人は誰しも欲を持つ。それを志と呼び曝け出すのか、それとも人目に曝すのを憚るのか。根本、己の欲望であることに変わりはないのに、前者のそれは『夢』と呼ばれ、後者のそれは『罪』と呼ばれる。それを達成することを――罪を犯すことを、どう思われるのかは、もはや、言うまでもない。
「ロスト、……はぁ、ロスト……」
「んっ……、はい、俺は、……ここにいますよ、シャルル……」
 人の体温。柔らかい唇。
 本来は曝さず心の奥底に眠らせておくべき一つの欲望が実現され、今もなお進行形で満たされ続けている。重ねた唇を少し離して隙間から、存在を確かめるように名前を呼べば、健気に応えてくれるのが愛おしくてたまらない。
 ロストに口付けながら寝台へ押し倒し、跨って薄い胸板に手を載せる。
 とくとく、柔らかく心臓が鼓動している。この音も感触も、今この瞬間は俺だけのものだ。恋う人の一番になれないことなど今更、幼馴染み相手に何年と経験していることだから慣れっこで嘆くことではないが、それでもただの一時、俺はロストの特別であると夢を見ることを許してくれたら、嬉しいと思う。
「ロスト、抱いていい……?」
 乱れたシャツの隙間から見える肌に触れる。俺に対して優しさをくれるロストの、その心の隙に付け入るように聞く俺は、きっと罪人なのだろう。生まれ故郷であれば今頃、問答無用の有罪判決で監獄行きだ。
「……はい。いいですよ、シャルル」
 目元を赤く染めて微笑むのが堪らなく可愛くて、ぐっと喉が詰まる。
 細い腰を引き寄せて体を密着させれば互いの興奮した下半身同士がぶつかって、ぴくりと震える小さな反応が伝わってくる。
「脱がせるね、……」
「……はい」
 脆くて儚いロストを壊したくなくて、丁寧に、丁寧に彼を包む衣服を取り払う。
 素肌同士を重ね合わせれば、触れ合った箇所から熱くなっていくのが分かった。
 少しだけ開いたロストの膝を割り開いて間に自身の体を入れればすかさず脚で挟まれてしまう。抵抗するつもりではなくて、恥じらいから来る動作だということは知っているため咎めることはしなかった。
 ただ、縋るような視線を向けられると、甘く溶けてしまいそうな感覚に陥って頭がぼうっとする。そっとロストの、散らばった細い髪を掬って撫ぜる。
「……あんまり煽らないで、ロスト。優しくしたいんだから……」
「…………シャルルはいつも、優しいです」
 真っ直ぐな眼差しで見つめられてそう言われると罪悪感を覚えてしまう。優しいなんて言葉からは程遠い俺に、汚い欲を彼にぶつけようとしている俺に、そんな綺麗な言葉を使わないでほしい。
 誤魔化すみたいにロストの額にキスを送って、ローションのボトルを取り、中身を手の上で人肌に馴染ませる。
「……っ、……」
「……怖い? 大丈夫だよ、ちゃんと、ゆっくりする」
 準備をする前にその様子を見ていた彼の体がぎゅっと強張ったので安心させるように声を掛けておいた。
 ロストは頬を赤らめて俯くばかりだったけれど、頷いたのが分かったので指先を挿し入れてゆっくりと、柔らかな内壁を押し広げる。痛みを感じさせないように、彼が心地よいように。
「痛くない?」
「だいじょうぶ、です……」
「……よかった」
 ロストの中は温かくて、早く俺を受け入れてくれたらどんなに良いだろうと考えてしまう。大事にしたいと思っているのに、やっていることもその先の欲望も、本当に最低だ。
 ローションを継ぎ足しながら指を増やす。は、と漏れた吐息がどちらのものなのかは判然としない。
「っん……! ふぅ……っ」
「もうちょっと我慢してね……」
 三本目の指を入れて腹側にあるふっくらとした突起物を軽く擦ると、ロストの身体がビクリと跳ねて嬌声があがる。
「あ、っ♡ う……」
 柔らかな痴肉を擦って胎を解せばくちくちローションが絡んで音が鳴る。ロストが耐えるように震えているのが、愛おしくて仕方ない。
「ロスト、かわいい……すきだよ、だいすき……」
「っシャルル……!」
「うん? どうしたの?」
「そろそろ……入れても、大丈夫ですから……」
 恥ずかしそうに告げられた言葉にぱちぱちと瞬きを繰り返す。大丈夫と言われても、まだ時間にして数分しか経っていない。
「まだ、早いんじゃない……?」
「……いえ、俺が大丈夫だと、言っているのですから、……」
「ロストの大丈夫は、あんまり、大丈夫じゃないよね」
「……っ、あまり、焦らさないで、ほしい、です」
 焦らしているつもりはなかった。俺はロストを少しでも、大事にしたくて。
 目に涙を浮かべて、頬の辺りも赤くして、言いづらそうにお願いする様子にまた理性がぐらぐらと揺れる。ああもう駄目だ、と諦めて指を抜き去った。
「……ロスト」
「はい、……」
「大好きだよ、……ごめんね」
 これからする行為は、俺の最も汚い欲で、罪である。それを自覚しているから、形ばかりで謝って、自分の昂りを宛てがって、体重をかけてゆっくりと、腰を進める。熱くて、柔らかなロストの胎内は気持ちがよくて、つい低く喉を鳴らしてしまう。奥歯を噛んで耐えていると不意にロストが両腕をこちらに向けて伸ばしてきた。
