「人は愛玩動物を飼うとき概ね個として飼うものです。番で飼ってしまうと、同種同士で馴れ合い、主には懐かないものですから」
小さな墨色のパズルピースを見つめていた視線を声の方向に向ければ、全てを見透かしたような満月の瞳が静かにこちらを見据えている。長い脚を組み、ひとりがけのソファに座る姿は格式高い貴族のそれで、今はチェストの上に休められたランプがユラユラと青い炎を揺らしていた。
「ふ、……怖い顔をしないでください。ロスト、そのようにシャルルから抱きつかれていれば、パズルも進めにくいのでは?」
「……いえ。これでも、体に近い方は、進められるので」
フリンズから目を逸らし、手に持っていた小さなピースをそっと、床に敷いた大きな土台へ嵌めた。次のピースを開きっぱなしの平たい箱の中から選ぶ。
背後の温もりは心地よい。俺を背から抱きしめ、すうすうと穏やかな寝息を立てているシャルルは、一時間ほどこの姿勢でいる。
少し疲れているのか、俺がフリンズから任されていた買い出しを終えて帰ってくると、シャルルはソファでウトウトとしていた。眠たそうにしながらも俺の気配を追いながら、ソワソワと落ち着かない様子でいたから、よく眠れるようにとハーブティーを淹れて飲ませ、タオルケットを掛けてあげて、荷物を片付けて、その後はパズルを進めることとした。
そうしたらしばらくして、寝ぼけながらフラフラと歩いたシャルルは俺の方までやってきて、何を言うわけでもなくぎゅっと後ろから抱きついて――こうして、また眠っている。
そんなシャルルを引き離す理由もない。シャルルが起きるまでこのままでいようと作業をしていたら、この家の主であるフリンズもまた帰宅してきたのだ。
フリンズは「ただいま戻りました」と述べたあとは特に何も言わず、俺達の様子を見て小さく笑ったあと、ひとりがけ用のソファに腰掛けた。そうしてずっと、シャルルをくっつけたままパズルをする俺を眺めてたまに、声をかけてくる。
「仲良く尾を絡めて共にある様子は実に愛らしい。……この光景を眺めていたいと思う気持ちと、せっかく早く帰ってこられたのだから飼い猫を可愛がりたいという思いで葛藤してしまいますね」
「……風呂に、入られてはいかがですか? フリンズもきっと、疲れていますよね」
「おや。それは、遠回しなお誘いでしょうか?」
「そういう、わけでは……」
少し驚いて顔を弾けば「ふふ」と軽やかな笑い声が聞こえる。フリンズは口元を緩ませ、月の瞳を柔らかく細めて面白そうにこちらを見ていた。
「ロスト、たまには三人で――遊びませんか?」
その言葉にドクンと胸が強く鼓動する。その言い方はどこか、俺たちが月の光から隠れ互いに触れ合っていることなどお見通しであることを示唆しているようで、妙に喉が渇く。この人には、シャルルがこのように俺から離れたがらず、甘えたになる前提条件も、バレてしまっているのだろうか。……俺だけのものと定めた秘め事を、見られているはずなんかないのに。
「……ですが、シャルルは眠っています。起こすのは、可哀想です」
「シャルルが起きていないからこそ――楽しめるとは思いませんか?」
「……、どういう意味、でしょうか」
「ふふ、シラを切りますか? シャルルが被虐嗜好であるのは、ロストも知っているものと思いますが。――ああまだ、ロストは彼の首に触れたことは、ありませんでしたね」
楽しそうに喉を鳴らすフリンズに、ぞわりと背中が粟立った。彼は――フリンズは、やはり知っているのだ。俺とシャルルが互いにどう、触れ合っているのかを全て、わかっている。
どこからともなく冷たい風が吹き、フリンズの前髪をふわりと揺らす。深い青の隙間から覗く月は、いつもより黒々と光り、まるで獲物を捉える捕食者のようだった。
「寝ている間にあなたに求められていたと知れば、シャルルもきっと悦ぶでしょう」
雲に隠れた月が再び姿を見せるとき、部屋の空気が変化するのを感じた。
抗いようのない支配。これは――始まりの合図だ。
◇
シャルルがよく眠れるようにと、気遣いからハーブティーを飲ませたことを今ひどく、後悔している。俺に背から両腕を掴まれ、ゆらゆらと揺さぶられているのにも関わらず、シャルルは苦しそうな呼吸をしながらも、依然、眠りこけている。
