この日ヴァレリーは町で大きなバザーがあると知り、肩掛けカバンを持ち、買い物に出ていた。ジグルフも誘ってみたが人混みは気持ち悪くなるからと却下。しかし出店自体には興味があるらしく、お土産を買ってきてと頼まれた。ちなみにジグルフはお留守番でもその使い魔のハリネズミはヴァレリーについて来ている。「絶好のカモでしょ。ヴァレリーって」という余計な言葉と共に同行を命じられたハリネズミは、ヴァレリーのボディガードである。なんのボディガードって、もちろん雑踏で一番リスクのあるスリの、だ。
ジグルフが自分を心配してくれているのもわかるのだが毎回どこかしら貶されている気がする。
ヴァレリーの肩に乗って機嫌良さそうなハリネズミと反対にヴァレリーはどことなく不服だ。
「すごい……」
町はお祭り騒ぎだ。珍しい道具を売る骨董屋に、見慣れない食べ物を売る珍味屋に。お酒なんかも売っているようで、バザーは随分と人の声で賑やかである。なるほど、これはジグルフも同行していたら顔を顰めて嫌がっただろう。
ヴァレリーはどんな店が出ているのかも知らなければ特に欲しいものがあってきたわけでもないので、一つ一つ、興味をそそる店を見て回ることにした。
骨董屋。なんだか禍々しい小箱が目についた。聞くと昔この箱に人の心臓を入れて保管していたらしい。安くするよと勧められたが、恐ろしくてヴァレリーはブンブンと首を振った。肩に乗っているハリネズミも身を震わせていたのであれはきっといわく付きと言うやつだ。
珍味屋。見たことのない食べ物が並んでいる。丸い揚げ物を買っていく客を見て、ヴァレリーは店主にあれはなんなのかと尋ねてみた。モンスターの睾丸だよ。お兄さんもひとつ買うかい。店主にそう言われて、ヴァレリーはえっと顔をひきつらせ思わず自分の股を押えた。みんな最初はそうやって嫌がると、店主は豪快に笑っていた。
ジグルフに何か食べ物を買おうと思っていたが、睾丸の揚げ物なんか買って戻ったらはっ倒されるに違いない。ヴァレリーは別のお土産を探すことにした。
宝石屋。アクセサリー加工なんかもされた綺麗な石が並んでいる。宝石というのだから値が張るのだろうと思っていたが、案外手の届く範囲のものが多いようだ。
ヴァレリーはその中の一つにふと目がいった。色はグレーの丸い石。ピアスだ。
「それはイーグルアイだよ」
「あ。へえ……イーグルアイ……」
「ぜひ、手に取ってみてみな。太陽なんかにかざしても綺麗なんだ」
ヴァレリーは言われるがままにピアスを軽くつまんで日に当ててみた。石はきらりと光を反射させ、小さく輝いて見せた。
「イーグルアイは神の目とも呼ばれているんだよ。災いを遠ざけ、幸福をもたらすと言われているんだ」
「そうなんだ……」
イーグルアイ。鷹の目。神の眼。
ジグルフの瞳よりもその石の方が色が濃いけれど、名前や色が、なんだかピッタリだと思った。
「これ、ください」
「プレゼントかい?」
「……、はい」
「いいねえ。綺麗に包んでおくよ」
店主は嬉しそうに笑いピアスを包む。ヴァレリーはなんだか照れくさかった。
購入したピアスは大切に鞄にしまった。
「少し、休憩しましょうか」
肩の上にいるハリネズミに声をかける。賛成なのかきゅっと高く鳴いた。
人混みから抜けてヴァレリーはベンチに腰かけた。
雑踏の圧倒感というか人々のパワーというのは凄まじいもので、ジグルフへのお土産ひとつを買うので精一杯。人の波に揉まれながら店を見て回っただけで随分と疲れてしまった。
「あ。そういえばジグルフに空き地か空き家の資料を持ってきてって頼まれてたんでした」
「きゅきゅー?」
ハリネズミがふわりと浮いた。鼻をスンスンと動かし何やら道案内する様子だ。
「そういうのの場所もわかるんです? やっぱり優秀ですねえ……」
