27
あれからスクアーロさんと、ルッスーリアさんとの稽古は始まった。ベルとも再会する事が出来、事情を話すと彼も何だかんだ修行の際にわざわざ会いに来てくれた。勿論内密に行っている為やれる事は限られては居るが、何もしないよりわたしの気持ちは幾らか穏やかだった。運動は得意な方であったが、初日は体が慣れず動きに着いていくことですらやっとだった。
体よりも先に目が慣れ始め、後から追うように少しずつ体が慣れ始めた頃、一休みしてから帰ろうと談話室で皆さんと居た最中事件は起きた。
「なんでお前が此処にいる」
「ザンザスさん……」
「……出て行けと言ったよな?」
「……ごめんなさい」
皆さんから稽古を付けて頂いている事をザンザスさんにバレてしまった。ザンザスさんは近くにあったグラスを手にするとそのまま床に叩き付けた。おもわずびくりと体を揺らす。
「お前が何をしようがオレは許可しない。それでもお前はこの茶番を続けるつもりか?」
「わ、わたしは本気で……」
「……本気だと?じゃあお前は人殺しが出来ると言うのか?」
またしてもわたしは何も言えなかった。わたしは甘いのだろう。彼等は暗殺を生業としている。一時マフィアに居たとしてもここ数年のわたしはのうのうと日々を過ごしていただけの女子高校生であり、彼とわたしの生きる場所は違い過ぎる。人を殺す事も出来ない半端な者がザンザスさんの傍に居たいと思う事は身の程知らずなのかも知れない。でも、それでも、どうしても傍に居たかった。もう忘れたくない、離れたくなかった。
「……します」
「出来る訳がねえ」
周りの人達は静かにわたし達を見守っていた。
「お前らも、分かってんだろうな」
ザンザスさんは周りを一瞥すると、素早くスクアーロさんに間合いを詰めた。わたしのせいで皆さんが怒られるのは耐えられなかった。地を蹴りザンザスさんとスクアーロさんの間に滑り込む。
「!!」
「スクアーロさん達はわたしに付き合っていただいただけです!」
「…………。」
わたしは強くザンザスさんを見つめた。深紅の瞳に負けない様に。目を逸らしてはいけないと思った。
「家光を呼んでこい」
そう言うとザンザスさんは踵を返し、談話室から出て行った。
姿が見えなくなるとわたしは力が抜ける様にその場に座り込んでしまう。
「なまえが思ったより動けて王子ビックリなんだけど」
「……わたしってやっぱり甘いのかな」
「激甘だね、お前らの周りも超がつく程甘いけど」
「だよね……日本に帰らされるかな……」
わたしは溜息を着いた。
「さあ?神様にでもお願いしておいたら?」
「ザンザスさんは神様なんて信じていないだろうから意味無いじゃない」
ベルは特徴的な笑い声を上げると「あーあ、これで暇潰しが一つ減ったな」と言った。
翌日、わたしは父と共に再びヴァリアー邸を訪れていた。父はザンザスさんの元へ、わたしは談話室で父が戻るのを待っていた。
談話室にはレヴィさんが居た。彼とは此処に来てから顔を合わすことはあれど、話す事は一度も無かった。
「此処、座っても良いですか?」
わたしはレヴィさんの斜め前の席を指定した。彼は此方を一瞥してから黙ったまま視線を戻す。わたしはそれを肯定だと受け取って、ソファに腰掛けた。
「……何故此処なのだ。お前は何故ヴァリアーに居たいと願う」
それはわたしを咎める様な視線だった。
「わたしは幼い頃、ザンザスさんが努力し続けていた姿を見ていました。その当時、彼は十代目ボス候補として一番近いところに居た筈なのに努力を怠りませんでした。わたしは彼の様になりたいとその時思ったんです」
「…………。」
「訳あってわたしは記憶を失ってしまいましたが、もう二度と自分の憧れを見失わない様に、近くで頑張りたいんです」
レヴィさんはわたしの話を聞くと、そのまま黙り込んでしまった。何か気に触る様な事をしてしまっただろうか。
それから暫く経った後、談話室にはマーモンさんとベルもやって来た。
「ほら居た」
「やあ、なまえ久しぶりだね」
「マーモンさん!お久しぶりです」
彼はわたしの隣のソファへと腰掛けた。
「今日は沢田家光も来ているんだってね」
「はい、今ザンザスさんとお話し中です」
「そう。良い方向に転ぶといいね」
「はい。ありがとうございます、マーモンさん」
それから談話室に幹部メンバーが全員揃う頃、わたしは父に呼ばれザンザスさんの部屋へと向かった。
「荷物は後で此処に届ける」
「それって……」
「後は直接ザンザスに聞くんだな」
父がザンザスさんの部屋に入る事は無かった。
わたしは恐る恐るザンザスさんの前に立つ。昨日は必死で目を逸らさぬ様真っ直ぐ彼を見ていたが、気まずいまま今日がしてしまった為どんな顔をするべきなのか分からなかった。
「自分の身は自分で守れるようになれ」
「!!」
「それが条件だ」
「……ありがとうございます!」
わたしは彼の傍に居る事を許された。