「ん♡ んー……♡ ぁー…………♡」
「よかったですね、ロスト。シャルルも気持ち良さそうに涎を垂らしていますよ」
「……っ、趣味が、悪い……」
「はは、僕は可愛らしい飼い猫を、まとめて愛でているだけですよ」
仰向けに寝て俺とシャルルを跨らせているフリンズに悪態づいておきながら、この行為を辞められないのは俺自身だった。
シャルルの熱くて柔らかな胎内はまるで昨日の続きであるかのように俺のことを容易く受けいれ、締め付ける。ぱちゅぱちゅと水音が立つのは俺が自分を律せない証拠。『フリンズにそう命じられたからやっているのだ』なんて言い訳は、既に使えるわけもない。シャルルが俺を迎え入れてくれることが、嬉しくてたまらないのに。
「んぅ゙、う♡ ……ふ、っ、ぁ゙、あ゙♡」
「ここまで寝穢いと感心してしまいますね。……ふふっ、ロスト。シャルルがだらしなく吐精していますよ。あなたに突かれる度に、押し出されているようですね。寝ていても、きちんと気持ちいいのがわかるようだ」
愉快そうに見える光景を実況してくるフリンズはとても意地が悪い。けれども結局俺達はこの男に飼われているのだから、この美しい檻の中で、甘い蜜を与えられるしかなかった。
フリンズの腕が徐に伸ばされ、長い指がシャルルの口に引っかかる。舌を摘んで器用に引き出し、ぐちゃぐちゃと唾液を絡めて弄んでいるらしかった。
「――そろそろ僕も、混ぜてもらいましょうか」
「え、ぅ゙♡」
驚いて声が出たのは俺の方だった。隘路に埋めていたそれを、前方から擦られるような感覚があってぶるりと身を震わせる。何事かと、視線を落とせばフリンズが、既に俺を受け入れているシャルルの胎に凶悪なそれを捩じ込んでいて、二人分の熱を受けいれているシャルルの腹部は歪に隆起していた。
「ぉ゙〜〜〜ッッ゙!♡ ァ゙ッ、ぁ♡」
「フリ、ンズッ♡ シャルルがッ……♡」
「さすがに起きましたか。おはようございます、シャルル」
「ぁあ゙、い゙、いたい゙っ゙♡ なに゙っ♡ なんでっ♡ ん゙〜〜〜〜〜〜ッ゙!♡」
飛び起きたシャルルが叫び声を上げ、腕を振ろうと身を捩る。その手を離して自由にしてあげるべきだ、と頭の隅で思ったのに、どうしてか俺は、必死に逃れようとするシャルルを取り押さえるみたいに強くその腕を引っ張っていた。
「ぉ゙っ♡ ふかっ゙♡ ぁ゙♡ こわれう、ぁ゙♡ はら、っやぶけ、ぅ゙〜〜ッ゙♡」
「う、あ♡ こすれ、っ゙♡」
フリンズはシャルルの中に無理矢理入り込んだ挙げ句に、こちらのことなど考えずに動いている。
ぐちゅぐちゅと粘着質な水音が響く。シャルルは喉を仰け反らせながら泣き声のような悲痛な喘ぎ声を漏らすばかりだった。
二人分がぎゅうぎゅうと詰まったそこは苦しいのに、堪らなく気持ちいい。先程よりも強い力でシャルルの痴肉に包まれていることに高揚感を覚えてしまうのは、俺自身がフリンズと同じ嗜虐的な性質を、シャルルに対して持っているからなのだろうか。
「んあ゙ッ♡ ぁ〜〜っ゙♡ ぃっ゙♡ や゙♡ ふりんず、や! とまっ゙♡ たすけ、っ゙♡ ろす、と〜っ゙♡」
「ぅ゙♡ ごめんなさ、っ゙シャルルッ……♡」
「ふふ、さすがに今回は、ロストもあなたを助けられないそうですよ」
二人分の熱を受け入れて限界を訴えるシャルルはあまりにも可哀想で可愛い。そして俺も、フリンズが動けば動くほど圧迫される隘路による快感を求めてしまって、どうしようもない。
止めるべきなのに。こんなことを続けたらシャルルが壊れてしまうかもしれないのに――浅ましく求める本能を抑えることができない。
フリンズの片手がシャルルの方に伸びたのが見えた。その手がシャルルの首を狙っているのだとわかり、咄嗟に片手でシャルルの顔を捻って、はくはくと呼吸する口を塞いだ。
「おや」と低く艶めいた声が聞こえる。
「珍しいですね……あなたの方が、僕に牙を見せるとは。ふ、可愛らしいものを見れました」
フリンズが愉悦を浮かべているのがわかる。きっと俺の胸の内を見透かしているのだと理解しても、曝け出した我儘を今更、引っ込めることなどできないものだ。
