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 突然横から気配がして受け身をとった時には既に白に包まれていた。

 ボフンと音が鳴った瞬間頭がぐらりとした気がした。一体何が起きたというのか。白に包まれた後、暖かくじめじめとした空気が肌に纏わり付く。状況を把握出来る前に突然目の前から殺気を感じ、体が動かなくなる。刹那、わたしの顔の横を何かが通った。それはとても鋭利な物だったらしく、わたしの頬を軽く滑り暫くしてからわたしは痛みを感じた。本当に一体何が起きているのだ。

「動くなよ、動いたら殺す」

 聞いた事のある声がした。わたしの知る声とは少し違う様な気もするが……、それにわたしの知る気配よりもっともっと鋭かった。

 段々と霧が晴れる。わたしはどうやら良く手入れされている庭にでも居るのだろうか、わたしを取り囲む様に沢山の花が咲いていた。中でも赤色のコスモスがとても綺麗だった。そう、わたしの好きなディープレッドやレッドベルサイユと呼ばれる赤いコスモス。

「…………は?」

 前方から声がした、わたしは目の前の声の主を確かめる為に目を凝らした。

「え…………」

 そこには見慣れた金髪に見慣れたティアラ。だがやはりわたしの知る彼とは違った。髪型、身長、隊服。

「取っておきってまさか……コレ?」

 取っておき?とはどういう事だろうか。どうやら目の前の彼もこの状況を把握出来ていないらしい。

「あの……。ベル……なの?」

 ベルと思わしき彼はわたしの返事には答えず、此方をじっと見つめていた。瞳の色は見えないが、彼がわたしのことを注視しているのは分かった。

「お前、今幾つだ」

 わたしの質問に答えること無く彼はわたしに尋ねた。素直に「16です」と答えると、彼は再び無言になった。
 とりあえず攻撃はされないみたいなので、状況を把握しようと辺りを見回してみる。手入れされた庭、朝露に濡れてキラキラとした草花がとても綺麗で、目の前には金髪の彼とその後ろに少し見覚えのある屋敷。わたしの知っている屋敷とは少々違うがあれはヴァリアー邸であろう。だとすると此処はやはりイタリアで、ヴァリアー邸の敷地内なのだろうか。さっきまで日本に居たはずなのに何故こんな事が……。もし目の前にいる金髪の彼がベルだとしても、数日経っただけでこんなに風貌が変わるだろうか。それに数日前イタリアに居た時より此処はじめじめと、気温も高かった。わたしは自分の脳内でパズルピースを組み合わせていく様に、一つずつ状況を整理した。
 そして数週間前に話した記憶をふと思い出したのだ。十年バズーカという存在を。それならば金髪の彼の風貌にも、ヴァリアー邸らしき建物が若干違う事も説明がつく。わたしはもう一度辺りを確認する為に後ろを振り返った。

「え…………」

 そこには墓石が建っていた。それは風化もしておらず、ここ一年以内には建てられたであろうことが予測出来た。そしてそこにはわたしの名前が記されていた。
 もし十年バズーカの話が本当で、此処にわたしが飛ばされて目の前には墓石があったのだとしたら。答えは直ぐに出てきた。──そうか、わたしは死んだのか。
 周りには沢山の花が置かれていて、一番手前には綺麗な本紫色のカキツバタが。わたしはそれにそっと触れた。これだけ朝露に濡れていない事から、つい先程ここに置かれたのだろう。もしかしたら金髪の彼が置いてくれたのだろうか。何にせよここにはわたしの墓以外存在しない。もし十年前と変わらなければ、ヴァリアー隊員の墓は別の場所にある筈だ。辺り一面に咲く沢山の花も、此処に置かれたカキツバタもわたしの為に十年後の皆さんが用意してくれたのだろうか。十年後のわたしは皆さんから大層愛されていたらしい。
 わたしはゆっくりと金髪の彼の方に振り向いた。

「ベルですね」

 今度は断言した。わたしの推測は間違っていないと何処か自信があった。

「わたしはどうやら十年バズーカで此処に来てしまった様です」

「……もう五分経ってるけど」

「え?」

 そうだ、十年バズーカは五分経てば元の世界に戻るのでは無かっただろうか。綱吉達が嘘をついているとも思えないし、どういう事だろうか。

「なまえなんだな」

 確認する様に彼は言った。

「はい。わたしは沢田なまえです」

 そう答えるとベルはわたしの方に近付き、手を差し伸べた。そういえば彼の殺気に当てられてわたしは動けずに座り込んだままだった事を思い出す。差し伸べられた手にそっと右手を乗せると、強く手を引かれわたしはそのまま彼に抱き締められた。驚いて声も出せず静かに彼の表情を伺おうと見上げようとするが、その前に彼は離れてしまった。

「とりあえず行くぞ」

「は、はい……」

「前と同じで良い」

「?」

「口調」

「……ありがとう、ベル」

 そう言うとベルは何も言わずに歩き出した。彼の表情からは感情を読み取ることは出来なかった。
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