第六話「リリアンのオスカル様」


「まあ、オスカルさまがいらっしゃるわ」
「本当に……まるで光の君のようですわね、あの近寄りがたいほどの輝きは」

校舎の磨き上げられた廊下に、まるで小川のせせらぎのように微かに届く、同じ制服に身を包んだ少女たちのひそやかな囁きに、私は誰にも気づかれないように、そっと重いため息をついた。まったく、大袈裟なのだ、ここの生徒たちは。

……一体全体、どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

私のどこがオスカルで、どこが光の君だというのだろう。迷惑千万とはこのことだ。

新緑の季節。
目に痛いほど鮮やかな若葉が、校舎裏にひっそりと続く並木道で、初夏の風を受けて柔らかく、そして楽しげに揺れている。
その、まるで喧騒から切り取られたかのような静かな木陰。人の気配も昼休みにしては驚くほどまばらなこの場所を、私はここ数日、昼食を取るための定位置と決めていた。
ざわめく教室や、生徒たちで賑わう中庭のベンチなどとは違って、ここでは誰の視線も気にすることなく、一人で静かに過ごすことができる。
それが、今の私にとっては何よりも貴重で、そして大切なことだったのだ。まるで、小さな秘密基地を見つけた子供のように。
私はいつものように、黒塗りの立派な重箱の蓋を、そっと持ち上げる。
中身はといえば、相変わらず、庶民育ちの私にとっては「お弁当」と呼ぶにはあまりにも仰々しすぎる代物だった。
季節の野菜を使った彩りも美しい煮物に、丁寧に焼き上げられた魚、そして小さな俵型に握られたご飯の上には、これまた見事な鯛のあられ焼きが鎮座し、その隣には黄金色に輝く、つややかな出汁巻き卵。

いかにも高級そうな食材が、これでもかというほど惜しげもなく使われているのは、さすがの私にも分かる。けれど、それを心から味わう余裕など、今の私には残念ながら持ち合わせていなかった。ただ、胃の中に詰め込む作業、という方が近いかもしれない。

「はあ…」

本日何度目になるかもわからない、大きなため息がまた一つ、私の口から滑り落ちる。

そもそも、あの日——そう、中庭で貧血を起こして倒れたクラスメイトを、咄嗟に抱き上げて保健室へと運んだ、あのほんのたった一度の、自分にとってはごく当たり前の行動が、こんなにも大袈裟な騒ぎを引き起こすことになるなんて、一体誰が想像できただろうか。いや、誰も想像などできなかったに違いない。

あの出来事以来、何かにつけて学園中の生徒たちからの、妙に熱っぽい視線を感じるようになった。
別に、これっぽっちも目立ちたくてやったわけでもなければ、誰かにことさらに感謝してほしいなどとも、微塵も思っていなかったというのに。
ただ、目の前で困っている人がいて、そして、たまたま自分が他の誰よりも早く手を差し伸べることができた、というだけのことだったのだ。本当に、それだけ。

それなのに、どういうわけか今や、私のあだ名は「リリアンのオスカルさま」なのだという。

廊下ですれ違いざまに、あるいは教室の隅で、その名を囁かれるたびに、背中がぞわぞわと粟立つような、むずがゆくなるような、形容しがたい不快感に襲われる。
まるで、自分ではない誰か、何かの物語の登場人物に無理やり仕立て上げられてしまったかのような、そんな居心地の悪さだった。

そんな、少々うんざりするような現実から少しでも逃れたくて、私は今日もこの、まるで忘れ去られたかのような静かな場所で、誰にも邪魔されることのない、一人きりの昼食を心ゆくまで楽しむつもりだったのだ。
……そう、そのはず、だったのに。

「あっ、いたいた! 史香さぁん!」

ああ。どうしてこうも、嫌な予感というものは、面白いほどに的中してしまうのだろうか。宝くじなら、きっと当たらないというのに。
背後から、鼓膜を直接刺激するような甲高い声が飛び込んできた瞬間、思わず私の背筋が、まるで氷水を浴びせられたかのように凍りついた。

あの、一度聞いたら忘れられない特徴的な声は、もう、聞き間違えるはずもない。

私は、まるで錆びついたブリキ人形のように、ぎぎぎ、と音を立てそうなほど恐る恐る振り返る。するとそこには——。
大きな瞳をこれ以上ないくらいにキラキラと輝かせた四人の少女たちが、まるで待ちに待った舞台の袖から、主役の登場とばかりに勢いよく飛び出してくる小柄な役者のように、こちらへ向かって、リリアン女学園の生徒らしくスカートの裾を優雅に翻さないように、しかし心なしか早足で、ゆったりと駆け寄ってくるところだった。


「史香さんとどうしてもご一緒にお昼を食べたくて、校舎中をずっと探していましたのよ!」
「もう、こんな素敵な場所にいらしたなんて……! まるで、史香さんのための秘密の花園みたいね!」



───げっ!…やっぱり、この面々か。
私の、自称「公式ファンクラブ会員番号一桁台」とでも言いたげな、熱烈な追っかけ四人組である。

いずれも、同じ一年藤組のクラスメイトの少女たちだ。
確か名前は、滝川邦子さん、三村朋子さん、西原香純さん、そして代永久実さん。
人の名前を覚えることが致命的に苦手なこの私でさえ、彼女たちの名前と顔は、そのあまりの押しの強さのお陰で、嫌でも覚えてしまったくらいだ。