今しがた座ったばかりであったが善は急げというもの。ヴァレリーはベンチから立ち上がり、先導するハリネズミのあとを追った。
町はガヤガヤと賑やかだ。サーカスの見世物なんかもやってるようで子どももはしゃいでいる。ハリネズミの案内にしたがってたどり着いた不動産屋で、ヴァレリーはめぼしい資料をいくつか持ち帰った。その後は出店で新鮮な果物やハリネズミが欲しがったクッキーなんかを買って回った。
買い物という狩の成果は上々である。
「あ。あのお酒、いつもの酒場の店主さんの出品みたいですね! 一杯だけ飲んで帰りましょうか」
「くぷ……」
「わ。眠そう。あそこにいったらすぐ帰りますね、ハリネズミちゃん」
肩の上では転がり落ちていなくなりそうだ。ヴァレリーはハリネズミを胸ポケットにいれてやった。
見慣れた人影に向かって駆けだす。
「街がひとつ消されたらしいな」
「……」
ふと聞こえた声にヴァレリーは思わず足を止めた。
人々はみな楽しそうに話している。その中でヴァレリーの興味を引いたのは、酒瓶を持った2人組の男らしかった。
「街がひとつ消えた? そりゃあまたどうやって」
「偶然通りかかった行商人が見つけたらしいぞ。どこもかしこも煤だらけで、どうやら、一夜で街全体が焼け野原になったらしい」
ヴァレリーの覚えがある話だ。そんなにいくつも炎で滅失した町があるわけないだろうから、男たちが話しているのは間違いなくヴァレリーの故郷のことだろう。あの町のことは誰にも知られずに終わるのかと思っていたけれど、人の噂話とは恐ろしいもので、あそこから随分と距離のあるここに流れてきたようだ。
「街全体が焼け野原ねえ。それは随分凄腕の魔術師たちがやったんだろうよ」
「そうなると大規模な集団だろうなぁ。そんな組織がいるなんて、恐ろしいもんだよ」
ヴァレリーがなにかしたわけではないのだけれど、ヴァレリーは何となく居心地が悪くて身を縮めた。そこで話す男たちは、まさか1人の華奢な青年によってひとつの町が滅ぼされたとは努努思うまい。
焦げついた臭いがヴァレリーの鼻をつついた気がした。ヴァレリーは男たちの話を聞くのをやめて、足早に去ろうとする。
「まあ因果応報かもなぁ。あの町、町ぐるみで術者を奴隷として売り捌いてたらしいし」
「……、……」
ヴァレリーは動けなかった。
「ああ。統治者が病的な魔法嫌いだったんだろう? 自分が魔法を使えないから術者に逆らわれないようにと殺しまくったらしいなぁ」
「虐殺は揉み消して利用価値があると分かったら今度は術者を人身売買だもんなぁ。もともと市民が余計な思想を持たないようにって鎖国状態だけど、そんなのおっかなくて誰も寄り付かねえよ」
「外交なんてまったくしない鎖国なのに、随分暮らしは豊かだったらしいぞ?」
「町の繁栄なんか全部人身売買の金だろ? 同胞を売っぱらって他のやつは幸福になるだなんて、売られた人間から呪われそうだよ」
「呪われたから火の海になったんだろう」
「それもそうか。なんて言ったっけな。あの町……」
ヴァレリーは走り出した。
もう男たちの声は聞こえなかった。
宿の扉は勢いよく開いた。
椅子に腰かけて本を読み進めていたジグルフは、さすがに驚いて肩を跳ね上げる。しかしそこに居るのがヴァレリーだとわかると、緊張はほぐれた。
「なに? 随分荒っぽい帰宅だね」
肩で息するヴァレリーは、かなり急いでここまで来たようだ。ジグルフは本を閉じ立ち上がってヴァレリーの方に向かう。
バザーの方は楽しかったかと声をかけようとしたときに、ヴァレリーの方が大きな声を出した。
「アブンダンティア」
呼吸を荒らげてヴァレリーはそう言った。
ジグルフは首を傾げる。
「アブンダンティア? 繁栄や幸運を司る女神の名前だね」
「俺の、故郷の名前です」
「そう。立派な名前だね」
