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 昨晩はレヴィさんが戦ったらしい。今日も昼食を取ろうとキッチンで味噌汁を作っているとスクアーロさんがやって来て昨晩の話を聞いてみたらすんなり教えてくれた。

「お前今回の事解っていたのか?」

「いえ、昨日マーモンさんから教えて頂きました」

 どうやらマーモンさんから教わった事が意外だった様でスクアーロさんは少し驚いた表情をした。
 誘拐されてから四日目だが、ヴァリアーの人達の対応に些か戸惑ってしまう。わたし殺すのは造作もない事なのだろうが、普段接している分には殺気は感じられない。食事も満足にさせて頂いているし、危害を加えられている訳でもない、そして自分達の事を隠すわけでも無くわたしに教えてくれる。油断させる為の作戦なのだろうか?それだとしたらわたしはまんまとその作戦に騙されている事になる。偽りだとしても優しさに触れて、彼等のことをどうしても嫌いにはなれないのだ。

「わたしが人質として利用されるのは何時になるのでしょうか?」

 そう告げるとスクアーロさんは訝しげな表情をした。

「何日も野放しされても不安で困るってか?」

「それもありますが……。あんまりにも皆さんが普通過ぎるので」

「ハッ。余計な心配するな。どの道消えるかも知れない運命だろう?」

 冷たくスクアーロさんは言い放ったが、殺意も皮肉も感じられなかった。



 ルッスーリアさんはもう居ないが、いつもの通り夕食を食べ、ヴァリアーの方達は揃ってリング争奪戦へと赴いた。
 普段ならシャワーを浴びてから支度を整えそのまま就寝するのだが、毎日何もしていないと眠気が段々と遠のいていく様で、今日はあまり眠くならなかった。
 キッチンにラベンダーのハーブティーが置いてあったことを思い出し、ルームウェアのままだが誰も居ないだろうと思い、そのままキッチンへと向かった。

 わたしの先程の予想は大きく外れることになる。ハーブティーを入れる為キッチンに来たが、なんとリビングルームに赤い瞳をもつ彼──ザンザスさんが一人がけソファに腰掛けていたのだ。名前はスクアーロさんに教えて貰った。
 ハーブティーを淹れたらすぐに部屋に戻ろうと慌てて準備をしたが、彼は何も言わずにわたしの方に視線を向けた。どうやら怒っている訳でも、咎めている様子も無さそうだった。
 このまま部屋に戻るか迷ったが、またこのカップを戻しに来るならこのままリビングルームで飲ませて貰おうと思い、ザンザスさんが座っているソファの垂直な位置にある三人掛けソファに座った。
 またしても視線を向けられたが、視線では特に何も訴えられなかったので肯定と受け取ってカップに口をつけた。

 会話は無かったが不思議と穏やかな気持ちだった。ハーブティーのお陰だろうか。
 服から覗くザンザスさんの素肌には幾つもの傷跡が残っており、今までの人生の壮絶さを物語っているかの様だった。

「お名前、スクアーロさんに教えて頂きました。ザンザスさんの名前はどうやって書くのですか?」

 特に話しかけるつもりも無かったのだが、気付いたら口に出していた。
 暫く間が空いた後に「XANXUS だ」とアルファベットで教えてくれた。

「XANXUSさん……。素敵な名前ですね」

「……本当にそう思うか?」

 先程よりも少し温度が冷たくなった様な気がした。ザンザスさんは自分の名前が好きではないのだろうか。

「例えザンザスさんが自分の名前を好きでは無かったとしても、わたしは素敵な名前だと思います。名付けた方からの大切な贈り物でしょう?」

 自分で言って何故だか少しだけ懐かしくなった。自分の数少ない過去の思い出と重なったからだろうか。

 深紅の瞳は真っ直ぐに此方を見ていた。ルビーのようで少し違う、燃える眼の意味を持つパイロープガーネットの様な瞳。美しい宝石の瞳。数日前初めて顔を合わせた時に感じた靄が薄れていく感覚を再び体験した。
 それきりザンザスさんは何も言わなかった。ゆったりと時間が流れていくこの空間が心地よくて、じんわり心が暖かくなるのを感じながらわたしは眠りについていた。



