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ザンザスさんから許可を頂いた日から、わたしはヴァリアー邸で毎日の様に稽古に明け暮れていたお陰で、体中傷跡や打撲のせいでボロボロだった。「ししっ、ダッセーの」
「随分手厳しいのね」
「弱い奴にわざわざ気を遣う必要ある?」
「無いわね」
「だろ」
そう言いつつもベルは何かと気にかけてくれていた。彼はやはり才能に溢れていて、学ぶ事は沢山あった。彼だけで無く他のメンバーも皆、大空戦で強さを目の当たりにしていたが、実際に対峙してみて本当の強さを知った。
わたしは主にルッスーリアさんから体術を、スクアーロさんとベルからダガーの扱い方を学んでいた。
ある程度ダガーの扱いに慣れて来た頃、スクアーロさんから自分の武器を揃えたらどうだと提案された。良い武器を揃えている場所を知っているというスクアーロさんに誘われ、わたしは自分にあった武器を探す事にした。
細い路地をひたすら進んだ所にその場所はあった。一見古い骨董品屋にしか見えないがその裏に通されると壁一面に並べられた数々の刃物に圧倒された。
その種類は数多く、掌に収まる物からハルバードと呼ばれる3メートル程ある斧槍まで揃っていた。
わたしは奥に並べられた二つの短剣が目に付いた。左側と右側でデザインはほぼ同じなのに左側のみ十センチ程短くガットフックの付いた形状だった。持ち手には蔓状に伸びた草花模様に赤く輝く石が埋め込まれたデザインが施されていた。
「ガットフックと言うのは狩猟で獲物を解体する時に使用する形状なんだが、どうしてもこの形状で作ってくれと昔作らせた奴が居たらしくてね。そいつは右利きだった。左は敵からの攻撃を防ぐ為にこの形状の剣を扱っていたそうだよ」
店主である男性が物珍しそうに見つめていたわたしに声を掛けた。
試しに二つを両の手で握ってみた。それはわたしの掌に綺麗に収まり、握り心地も悪くなかった。
「気に入ったのかい」
「はい。これにします」
一目惚れに近かった。店主に二つの短剣をシルバーのアタッシュケースに入れて貰い店を出た。
「スクアーロさんありがとうございます」
「中々良い買い物をしたんじゃねえか?」
「はい、とっても!」
自分のお気に入りが増えた様でわたしは少しだけ感情を昂らせながら帰路に着いた。
わたしはザンザスさんに許可を頂いた日に、ヴァリアー邸内の部屋を一つ与えられた。ザンザスさんの部屋から程近い場所だった。内装はとても落ち着きのある上品な部屋で、他の方の部屋を見た事がないのでわたしには分からないが、メインルームから寝室や洗面所や浴室もそれぞれそれなりに広さもあり、まるでホテルの様な造りであった。
自室に戻り、わたしは先程購入したダガーをテーブルの上に並べた。
柄にそっと触れる。
わたしがこの短剣を選んだ最大の理由はこの装飾に惹かれてしまったからだ。ザンザスさんと同じ深紅色。彼が何時でも傍に居る様な気持ちになれる気がして。
あの時は出来ると言ってしまったが、わたしは本当に人を殺す事が出来るのだろうか。わたしが手にしているこの二つは凶器であり、一般的にこれを購入することは喜ばしいことではない無いだろう。わたしの母が知ったら悲しむだろうか。
わたしはザンザスさんの傍に居たい。でもそれには危険が付き物で最悪自分の命を落とす危険だってある。殺せなければ自分が殺される。そういう場所なのだ。
ずっと迷ったままではいけないと分かりつつも、わたしは答えを出さずにいた。
ふとこの短剣は何に仕舞おうかと考えた。現在使用しているダガーのナイフホルスターに合わない訳ではないが、左は少し小さめな作りなのでこれに合った物を見繕うべきだろう。明日またスクアーロさんにでも聞いてみようかなと考えた。
頭は冴えていても体は毎日の疲労に耐えきれず、ここ数日は眠る時間も早かった。明日もいつも通り修行がある。わたしは明日の為にも早く寝る事を決めた。