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 授業中、わたしのスマホに着信が入っていた。学校にいる間はサイレントモードにしてある為、気付かない事が多い。
 今朝、リボーンが魘されて起きなかった事もあり、もしかして彼に何かあったのだろうかと休み時間にスマホを確認する。だが着信履歴に残されていたのはルッスーリアからであった。
 わたしは慌ててスマホを持って人気の無い場所まで移動し、ルッスーリアにかけ直す。コール音が三度鳴る前に、彼の明るい声が耳に入った。

「はあい、なまえ」

「どうかしたの?」

「それがね、色々あってヴァリアーの皆で日本に向かっているのよ」

「え、いつ到着するの?」

「日本時間の今日の夕方、16時頃よ」

 どうやらわたしを拐った時に泊まっていたホテルに暫く滞在することになっているらしい。夕食を一緒にとらないかとルッスーリアから誘われたので、わたしは二つ返事で誘いを受けた。

「じゃあホテルの最寄り駅に着いたら連絡頂戴」

「分かったわ」

 彼との電話を切り、わたしは了承したものの複雑な心境であった。白蘭からの言葉と母から教えてもらった事を、未だ自分の中で消化出来ずにいたからである。彼に会いたいけれど会いたくない。会えば少しはこの気持ちの正解が分かるだろうか。



 ヴァリアーと会うのは継承式以来である。最寄り駅に着きルッスーリアに電話をかけるが、もう暫くかかるらしい。わたしは駅付近にあるカフェに入った。店員からアイスカフェラテを受け取り席に着くと、わたしはストローをくるくると回しながらザンザスさんに会ったらまずなんて話そうかと考えた。
 午後六時すぎ、約束の場所に到着すると、ルッスーリアはわたしを直ぐに見つけ、此方に走り寄る。

「なまえ!」

「ごめんね、お待たせ」

 時間より少し遅くなってしまったが、彼は気にしていない様で、「さあ、行きましょ」とわたしの背中を押した。

「学校はどう?」

「まあ、それなりに……」

 ヴァリアーが揃って日本の街中を歩く姿は、なんだか不思議な感覚であった。彼等の存在は人目を引く。その中に女子高生がいる光景は、傍から見れば違和感を感じるであろう。

「お前友達いなさそうだもんな」

「失礼ね……ちゃんといるわよ」

 隣にいるベルは特徴的な笑い声を上げている。ふと数歩先にいるザンザスさんと目が合ったかと思うと、彼はすぐさま遠くを睨みつけた。何かあったのだろうか?

 ホテルへと入り、スーパースイートルームと書かれた部屋で夕食を取りながら、わたしは今回ヴァリアーが日本に来た理由を聞いた。
 アルコバレーノの呪いを解くために代理戦争というものが行われるらしい。その為に彼等は日本に来たと言う。そもそもアルコバレーノであるリボーンやマーモン達の姿は虹の呪いをかけられ、本来の姿とは違っているらしい。わたしはそれを聞いて彼等の謎を少しだけ納得出来た様な気がした。

「きっとリボーンは沢田綱吉を代理に立てる。そうなれば僕達の敵だ」

 マーモンはわたしを一瞥してから呟いた。

「そもそもリボーンは呪いを解きたいと思っているのかな」

「どういう意味だい?」

「憶測でしかないけど……。わたしはマーモンに付くよ。あの時の御礼をまだ返せていないし」

 それは以前このホテルに拐われた頃、リング争奪戦について教えてもらった時に彼に言った言葉であった。



 翌日、その日も母には夕飯は要らないと告げ、わたしはあのホテルを訪れていた。イタリアで購入したお気に入りの黒いワンピースを着て。

「このホテルに跳ね馬もいるらしいぜ」

「ディーノさんが?」

 そういえば昨晩も家に来ていたらしい。リボーンの代理は綱吉とディーノさんだということだろうか。
 ホテルのロビーまで迎えに来てくれたベルと共に、昨日と同じくスーパースイートルームに入る。中では既にレヴィさんは酔っ払っており、ルッスーリアはトレーニングをしていた。

「来たか」

 スクアーロさんはソファに座ってお酒を飲んでいた。イタリアでは彼は毎日忙しそうにしていた為、ゆっくりお酒を飲む所を普段見る事が無かった。

「ザンザスさんは……」

「奥の和室にいる」

 挨拶しようとわたしは奥へと進んでいく。襖を開けると、奥には和服を着たザンザスさんが日本酒の入った盃を手にして寛いでいた。共襟の部分はゆったりと、少しだけはだけていて、女性であれば誰が見ても少しは心臓が跳ね上がるであろう。わたしは一瞬、悩んでいた事を忘れ、心臓がドキドキと大きく跳ね上がるのを感じた。その姿に見とれて襖を開けたまま立ち尽くしていると、彼はじろりと此方を睨み付けた。

「何だ」

「すみません……少しぼーっとしていました」

 挨拶に来ただけであるが、わたしはそのまま和室の中に入り襖を閉めた。何も話す事が思い浮かばず後から後悔したが、彼は再びわたしを一瞥すると手招きをしたので近くに座った。

「何かあったのか」

「え……」

 見透かした様に彼は告げた。この気持ちも、白蘭と母に言われ悩んでいることも、彼には全てお見通しなのだろうか。

「何も、無いです」

「ハッ、下らねぇ」

 その言葉にわたしは下唇を噛んだ。わたしにとってこれは下らないことなんかでは無い。何だか馬鹿にされた様な気がして、わたしは彼から目を逸らした。

「下らくなんか……」

「何かあったんじゃねえか」

「っ!」

 後になって自分が誘導されたのだと気付いた。勢いよく顔を上げると、ザンザスさんは真っ直ぐに此方を見つめている。どこまで彼に言っていいのだろうか。

「……わたしがザンザスさんに依存していると」

「誰が言った」

「白蘭に……」

 ザンザスさんは舌打ちをした後、わたしを引き寄せ、顎を掴んで視線を合わせた。

「お前はカスに言われたことを信じんのか?」

「っ!」

 そう言われ、わたしは何だか急に恥ずかしくなった。自分の気持ちに自信が無いから白蘭の言葉にこんなに揺らいでいるのかも知れない。そしてそれはザンザスさんに対して失礼なのではないか。彼がわたしを大切にしてくれている事は分かっている。それならば、母の言う通り信じるのは白蘭の言葉ではなく、ザンザスさんなのではないか。

「ごめんなさい」

「フン」

 ザンザスさんから解放されると彼は「追加で持ってこい」と隣に置かれた空の酒瓶を指さした。言われるがままルームサービスを頼み、ウェイトレスから受け取った日本酒を和室まで運ぶとそこには何故か綱吉やディーノさん、リボーンまで部屋にいたので驚いた。
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