「……?」
「抱きしめて、ほしい……です」
 弱々しい声色に胸がきゅっと締め付けられる。罪悪感と、愛おしさ。それから、独占欲に塗れた最低な達成感。自身の心臓を占める感情の割合は、果たしてどれが一番なのだろう。愛おしさだと――思いたい。
「んっ……ぅ」
 抱きしめるために覆い被さって上体を屈めると結合部も深まったせいでロストは微かに喘いだ。
 汗ばんだ体と体が密着して境界線を失っていく感覚がする。体温も混ざって境目が曖昧になり、これは夢なんじゃないか、なんて錯覚まで芽生え始めてしまう。
「動いて、ください……シャルル」
 俺の肩口に顔を埋めたままのお願いに喉を上下させて唾を飲み込む。
 俺はこんなに優しくあろうとしているのにと、ロストにしてみれば相当理不尽で自分勝手な苛立ちから、舌を打ってしまいそうになるのを既に堪え、代わりに乱暴に口を重ねた。
 噛み付くように食らい付いて呼吸すら奪い取ってしまう勢いで舌を絡ませれば、ロストがくぐもった悲鳴をあげる。それに嗜虐心が刺激されてぞわぞわとした快感が背筋を這う。これではいけないと心の中で繰り返すほどに、自制心は麻痺していくようで恐ろしい。
「はぁ……っ、は……ぁ、っあ゙♡」
 顔を離せば細い糸を引いて二人を繋ぐ。それがぷつりと切れる前に腰を送れば、ロストの喉から潰れたような濁音混じりの声が出た。
「ふぅ゙ーっ♡ あ゙ッ♡」
「は、ロストが、わるい……俺は、やさしく、……っ、したい、のに、」
 乱暴に揺さぶると髪が散らばって、泣き濡れる瞳に乗っかって鬱陶しそうだ。でも、払ってやる余裕はない。そうできないほどに情事を貪っている。
「ひぅっ♡ んぐッ♡」
「っ、ごめんね……ぁ、う、……ロスト、のなか、きもち……っ♡」
 口から出るのは空虚な謝罪でしかない。そのことに罪悪感は伴うけれども反省はできなかった。俺は今まさに己の欲望の奴隷だ。浅ましく醜く嫌悪を抱くはずなのに止まれない。
 すき、すき、だいすき。そんな幼い言葉しか、自分の口からは紡げない。ロストの一番になれなくてもいいから、横にあることを、求めることを許してほしいと。それほど好きだと、大切だと。きちんと伝えられたらいいのに。
「ひっ゙♡ ぁあ゙、っしゃる、る……、っ」
「ん……、ロスト……すき、だよ、……」
 手を絡めれば頷くロストが嬉しくて、ぎゅうと締め付けてくる胎内が、まるで俺を求めてくれているようで、一際強く抱きしめながらお腹の奥に射精した。
 熱い飛沫を吐き出すと同時にロストも絶頂を迎えたらしい。行く先などない白濁を吐き出して、びくびくと痙攣しながら腰を浮かせる姿が扇情的で卑猥だった。
 俺に――俺の醜い欲に応えるために、必死になっているのだと思うと胸がいっぱいになって涙腺が緩む。優しくしたいと言いつつも結局最後まで乱暴な抱き方をしてしまった。くたりとした身体を抱きしめながら、ロストの前髪を払って、労わるように額に口付けを落とす。
「はぁ……ごめんね、ロスト……。苦しかったよね」
「ぁ、……はぁ、だいじょうぶ、です……シャルルにされたなら、苦しくても、いいです……」
「……そんなこと、言っちゃだめだよ。大切に、したいのに」
 俺の、ロストへの執着を理解して受け入れてくれることは、嬉しくてたまらない。もっと大事にしたいと思っているのに、ロストの優しさから送られる言葉を本気にしてしまって歯止めがきかない自分が、嫌で仕方がないのに。
「シャルル、だいじょうぶ、ですから……俺だって、シャルルのこと、たいせつに、したいです」
 ロストが俺の頬に両手を添えてくる。顔を寄せるよう促されて、鼻先がぶつかりそうな距離まで近づいた。ちょっと驚いて、間抜けな瞬きをしてしまう。
「……シャルル。俺はいま、幸せです。あなたが望むなら、……何度でも、抱かれます」
「ロスト……」
「だから、もう謝らないでください。俺はあなたに謝られるよりも、もっと……その、……」
 言いかけて言葉を詰まらせたロストが耳まで赤く染まっていく。どうしたのかと思って見守っていたら、掠れた声で続く言葉を教えてくれた。
「……好きと。言って、ほしいです」
 一度息の仕方を忘れて、は、としたときに、全身の血流が勢いを増して体が熱くなるのを感じた。
 ロストに求めてもらえるなんて――好きと、告げることを認めてもらえるなんて、こんなにも嬉しくてたまらないことがあっていいのだろうか。そんな想いに溢れて涙まで滲む。喉が詰まって声が出ない。
 それでも、ちゃんと応えたくて、口を開いた。
「……すき。好きだよ、ロスト……ずっと一緒に、一緒にいたい……」
 何度も繰り返す。
 微笑むロストの表情は、酷く優しい。
 好き。一緒にいたい。それしか言えないほどに、俺は脆いのだと思う。これが罪でも、願わくば、ロストの心に少しだけ、俺を住まわせてほしい。きみの最愛になれなくてもいいから、傍に置いてほしい。
 体温のあがったロストの体を抱きしめる。――息が苦しくて、胸が熱かった。