ジグルフは鼻を鳴らした。それからヴァレリーの膨らんだ肩掛け鞄に手を伸ばす。買い物の成果を見せてもらおうと思ったのだけれど、その手はヴァレリーによって強く握られてしまった。
「ジグルフは知っていたんですか」
手の力は随分と強い。
ジグルフはもう一度ヴァレリーへと視線を戻し、何が、と言わんばかりに首を捻ってみせる。
「ジグルフ、奴隷だったって言いましたよね。それに消滅させる町はどこでも良かったわけじゃないって。それって、ジグルフが俺と同じ故郷の生まれだからですか? あの町で生まれて、生まれつき魔法の才能がある術者だから、迫害されて、売られて、……町ごと消しに来た」
「……」
矢継ぎ早に言葉を浴びせるヴァレリーは、語気も荒っぽい。ジグルフの手首を握る手の力も次第に強くなってきて、焦りが見え見えだ。
これはまた急展開だな。ジグルフは呑気にそう思っていた。
「なんとか言ったらどうなんですか!」
怒鳴られた。
これにはカチンときてジグルフは舌を打つ。が、別にヴァレリーを殴ったり、強く言い返したりする気は無い。
「そうだよ」
「! ……」
ヴァレリーが目を見開いた。
シンとした空気が流れる。
「痛いから離してくれる?」とジグルフが腕を揺らすと、ヴァレリーの手はあっけなく離れた。あんなに威勢がよかったのに、ジグルフが平然と肯定してからはヴァレリーは勢いを失ってしまったらしかった。
「誰に聞いてきたのか知らないけれど、ヴァレリーが聞いてきた話は真実だよ。そしてあなたが推測した俺の正体も大正解」
ヴァレリーの様子には構わず、ジグルフは、質問されたのだから答えてやると言わんばかりに言葉を続ける。
「俺はヴァレリーと同じアブンダンティアに生まれそこで迫害された術者の一人。いつかあの腐った統治者と町の人間を一掃してやろうと強く恨んで生きてきた奴隷だ」
「……そんな」
「許さないと言い残して死んでいく人間はたくさん見た。呪ってやるって強く恨んで、全てを憎む目をしていたよ。だから積年の恨みを晴らしてあげたんだ。統治者とその町が忌み嫌い最も恐れている、魔法で」
「……っ。じゃあなんで教えてくれなかった!」
「は?」
「教えてくれたら俺はジグルフを恨みなんかしなかったのに!」
ヴァレリーはジグルフの胸ぐらを掴んだ。
愛おしい故郷の真実。
憎んできた男の正体。
それらはヴァレリーを混乱させていた。何も知らなかった。初めこそ噂は冗談だろうと思ったし、故郷で暮らしているままのヴァレリーだったら信じなかった。けれど町を出てから様々な価値観に触れた。世界には自分の知らないことがたくさんあると思った。
――教えて欲しかった。ジグルフから。ジグルフの口から、自分は悪人では無いのだと、言って欲しかった。
「俺が言ったとして君は信じたのかな」
「は……?」
「この町が人身売買を行っていて根本的に腐ってるから俺は滅ぼしました。なんていきなり言われてもヴァレリーは信じなかったでしょ」
「そんなの、たとえば、初めてあったときに言われたら、確かに信じられませんけど……。話せるタイミングはいくらでもあったでしょう?! なんで教えてくれない!」
「ヴァレリーが知りたかったように、俺は一生教えたくなかったんだよね」
「はあ!?」
「俺はヴァレリーの故郷はヴァレリーにとって優しい思い出であってほしかった」
激高するヴァレリーと対極にジグルフは冷静だった。
ジグルフは胸ぐらを掴むヴァレリーの手を優しく解く。それからヴァレリーの手を、大事そうに自分の胸に寄せた。
「人を歩ませるのは優しい思い出だ。希望がなくなったら人は挫けて進めなくなる」
「……」
細い指が愛おしそうにヴァレリーの手の甲を撫でた。
「愛していた人達は心が腐っていた。自分は人の死の上に幸福を築いていた。それを知ったら俺と出会ったばかりの無垢なあなたは絶望して、俺に殺してくれと懇願したんじゃないの?」