 目が覚めたのは、戦いから戻ってきたスクアーロさんが部屋に入ってきた瞬間だった。

「う"お"ぉい!!」

 乱暴に部屋に入ってきたのか、鳴り響く扉の音に驚きびくりと身体が跳ねた。
 スクアーロさんはわたしに気付いていないのか、つかつかと此方に寄ってくる。

「ベルは勝ったぜ。しかも明日の勝負はオレだ……ってお前……?!」

 何で此処にいるんだと怪訝そうな顔をスクアーロさんに向けられたが、わたしも眠る筈では無かったので反応に困った。
 それにわたしの身体にはブランケットが掛けられていた。スクアーロさん達が今帰ってきたとすると、これを掛けてくれたのは一人しかいない。わたしは申し訳なさと嬉しさで一杯になった。
 残ったハーブティーを全て飲み込み、掛けられていたブランケットを畳みソファに置いた。

「ザンザスさん、ありがとうございます」

 軽くお辞儀をしてカップを片してから、「おやすみなさい」と呟いてから部屋を出た。
 見た目は少し怖いけど、彼は優しさをちゃんと持っている人だと思った。



 ザンザスさんに御礼を言った後、部屋に戻ろうと思ったがどうやらベルフェゴールさんが重症らしい。途中ですれ違ったマーモンさんに話を伺い、救急セットを持ってベルフェゴールさんの部屋に来た。

「まずは先に血を落とした方が良い。気を失っているから大丈夫だとは思うけど、目が覚めたら暴れるかも知れないよ」

 流石に男性の服を脱がせるのは憚られるので、スクアーロさんを呼んできて貰い、血を拭う所までお願いした。

「出血自体はもう治まってるが、傷の数が多すぎるから手荒にするとすぐに開くぞ」

「わかりました。お二人は休んでください。後はわたしがやります」

 信用して貰えないかと思ったが、二人はあっさり身を引いて自室へと戻っていった。思ったよりもヴァリアーは組織としては冷酷な部分がある様だった。
 弱きものは排除せよ。暗殺部隊という特殊な組織だからこそ大切なのかも知れない。でないと組織自体が潰れてしまう可能性だってあるのだ。

 一先ず小さな傷口には傷パッドを、大きい傷には包帯を巻いていく。ベルフェゴールさんが目覚める様子は無かった。
 起きた時に喉が渇いているかもしれないと思い、デキャンタにミネラルウォーターを入れる。何時目が覚めるか分からないので今夜はベルフェゴールさんの部屋に留まろうと思い、先程ザンザスさんに掛けてもらったブランケットも共に持ってきた。







 目が覚めたらホテルに戻ってきていた。
 戦闘中の記憶が途中から無いが、首には嵐のボンゴレリングがかかっていたので、勝負に勝ったことを把握した。
 まあ自分が負けるなど思ってもいないが。

 自分以外の気配を感じたのでソファに目を向ける。そこには沢田なまえという、もう一人の十代目候補である沢田綱吉の姉がブランケットを被り、目を瞑っていた。どうやら眠っているようだった。
 自分の身体を見てみるとそこら中に包帯が巻かれていた、きっと彼女が世話をしてくれたのだろう。
 お節介な奴だなと思った。
 沢田なまえからしたら自分は特に優しくも無ければ、甲斐甲斐しく世話を焼いてもらった訳でもない。そういうのは大体ルッスーリアが率先して行っていたし、案外スクアーロとマーモンも気にかけていた様だったから自分は特にいいだろうと思っていたのだ。
 それに個人的に沢田なまえの事があまり好きでは無い、いや興味が無いと言った方が正しいだろうか。強い訳でもなく、特に今のところ利用価値も無い、暇潰しになりそうでもないし、何よりもボスが連れてこいと命じ生かしておいている存在だ。自分のお遊びでうっかり殺してしまったら怒られる可能性だってある為、特に関わろうとも思っていなかったのだ。

 ふと彼女の睫毛が震えると、ゆっくりと沢田なまえは目を開ける。琥珀色の瞳が自分を捉えた。

「起きたんですね。お身体は大丈夫そうですか?」

「当たり前。オレ王子だから」

「良かったです。お水飲みますか?」

 こくりと頷くと、彼女はグラスに水を注ぎ手渡してきた。これが彼女でなければ毒を疑うかも知れないが、こいつは無いだろうなと確信していたので気にせず飲んだ。まあ多少の毒くらいなら平気なのも理由だが。

「ベルフェゴールさん、何か欲しいものありますか?ホテルにある物なら持ってきます」

「ベル」

「え?」

「名前。ベルでいいよ」

 ぽかんとした表情を浮かべた彼女だったが、暫くすると「ありがとうございます、ベルさん」と言い微笑んだ。
 お腹がすいたと告げると、具合が悪い時は日本ではお粥を食べると教えてくれたのでそれをお願いした。

「じゃあお粥作ってきますね、少し待っていてください」

 彼女のことは、 良い奴 に昇格した。
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