フリンズのその手が、俺と揃いの首輪をつけたシャルルの首を絞めて呼吸を奪うのが嫌だった。この呼吸を奪うのは、いまは、自分でありたかった。
「ゔ〜っ゙♡ ふっ♡ んん゙っ♡ ゔっ♡」
シャルルの身体は震えている。顔を傾けて密着させていた唇を少しだけ浮かせて表情を伺えば、眉を寄せ涙を零すシャルルは俺への抗議の意を示していて、それにゾクリと肌が粟立つ。
苦しさに怯えるシャルルの瞳には薄い水膜が張り、ゆらゆらと揺れていた。きっと頬を赤く染めているのも快楽だけではなく、息苦しさからでもあるのだろう。
「ぅ、う〜……、ろすと、ばか、ばかっ、なんれ、ふりんずのことっ゙♡ とめてくれないの……っ」
「シャルル……、怒って、いますか?」
「おこってる!」
子供の癇癪みたいに声を荒らげるシャルルに少しだけ笑ってしまい、誤魔化すみたいに、息継ぎのために少しだけ離した唇を再び深く合わせて舌を絡める。俺に怒ってみせたシャルルは、不満そうに喉を低く鳴らしたけれど、同じように舌を返してくれた。
シャルルの口の中は甘い。きっと俺が淹れたハーブティーのせいだろう。あれを飲ませなければ、こんなことはなかっただろうと後悔すると同時に、このような日があってもよいのかもしれない、なんて思いもする。
朝の寝起き。寝ぼけた時みたいに。――シャルルが俺に、素直に弱さを見せてくれることに、喜びを感じてしまうのは、きっと、隠しておくべきものだ。
「は……僕とロストのものを受け止めたら、シャルルはどちらのものを、孕むのでしょうね?」
「ん、むうっ゙♡ おれはっ゙、い゙、おんにゃじゃ、ない゙っ!♡ ばか! うぅ゙〜〜! ろすともっ! ふりんずも、ばか〜〜っ゙!♡」
シャルルの泣き方が段々幼くなっていく。いつもはもっと大人びた優しい態度をとるはずの彼が、本当に幼い子供みたいで、俺の前でこうなっているのだと、嬉しくなってしまう。それほどまでに追い詰められているシャルルがいじらしくてたまらなかった。
汗ばんだ身体越しにフリンズと目が合う。どこか飄々とした感じで目を向けてくる彼は、多分――俺を焚き付けている。そうとわかっているのに乗せられて、シャルルの耳元で囁いてしまう俺は馬鹿なのだと思う。
「ふたり分……受け止めて、ください、……っ、シャルルは、いい子ですから、できますよね?」
「あ゙♡ ぁ……、っ゙♡ っ♡」
ぎゅうと抱き締めて腰を落とさせれば、シャルルの体がビクンと大きく跳ねた。強く、搾り取るように絡みついてきた中に高められた熱を吐き出す。続けてフリンズも達したようで、押し上げるような熱さに少し、目眩がした。まるでふたりまとめて、犯されてるみたいだ。
「は、ぁ……っ♡」
「ぅあ、あつ、い゙〜……♡」
譫言みたいにシャルルが零す。ふ、とまたも目が合ったフリンズと、知らぬうちに笑みが重なった。初めての感情だった。こうしてたまには共犯者になるのも悪くはないと、思うなんて。
◇
「うぅ〜〜……腰痛い、起き上がれない……も〜……くそが……」
翌朝。シャルルが布団の中で唸っているのを、俺はフリンズを間に挟んだ状態で聞いていた。まだ太陽は昇っていなくて部屋の中は暗い。
多分フリンズも起きていると思うのだが、どうやら俺のように狸寝入りをして、シャルルの嘆きを聞いているらしい。
「フリンズもロストもばか〜……人の心ないのか……ワーカーホリックと妖精野郎……」
「…………」
悪口を言っている。罵りきれていないのは気のせいだろうか。相変わらず顔は見えないけれど、シャルルはきっと不貞腐れているんだろう。
「うぅ……ロストの隠してるチョコレート、食べてやる……」
「えっ、それは…………、あ」
シャルルの発言に思わず身体を起こしてしまった。そうすると、ぽかんとこちらを見上げるシャルルと目が合って、それがすぐに、ふつふつと幼い怒りを見せてくる様がよく見えて。
「起きてたんだ……ロスト……!」
「い、いえ、その……」
「ふ、……」
未だ仰向けに寝ているフリンズの口元が緩んでいるのが見えた。そこから吐息のような笑い声が聞こえたのは、きっと、聞き間違いではない。