンジ色の明かりを反射させるグラスをぼんやりと眺める。酒場はがやがやと賑やかだ。そんな中で一人陰気臭く大きくため息をついた。
「おいおいどうしたんだ兄ちゃん! 元気ねえなあ」
「いえ……。俺って世間知らずなんだなって……」
「なんだいそりゃあ!」
 ドン! と大きなジョッキを机に叩いて、男はヴァレリーの向かいに腰掛けた。
「すごく魅力的な教室があったんですけど、それが詐欺だったっていうか……」
「おう? もしかして……マジュツ協会の話か?」
「う……。まあ、はい、そうです」
 そりゃあ町であの噂を知らない人なんていないのだろう。ヴァレリーはごまかしたかったが、ごまかしたところで特に意味もないし変にボロが出そうな気がして、気まずそうにうなずいた。
 しょんぼりとしているヴァレリーの前に男は「まあ食べろよ!」と串焼きの乗った皿を差し出す。
「金でもとられたか? でもよかったじゃねえか兄ちゃん、あれ……人身売買集団だったんだろ?」
「……」
「何人かいなくなったって聞いたぜ。命があってラッキーだよ。兄ちゃん」
 男性は難しい顔をしている。ヴァレリーも何も言えずに視線を落とした。
 ジグルフは――あの男を圧殺しようとしていた。だからヴァレリーは必死に止めた。なぜこんな下衆を庇うのかとジグルフにも言われたし、ヴァレリーもこの男を庇う必要があるなんて思っていなかった。ただ、ジグルフに人を殺させたくなかったのだ。ヴァレリーがジグルフを抑える間に結局男は逃げおおせて、残されたヴァレリー達が見つけたのは昏睡している2人の女だった。――5,6人捕まえただけ。「嘘つき。やっぱり殺すべきだった」ジグルフは吐き捨てるようにそういって、治癒魔法を使い2人の女性を介抱し始めた。ヴァレリーは何も言えなかった。
 数日としないうちに行方不明の届けが出されたのか、あの家の前には立ち入り禁止のテープが張られ、そのうち人が寄り付かなくなっていった。「魔法が使えないあなたも、大魔導士になれるチャンス!」日焼けしたビラは半分剥がれかけてそのままだった。
「おうおう。串焼きお土産にサービスしてやるから、元気出せや!」
「いてっ! うぅ……ありがとうございます」
 バシンと背中をたたかれた。怪力だ。なかなかに容赦のないおっさんである。男はヴァレリーから離れ、お土産を包みに行ったようだ。
 ヴァレリーは机に突っ伏す。だいぶ酒が回ってきたようで、体がふわふわする。
 賑やかな酒場が変にどっとどよめいた。「ガキはお断りだよ」という店主の声に「これでも22歳です。俺って見た目が幼いんですよねぇ」なんて返事が聞こえてくる。
「なんだい。大人をガキ扱いしちまったかい。そりゃあ失礼したねえ」
「いえ。俺の方こそ未成年が酒場の店主なんてって思っていたところですよ」
「ははあ! いうねえ! よしきた、サービスしてやろう!」
「じゃあ、ジンを一杯」
「ん……?」
 なんだかその言い回しやその声は聞き覚えがある気がした。
 ヴァレリーがゆっくり視線をあげると、その男はグラスを受け取りちょうどこちらに向かってきているところだった。
「……え? ちょっ、ジグルフ!?」
「日付が変わる前には帰るって言ったよね」
「えっ! えっ……あっ……」
 慌てて店内の時計を見た。0時32分。時計の秒針が回っている。
「浮気でもしてるのかと思った」
「はっ?」
「一人寂しくお酒を飲んでるなんて、哀愁漂うおじさんだなあ」
「おじっ……まだ22です! ていうか、なんでここがわかったんです……ハリネズミちゃんはいないのに」
「ヴァレリーの体にGPSを埋め込んだからね」
「えっ!」
 ヴァレリーは慌てて体を起こして肩や胸をポンポンと叩いた。そんな! 体の中に機械を埋め込まれてしまったなんて……!
「嘘だよ」
「……」
 ジグルフは可哀そうなものを見る目でヴァレリーを見ていた。
「あんまり年上をからかうもんじゃあないですよ」
「からかわれるような隙がある方が悪いんだよ」
「あのねですねえ……」
「もう終わった話なのにいつまで引きずってんの。詐欺にも人攫いにもあわなくてよかったじゃん。保護者様様だよ」
「……なんでわかるんです。そのこと、気にしてるって」
「なんででしょう?」
「……。はあ。自分が世間知らずでやになるんです。魔法も使えないし」
「魔法は教えてあげるって言ってるのに。ウォタガだってフラッドだって。今ならなんだって」
「?」
 何やら魔法名を指定してきたジグルフにヴァレリーは小首をかしげた。
 ウォタガ。フラッド。いったいなんだそれは。
 ヴァレリーの不思議そうな様子を見てジグルフは軽く笑うだけで、特に説明はしなかった。
「世間知らずなのもしかたないよ。ヴァレリーは町からでたばっかりなんだから、町の外のことがわからないのは当然だ」
「……でも」
「これからたくさん学べばいいじゃん。君には時間も機会もたくさんある」
 ジグルフはグラスを揺らして中身を少し飲んだ。ちょっと渋い顔をしたので酒はそこまで好きではないのだろう。
「あげる」
「なんです。お酒は口に合いませんでしたか。おこちゃまですね」
「はいはい」
 軽くいなされた。これではどちらが年上かわかったものじゃない。
「……。本当はそれだけじゃないんです」
「?」
「ジグルフが、奴隷だった時の嫌なことを思い出してしまったんだろうなって。そのきっかけを俺はつくってしまったんだって。それが、申し訳なくて」
「……ほんと真面目だよね」
 ジグルフは呆れたようにため息をして椅子の背もたれに寄り掛かった。
「気にしなくていいけどそんなに申し訳なく思うなら俺から魔法を習ってよ」
「……、……それはなんか負けた気がします」
「はあー、めんどくさいやつ。貸して」
「え。飲むんですか? お酒ですよ?」
「だってそれ以外飲み物がないもん」
「イチゴオレでも頼んであげましょうか。ジグルフちゃん」
「酔ってるおっさんってめんどくさいなあ。もう」
 酔ってる? ……確かにそうかもしれない。なんだか体がふわふわしていて、ちょっぴり気分がいい。
 顰め面のジグルフにヴァレリーはへらりと笑って見せる。幼い笑みだ。
 時刻は1時を過ぎた。まだ、宿へは帰れそうにない。