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 もうすぐ約束の日が近付いていた。とは言っても日にちは決まっておらず、場所だけ指定されているだけなので何時なのかはわからないのだが。全く、居なくなってからも面倒事を押し付けやがってと少し悪態をつきながらも、オレは彼女の墓までやってきた。

「まじで王子こき使うとか本当舐めてる」

 彼女の墓の周りには沢山の花が咲いていた。何時でも色に囲まれる様に、植えてある草花は様々だった。
 オレは途中すれ違ったルッスーリアに押し付けられたカキツバタを墓の前に置いた。
 カキツバタの花言葉は、幸せは必ずくる。なまえが居なくなってから花言葉を調べたルッスーリアはそれはそれは今思い出しただけでも騒々しい有様で、あれから来世のなまえの為に彼女の墓の前に置く花はカキツバタであることが多かった。

「お前の言う、取っておきってまじでなんなの」

 そう問い掛けても墓は何も答えてはくれない、まあ当たり前だが。弱い者から死んでいく。それはいつだって変わる事はなく、また弱い者に興味のないオレには関係の無い事の筈だった。十年前のオレが見たら笑うだろうか、あれから彼女が残したその“取っておき”ってやつを気にして何度も此処に訪れてしまっている事を。

 なまえが死んでから、ボンゴレは更に追い討ちを掛けられる様に壊滅状態へと陥った。ボンゴレ本部及び九代目の消息は不明。ボンゴレ十代目も射殺され、十代目ファミリーの守護者は散り散りになった。唯一ヴァリアーだけはマーモンとなまえ以外は健在で、やっぱりボスが一番強いんじゃんなんて思ったのはオレだけでは無い筈。



 カキツバタを置いた日から数日、雨が続いていた。どうやらそれも今日で終わりらしい。朝、目が覚めると部屋の中には眩しい陽が入り込んでいた。

「今日も行くの?またお願いしていいかしら」

「またかよ、自分で行ってこいよ」

「最近怪我人が多いから私も駆り出されていてね、行きたいのは山々なんだけど……」

 そう言い、ルッスーリアは今日もオレにカキツバタを持たせた。オレも暇じゃねーんだけど。

 ヴァリアー邸の裏口から出たところにそれはある。屋敷から程近い所に手入れされた庭があり、その中を通るとなまえの墓だ。彼女の墓は他のヴァリアー隊員の墓の場所とは違う。特別な場所だった。庭を通ると朝露に濡れた草花達がキラキラと輝いていた。なまえが見たら「今日は此処でおやつでも食べよう」なんて言って、大好きな紅茶を入れて甘いものでも食べるのだろう。ヴァリアーにいても彼女はとても暖かい人間だった。

 数日前に置いたカキツバタはこの数日間の雨でぐしょぐしょになっていた。オレは新しい花に取り替え、今日もなまえの墓を見つめたまま取っておきがいつ来るのかを心の中で訴える。今日も来ないのか、いつ来るのか、こっちも暇じゃないんだぞ、と。
 だがやはり今日も彼女は答えない。オレはいつも通りの流れに何も思うことは無く踵を返した。そして数歩歩いた時、背後から突然音がした。
 すかさず振り返る。そこにはもくもくと白い煙が立ち上っていた。何だ?一体何が起きた。さっきまで何の気配もしなかったのに何故突然……。いやそれよりここはなまえの墓だ、何かあったら……!
 オレはナイフと匣を取り出し、目の前の煙を注視した。誰かいる、気配を感じた。それは煙を吸い込んだのかゴホゴホと咳き込んだ。煙が段々と薄れていく。完全に消えかかる前にオレはそれに当たるギリギリの所にナイフを投げ付けた。

「動くなよ、動いたら殺す」

 緊張が走る、こんな所に忍び込んだ奴は一体誰だ。この場所が何処か知って此処に来たのだろか、まあそうで無くても生きて帰れるかはゼロに等しいのだが。
 煙が消えた。

「…………は?」

 オレは目の前の光景を理解出来なかった。ただそこに居た奴には確かに見覚えのある奴だった。あの透けたペールグリーンのシャツは昔あいつがお気に入りだと言ってよく着ていた。どうして……いや、もしかして……。

「取っておきってまさか……コレ?」

 脳内に「そうよ」と、なまえの声が響いた気がした。いやいや全然笑えねえよ。



 まさかなまえ本人が取っておきだなんて。
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