それは、ヴァレリーが初めてのテレポを経験したあとから隠すことも無く続いている。
ジグルフはヴァレリーに対してため息をつく。しかしヴァレリーはジグルフの呆れた様子に気が付かず、キラキラと目を輝かせて周囲の建物を見渡している。
「すごい! あれは、なんでしょうか?」
「……」
ジグルフは聞こえていないふりをした。が、ヴァレリーがバシバシと背中をたたいて「なんですか! あれ!」と訴えてくるので答えるしか無くなった。
「カジノ」
「カジノ……?」
「ギャンブル施設」
「ギャンブル!?」
ジグルフはもう一度大きくため息をついた。もちろんヴァレリーはまったく気づいていない。
「すごい! すごいですね……!! あっ! お前、資金の調達は賭け事なんかでしないでくださいね!! どうせ負けて、借金することになるんですから!」
「……………」
「キュー」
「あっ! ハリネズミちゃん、どこ行くんです! ダメですよふわふわ飛んだりしたら!」
「……」
普通のハリネズミは宙に浮いたりしないんですから! と胸ポケットから出てこようとするハリネズミを制止していることについては、まあ、ジグルフも同意できた。
人生初のテレポを経験し、瞬時に遠く離れた場所にたどり着いた時点で随分興奮している様子だったが、これはもう、完全なお上りさんだ。この、ヴァレリーという男。
彼の故郷は、旅行さえせず生涯その地から離れずに生きていく――いってしまえばかなり閉鎖的な風習がある町だった。閉鎖的だから、ほかの町から流行なんて入ってこないし、発展のしようもなく、娯楽施設も限られている。それをジグルフも知っているからヴァレリーのハイテンションはわからなくもないのだけれど、それを差し引いても、ヴァレリーは、あまりにも田舎から都会にでてきた観光客感まるだしであった。
「目立つから、あまり騒がないでほしいんだけど」
「目立つことの何が悪いんです? 俺たちは別に犯罪者なんかじゃ、……」
「……」
「……。犯罪者でしたね、お前……」
「そのテンションどうにかならないの」
さすがのジグルフでも苛立ってきた。グラビデでも唱えてヴァレリーを地面に押付けてやりたい気持ちだった。
依然物珍しそうに辺りを見渡すヴァレリーのことは諦め、ジグルフはこの町で一際大きな建物に入る。
――冒険者ギルド。
入口の大きな看板を読みながら、ヴァレリーもジグルフの後に続いた。
建物の中はざわめき賑わっている。ガタイのいい男から、線の細い女まで。小さな子供から、顔にシワを作った老人まで。様々な人が談笑したり、掲示板の張り紙を眺めたり、各々の時間を過ごしている。
「……、ここって、何をするところなんです?」
「主に仕事を探すところだね」
「仕事……?」
「君が臓器販売に消極的だから正攻法で稼ぐしかないだろ」
ジグルフは掲示板に貼られている張り紙をいくつか剥ぎ取っていく。
「……。えっと」
「武器もないのに前に出てこられても邪魔だから、ここで荷物管理とその子のお守りでもしといて」
「??」
その子、とはハリネズミのことを言っているようだ。
「武器がないって、それはお前もでしょう」
「君と違って武器なんかいらない」
「? あ。魔法か……。いやでも、それを言うなら俺だって拳があれば戦えますもん」
「チッ」
「!?」
舌打ちされた。
舌打ちされた!?