全員が全員、それぞれに異なったタイプの、疑いようのない美しさと、少女らしい瑞々しい魅力を持った子たちであることは、私も決して否定はしない。

けれど、そんな彼女たちが一堂に会して、まるで太陽光を虫眼鏡で集めたかのように、私一人にその熱量を容赦なく注いでくるとなると、正直なところ、少々……いや、これはもう、かなり荷が重いと言わざるを得ない。


「どうぞ、私たちも、ご一緒させてくださいな!」
「まあ、史香さん、今日のお弁当も、まるで宝石箱みたいにとても素敵だわ…! さすがですわね!」


もう、こうなっては逃げられない。観念するしかないのだろう。
私はひとつ、諦めの息を飲み込んで、できる限り穏やかに、そして優雅に見えるように、努めて微笑んでみせた。


「……ええ、こんな殺風景な場所でよければ、どうぞ」

私がそれだけ言うと、四人の顔が、まるで魔法でもかけられたかのように、ぱっと春の花が一斉に咲き誇るように輝いた。その輝きは、少々目に痛い。


「きゃあ! 本当!? 嬉しいわ!」
「ありがとう、史香さん! 大好きです!」


ああ、もう……。私の静かな時間は、どこへ行ってしまったのだろう。
まるで、どこかの熱狂的なファンが集う宝塚歌劇の舞台の客席のような、けたたましいまでの歓声が、それまで鳥のさえずりくらいしか聞こえなかった静かな昼休みの空気を、一瞬にして塗り替えてしまった。

こうして、私のささやかな、そして貴重な“避難所”は、瞬く間に、熱に浮かされたような乙女たちの、ある種の神聖な領域、いわば聖域へと、あっけなくその姿を変えられてしまったのだった。
しかも、彼女たちの勢いは、それだけではとどまらない。実に容赦がないのだ。

私がようやくお弁当を広げたその隣に、何の遠慮もなく腰を下ろし、さらには「あら、その卵焼き、とても美味しそうね」などと無邪気な声でつぶやいたかと思えば、あろうことか、私の腕に、まるで甘えん坊の子猫でもあるかのように、するりとその細い身体を寄り添わせてくる子までいる始末。

「……っ!」

うぎゃあ!と、喉の奥から絞り出すような悲鳴が、今にも漏れそうになったのを、私は目の前にあった黄金色の出汁巻き卵と共に、ぐっと必死に飲み込んだ。

本当に、女子校というのは、こういう世界が日常茶飯事なのだろうか…。いや、おそらく、このリリアンという特殊な環境は、他の一般的な女子校と比較しても、余計にこういった密着度の高い傾向が強いのかもしれない。なんといっても、上級生と下級生が「姉妹(スール)」の契りを結ぶ、なんていう独特の制度が存在するくらいなのだから。

誰かに、うっとりとした瞳で話しかけられるたび、私の視線は、なぜかお重の隅で鮮やかな赤色を放っている伊勢海老の硬そうな殻へと、まるで磁石にでも引き寄せられるかのように吸い寄せられてしまう。

そして、そのつぶらな黒い瞳の奥に、「おやおや、お嬢さん、なんともお気の毒に」とでも同情的に語りかけられているような気がして、ますます惨めな気持ちになるのだ。

……いや、きっとこれは気のせいだ。そうに違いない。

でも、どうか、気のせいで済ませてほしい。切実に。

「ねえ、史香さん。今度の日曜日に、ぜひわたくしたちと一緒にお出かけを——」
「先日、廊下で『ごきげんよう』っておっしゃってくださった時、私、もう本当に嬉しくて、胸が張り裂けそうでしたの……!」


うう、もう、だめだ。限界かもしれない。
あのときの、華代子さんを抱き上げた「お姫様抱っこ」は、どう考えても私の人生における最大級の軽率な行動だったと、今更ながら猛省している。

私は、あれこれと四方八方から押し寄せてくる、甘く、しかし逃げ場のない声の洪水の中で、ひたすらに目の前の伊勢海老の、勇ましい尻尾の先を見つめていた。そして、きゅう、と遠慮なく私の腕に抱きついてくる少女の、その柔らかな身体の感触と、ふわりと香る甘いシャンプーの匂いに、内心で微かな寒気を感じつつ、ただひたすらに思う。

……お願いだから、誰か。

この、どこかの少女漫画から抜け出してきたかのような、甘ったるくてメロドラマのような舞台から、私をそっと、誰にも気づかれずに下ろしてはくれませんでしょうか。

だけど、当然ながら、そんな私の切実な願いを聞き入れてくれる優しい救いの手など、この熱気に満ちた乙女たちの楽園には、一人として存在しているはずもないのだった。
うららかな春の陽気に包まれながら、私の声にならない嘆きは、誰に聞かれることもなく、静かに初夏の空へと吸い込まれて消えていく。


ああ、どうか、どうか明日こそ、穏やかで、誰にも邪魔されない、平和な昼休みが私に戻ってきますように——。

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