8
先程の部屋に着いて暫くすると、コンコンと扉をノックした音が響いた。返事をするとゆっくり扉は開かれる。「さっきはごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ片付けもせずにすみませんでした。」
「いいのよ、此処にはウェイトレスがいるのだから。それはそうと、なまえちゃんにはもう暫く此処に留まってもらわないといけないのだけれど……衣服とか必要よね?」
「そう……ですね。出来ればあると嬉しいです」
「ルームウェアはホテルの物で大丈夫かしら。あとは服を数着、明日わたしと一緒に買いに行かない?」
ルッスーリアさんから提案されると思って居なかったが、数日此処に居ないといけないのなら最低限の衣服は欲しいので、こちらからお願いした。ちなみに化粧品類やスキンケア類はホテルにしっかり備わっていて、わたしでも分かるような有名ブランドだったから少しだけ使うのが楽しみだ。
明日の昼頃また伺う事と、今日はもう誰もこの部屋を訪れないからゆっくりしてくれと言われ、Buona notte. と呟きながら扉を閉めた。どうやら彼もイタリア人だった様だ。
眠れないかと思ったが案外眠れたので、自分は結構図太い性格なのかもしれないと思った。
簡単に支度を整える。服は仕方ないので今日は昨日と同じ制服を着た。
十二時を過ぎた頃、約束通りルッスーリアさんが部屋にやってきた。先にホテルのラウンジで昼食をとってからお店に向かう予定のようだ。昨日から食事は豪華だし、身なりにも配慮して貰えるし、自分が誘拐されているなんて嘘みたいだ。
向かった先はホテルの近くにあるセレクトショップだった。知り合いに合えばこの状況を打破出来るのではないかと思ったが、元々この近辺は並盛から少し離れているので、自分の知り合いに会う確率は低そうだ。
セレクトショップではシンプルな膝丈のワンピースを数着と、ヒールの無いフラットなパンプスを選んだ。勿論自分で払うつもりでいたが、なんとルッスーリアさんに買ってもらってしまった。益々こんなに良くして貰う理由が分からなくなった。
下着類も別の店で購入したが、これは流石に自分で払った。
「後は何処か行きたいところでもある?」
「いえ、大丈夫です。わざわざ有難うございます」
「そう?じゃあ帰りましょうか」
スイートルームに戻ると、ルッスーリアさんは昨晩食事をした部屋でドルチェでも食べないかと聞いてきたが、レヴィさんの件もあったのでお断りした。ルッスーリアさんは一瞬眉を下げたが「じゃあ夕食の頃また伺うわ」と言い部屋まで送ってくれた。
読みかけの小説は夕食の時間までに読み終えてしまった。もう数日此処に居なくてはならないのなら、他の本も買っておくべきだったなと読み終えてから気付く。
前回のノックより控えめな音が響く。返事をしたが扉が開く気配がしなかったのでこちらから開けてみる。正面に誰も居ないので視線を降ろすと黒いフードが見えた。今回はどうやらマーモンさんが来てくれたようだ。
「夕食だよ」
「わざわざ有難うございます。マーモンさん」
部屋に向かう途中、前を歩いていたマーモンさんがチラリと此方を振り向いた。
「君は僕を赤ん坊の様には扱わないのかい」
「見た目だけで判断してはいけないと教わりました」
「リボーンか」
「はい。マーモンさんはリボーンさんの事、ご存知なのですか?」
「気に入らないけど一応知り合いだよ」
部屋には深紅の瞳を持つ彼しか居なかった。何処に座るべきか迷ったが、マーモンさんが指定してきた席はまさかの彼とマーモンさんの間だった。と言っても彼は長テーブルの上座、所謂御誕生日席に座って居るので真隣では無いのだが、斜め前にいる分顔も良く見える上に上座に近いのでわたしが此処に座っても良いのだろうか些か不安になった。特にレヴィさんはきっとまた不快な思いをするのではないかと。
不安になりつつそわそわしていると、後からスクアーロさんルッスーリアさん、最後にレヴィさんが続いて部屋に入ってきた。
案の定彼の隣に座っているわたしを見つけると、不満そうな顔をしたが特に何も言われなかったので、一先ず胸を撫で下ろした。
「ベルは帰ってきてねぇから先に食うぞ」
スクアーロさんのその言葉で食事が始まった。
昨晩の食事風景を見て、あの状態になるのは日常茶飯事だと何となく解っていた。前回はルッスーリアさんがわざわざ取り分けてくれたが今回は席が近い訳でもないので自ら取り分けないといけない。後半になるに連れあの状態になっていった為、初めの内にまとめて取っておくのが正解だろうが、誘拐犯グループに囲まれた中、一人で目の前の食事を取り分けるのは、少々ハードルが高いのではと不安を感じていたが、マーモンさんのお陰で杞憂に終わった。
「なまえ、あれ僕の分も一緒に取ってくれるかい?」
「はい、わかりました」
「あとあれも」
マーモンさんがあれもこれもと言ってくれたお陰で取るタイミングを見失わずに済んだ。言われた通りにマーモンさんのお皿に並べていく。ラム肉の香草焼きを乗せた時にふと逆方向から視線を感じたような気がしたので振り返る。深紅の瞳を持つ彼が手に持っていたのは、今わたしがマーモンさんのお皿に乗せたラム肉の香草焼き。そして彼のお皿には食べ終わったラム肉の骨。手にしているのが最後の一本だった。
彼は肉が好きなようだった。昨晩も食べているのは肉ばかりだったし、このメニューも彼に合わせて作っているのかもしれない。未使用のお皿にラム肉の香草焼きを数本乗せ、彼の前に置いてみる。
さっきの視線がそういう意味で無かったらどうしよう。そもそもわたしが取り分けた物を食べるのだろうか。些か不安で手をつけるか静かに見守っていた。
彼は何も言わずにラム肉に手をつけた。食べてくれたことに少し安心した。見守っていたのはわたしだけじゃ無かったようで、スクアーロさん達は少しだけ目を見開いている。やはりあれは行き過ぎた行為だったかなと内心反省した。
案の定あの後の食事はそれはもう戦場の様だった。その頃にはお腹も満たされていたので避けることに徹底していたが、隣の彼は動じることなくお肉を食べ続けて居たので少しだけ笑いそうになった。
食事も終わり部屋に戻ろうと席を立とうとすると、金髪の彼が帰ってきた。
「どこ行ってたのよ〜、ベル。遅刻なんてしちゃダメよ」
彼の手には丸い木の器が。あの器は竹寿司の器では無いだろうか?
「何その変なの?なんか酸っぱい匂いがするけれど……腐ってるんじゃないの?」
ルッスーリアさんがそう金髪の彼に言うと、彼は全力でルッスーリアさんに蹴りを入れていた。かなり強そうだったのに、ルッスーリアさんは身体がしっかりしているからか全く効いていない様子だった。
「お寿司、ですか?」
「そう。帰ってきてからオレが食うから勝手に食べんなよ」
そのままテーブルに置いてこうとしていたので、冷蔵庫に入れるべきだと伝えたら彼は少し嬉しそうに冷蔵庫に入れていた。
「何をじゃれている、貴様ら。さっさと行くぞ」
どうやら皆さんは今から何処かに向かう様子だった。わたしはこの話を聞くべきでは無いだろうと思い、自分に充てられた部屋に戻った。