「……」
「だから、いつか知るにしても、せめて世界を知っていてほしかった。閉ざされた世界以外の価値観に触れて、生きる道を広げてほしかったんだよ」
言葉が出ない。ヴァレリーがゆっくりと瞬きをすると、頬の当たりが濡れたような気がした。
ヴァレリーの頬にジグルフの手が伸びてきて、親指の腹で柔らかく肌をなぞる。
「魔力を濃く持って生まれたばかりに人間扱いされず監禁され罵倒され売り飛ばされて死ぬ同胞がいることを知っているのに、自分じゃないから、自分の子どもは違うからと見て見ぬふりをする大人。誰も異議を唱えない歪んだ統治。人の死の上に成り立つ腐りきった町。……そんなものを、ヴァレリーは知らなくてもよかったんだ」
手の温もりが離れる。
行き場の無くなったヴァレリーの手は、ぷらんと力なく腰の横に垂れた。
「泣かないでよ。泣くと思ったから墓場まで持っていきたかったんだ」
困ったように笑うジグルフを見ると、ヴァレリーの涙はとめどなくこぼれ始めた。
「俺は、……」
「うん」
「すごく、悲しいです。あんなに優しかった町の人達が、まさか差別をして、人身売買を見て見ぬふりをしていたなんて。親も、それを知っていて、黙っていたのかと思うと。とても、とても、悲しい……」
「……。うん」
「でも、嬉しいんです」
「……?」
「憎む理由がないんです。俺は、ジグルフを恨まなくていいんだ」
「……、それはちょっと違うと思うけど。どんな理由があれど俺はヴァレリーの家族の命を奪ったんだよ」
「それでもいいんです」
ヴァレリーは声を張った。
華奢な体を勢いよく抱き寄せる。勢いが良すぎてぐっと苦しそうな声が聞こえた気もするが構うものか。
「ジグルフとずっと一緒にいたいです」
もぞもぞとジグルフが動いて、胸板に押し付けられていた顔をあげてヴァレリーの肩に顎を乗せた。
「……。俺にプロポーズしてる?」
「そうですよ」
「ふふ、……んー。どうしようかなぁ」
「どうしようかなぁじゃないです! ねえ、ずっと一緒にいてくださいよ……」
「断らせる気がないくせになんでそんなに涙声なの?」
「断られるのが怖いからです。断られたら、ジグのこと殺しちゃうかもしれません……」
「ええ? 恐ろしいなぁ」
ジグルフは軽く笑った。それからヴァレリーの背中を愛おしそうに優しく撫でる。
「……断るも何もずっと一緒にいたよ」
「え?」
「プロポーズするなら指輪のひとつくらいないの?」
「えっ……。あっ! 指輪はまだないですけど……!」
ヴァレリーはジグルフを片腕で抱きしめたまま、もう片方の手でカバンを漁る。取り出したのは綺麗に包装された小箱だ。中には、例のピアスが入っている。
「これ、ジグルフに似合うと思って買ってきたんです」
「なに? 開けていい?」
「はい」
ヴァレリーの腕の中でジグルフは包みを開いた。
「ピアスだ」
「イーグルアイって言う石なんです。ジグルフの瞳みたいだなって」
「……」
静かにピアスを光にかざす。
気に入ってもらえるかと緊張しているのだろう。ちょっぴり耳を下げているヴァレリーの方に向き直って、ジグルフは頬を緩めた。
「じゃあ片方はヴァレリーにあげる」
「え」
「俺にないのは右目だからね。もう片方はヴァレリーが大事に持っていてよ」
「……」
渡された片方のピアスをヴァレリーは握りしめる。これは、どこかに直しておいた方がいいのか、それとも自分も身につけていいものなのか。
「あと俺ピアス空いてないんだけど?」
「え、えっ! あっ、なら、イヤリングにしてもらいましょう……! 今からいってきます!」
「ピアッサー買ってきてよ。もちろんヴァレリーが俺の耳にあけてくれるんでしょう?」
「……!!」
愉快そうに口角をあげてジグルフはヴァレリーを抱きしめる。
ピコピコとヴァレリーの耳が揺れた。