33
庭を抜けてヴァリアー邸内に入ると、中はあまり変わっておらず、少しだけ安心した。やはり此処はヴァリアー邸で間違いない。少しだけ古びた雰囲気もあり、わたしがいた頃からの年月を感じた。「汚れたな」
ちらりと振り返った彼が言った。座り込んで居たからか白いパンツには砂や泥が付いて汚れてしまっていた。
「てか、お前それ着すぎ」
「え?そんなに着てたの……?」
「ウザイくらい見た」
わたしはこの裏葉色のシャツを散々着たらしく、なんだか恥ずかしい気持ちになって顔が熱くなった。だがそれより十年後のベルと普通に会話をしているのが不思議な気持ちになった。
「此処は十年後の世界で合っているのよね?」
「ああ」
「他のみんなは元気?」
またしてもベルは答えてくれなかった。もしかしてわたし以外にも亡くなっている方が居るのだろうか。考えながらベルの後を着いていくと、彼は足を止め此方を振り返った。
「お前さあ、なんとも思ってない訳?」
「何を……」
「墓だよ。お前の名前書いてあっただろ?」
ベルはどうやらわたしの事を心配してくれている様だ。わたしはそれに少しだけ胸に暖かさを感じながら、首を横に振った。
「ベルが思っているより悲観していないよ。まだそこまで実感していないのもあるけれど、ベルや皆が十年後のわたしの事を大切に想ってくれている事、分かったから」
「…………。」
「だから大丈夫よ。心配してくれてありがとう、ベル」
「別にしてねーよ」
本当にムカつくな、と言って彼は再び歩き出した。
わたしは誰も居ない部屋へと連れてこられた。中はとても綺麗にされていて、飾ってある美しいカップやソーサー、沢山の種類の茶葉が置いてある事から、この部屋の主が紅茶好きである事が窺われる。配置されていた家具もとても上品なものが多かった。
「此処は?」
「お前の部屋」
「わたしの……」
ぐるりと部屋中を見回した。そう言われて見れば知った物も少しだけある。先程見たカップやソーサーの趣味がとても好ましかったのは未来のわたしの物だからだったのか。
「多分この辺にまだ服あるだろうから、取り敢えず着替えたら?」
わたしは同じ様な白いパンツを手に取り、脱衣場で着替えた。
ベルは再び歩き出した。今度は何処に向かっているのだろうか。
着いた先は大きな扉の前、此処はザンザスさんの部屋の筈だ。ベルは「ちょっと此処で待ってろ」と告げると、先に目の前の部屋へと入って行った。
暫くしてから彼はひょっこりと扉から顔を覗かせると、わたしの手を引いて部屋の中へと引き込んだ。
「じゃ」
中へと押し込まれると、彼は早々と姿を消した。
わたしはどうして良いのか分からず、ゆっくりとザンザスさんの方へ向き直った。目の前の彼は僅かに目を見開き、此方を凝視していた。
「あ、あの……」
「ベルから聞いた」
そう言うとザンザスさんは椅子から立ち上がり、此方にやってきた。十年後のザンザスさんは前髪を下ろしていて、十年前と変わらないパイロープガーネットの瞳が黒髪の隙間から煌めいた。
彼はわたしの目の前まで来ると、少しだけ屈んでわたしの頬に触れた。目が合った瞬間、変わらない瞳の暖かさにわたしは安心した。十年後に来て無意識に気を張っていたらしく、それがゆっくり解けていくのと同時にわたしは無意識に彼の方へと歩み寄り、体を預けていた。
彼は少しだけ驚いた様だったが、暫くすると腕を回し、後頭部をぽん、と掌で撫でてくれた。
暫くしてからわたしは自分の無意識な行動にとても羞恥を感じ、思わずザンザスさんから距離を取ってしまう。
「あ、あの!ザンザスさん……今のは……忘れて下さい」
「何故だ」
「何故と言われましても……あの、無意識だったもので……すみません、とても失礼な行動を……」
羞恥心に耐え切れずわたしの顔は真っ赤になっているだろう。それを見たザンザスさんは堪えきれなかった様にくつくつと笑った。
益々恥ずかしくなったが、わたしはその表情に十年前よりもザンザスさんの柔らかさに気付く。
彼はひとしきり笑うと、再びわたしの頬に手を添えた。その瞳はわたしを見ている様で見ていない。深紅の瞳に吸い込まれる様に覗き込むと、彼はわたしから離れ「ベルに着いて行け」と言った。