ヴァレリーは驚愕しながらジグルフを見つめる。
「クソ脳筋が」
「…………、……」
多分今の言葉は胸の中にしまっておくつもりだったのだろう。その暴言にちょっとムッとはしたが、ジグルフの方がやけに殺気立っているようだったので、大人なヴァレリーは、ジグルフの発言をスルーした。
――ミラーナイト、ゴブリン、キマイラ……。
チラホラと見えた文字と絵にヴァレリーは聞き覚えも見覚えもない。文字は生物の名前を表していて、絵は生物の姿を描いたものらしかった。
「……なにするんです? それ」
「殺す」
「こっ……!」
ヴァレリーは絶句した。
即座にジグルフに刺すような視線を飛ばされたので、殺す!? と大声をあげるには至らなかった。
「こ、殺すってそんな……。よくわからないけど、生き物をですよね?」
「君の畑にイノシシがくるようになりました」
「はい?」
「イノシシが作物を食い荒らす被害が起こっています。最初は追い返したけれどまたやってきて畑を荒らします。しかもだんだん数が増えてきました。畑の作物の被害が止まりません。どうしますか」
「…………イノシシを殺します」
「そういうこと」
ジグルフはトントンと張り紙を整え、ヴァレリーに手渡す。
「え。これ、持っていかないんです?」
「覚えた。邪魔だから君が持ってて」
「……」
完全に雑用係である。
腑に落ちない気持ちでヴァレリーがジグルフを眺める中、ジグルフは右の人差し指で空中に円を描き始める。
「? それは――」
聞こうとしてヴァレリーは口を噤んだ。
ジグルフの指の軌跡はどういう原理なのか淡い光を放つ魔法陣として形を成した。その魔法陣から、スッと生き物が姿を現す。
「……」
魔法陣から現れたのは一匹の犬だった。
とても賢そうな、ドーベルマン。ジグルフに顎を撫でられ、どことなく嬉しそうに喉を鳴らしている。
「じゃあまたあとで」
「……あ。はい」
ドーベルマンと共に遠ざかっていくジグルフの姿は、そのうち人混みに紛れて見えなくなった。
聞きたいことはいろいろあったが聞くタイミングがなかった。というか、いろいろとついていけなかった。
ひとりぽつんと――。いや、胸ポケットに収めたハリネズミとふたりでぽつんと残されたヴァレリーは、いそいそと隅のソファに移動して、改めて周囲を見渡した。
ジグルフが宙に魔法陣を描き、そこから犬が出てきた様子を他にも見ていた人は大勢いたろうに、誰も驚いてはいないようだった。ヴァレリーにとってとても衝撃的な出来事だったが、魔法とは、ヴァレリーが知らなかっただけでこの世には当たり前の事として浸透しているらしかった。
「……不思議ですね」
「キュー?」
ヴァレリーは胸ポケットにいたハリネズミを手のひらに移動させ、その背中を撫でる。
魔法が日常的なものであることも、冒険者ギルドという施設があることも、ジグルフに故郷を壊滅されなければヴァレリーは知る由もなかっただろう。
町の中で一生を終えることが、ヴァレリーにとっての人生の幸福だった。事実、祖父も祖母もそうしてきたし、父も母もそう語った。ヴァレリーがあったことのないご先祖さまだってそうしたのだ。町から出ずに、町の中だけで一生を過ごす。それが、一番の幸福。
しかしどうだろうか。
町の外に出て、見知らぬ町にやってきて、ジグルフが呆れてものも言わなくなるほどに、ヴァレリーははしゃいでしまった。楽しい、と。故郷以外での時間を、そう思ったのだ。
「……」
「キュ?」
「……大丈夫ですよ。君は優しいですね」
見上げてくるハリネズミを再び撫でる。小さな体がくすぐったそうに揺れた。
しばらくしてジグルフはドーベルマンと一緒に戻ってきた。
片手には剣を握っていて、もう片手には大きめの麻袋を抱えている。麻袋の方は、ほんのりと血が滲んでいるので、ぱっとみただけでも、あの張り紙の生き物を討伐した証明品なのだとヴァレリーにもわかった。
「……おかえりなさい」
「ただいま」
「……」
「なに?」
「いえ……」
ヴァレリーは、おかえりなさい、と言葉にした自分にも驚いたが、ただいま、と自然に返してきたジグルフにはもっと驚いた。
ジグルフが怪訝そうに見てくるので、ヴァレリーは小さく首を振る。その拍子に、件の麻袋が気になった。
「それってやっぱり生首とかですか?」
「そうだね。これを渡して賞金をもらってくる」
「そっちの剣は?」
「さすがに消耗してるから魔法をぶっぱなし続けるのはきつくて」
「ふーん……?」
ジグルフが剣から手を離すと剣はスッと溶けるように消えていった。
ヴァレリーは思わず何度も瞬きを繰り返す。
「えっ? 消え、ましたよね?」
「魔法で作った剣だからね」
「魔法で……。魔法ってそんなこともできるんですね。……うん? 作った? 剣を……?」
「……。これ。渡してお金もらってくる」
ジグルフはヴァレリーが何に気づいて次に何を言うのか察した。察したから、小声で言い残し、足早にヴァレリーから離れていった。
「……それって俺の武器も作れたってことですよね?! あ! いないっ!」
ドーベルマンもジグルフもいない。
慌てて後ろをむくと、ジグルフは冒険者ギルドのカウンターに麻袋を渡しているところだった。
「ちょっと待ちなさい! ……! ……」
名前を知らない。名前を知らないから、彼を呼べない。
「……」
ヴァレリーは形にならなかった声を飲み下して、きゅと口を結び、ジグルフのあとを追った。