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 わたしが助けたという男性と会うことになり、談話室で待機していると扉をノックする音が響き、静かに扉が開いた。

「失礼します」

 彼はわたしを視界に入れると、瞳にじわじわと涙を湧き上がせてそのまま静かに零れた。

「嗚呼……なまえさん!」

 彼は駆け寄るとわたしの手を握り、額を押し付けた。

「お話は伺っております。わたしは未来の貴女に救われたのです。本当に、本当に有難うございました……っ!」

 彼は涙を流しながら当時の事や、その時の思いをわたしに教えてくれた。未来のわたしはヴァリアー隊員として役割を果たせていた様だ。死が迫り自分の肩代わりをさせる為だけにわたしは自分の事を呼ぶ筈が無いだろう。本気でわたしの可能性を信じているのかも知れない。
 彼が談話室から去ると、スクアーロさんはわたしに向き直り「未来のお前が言う役割、果たせそうか?」と少しだけ含みのある笑みを浮かべながらそう告げた。

「出来るだけ、頑張ります」

「まあお前の返事がどうだろうと、こっちは人手が足りねぇからな、無理矢理にでも働かせるつもりだった」

 そう言って、彼から渡されたのは二つの短剣。数日前、過去のスクアーロさんに連れていってもらった所で購入した、あの短剣だった。それがピッタリと収まっているナイフホルスターと共に。

「これ……」

「この二つの為にオレが作らせた」

「そうなんですね……、とっても素敵です。スクアーロさんありがとうございます」

「以前に同じ言葉を貰っているから構わねえよ」

 それとこれもな。と、わたしは二つの銃を渡された。これに見覚えは無い。何かと伺おうと見上げるが、その前に横から声がした。

「それはザンザス様がなまえに授けた物だ」

「ザンザスさんから……ですか」

 レヴィさんの言葉にわたしは驚いた。どうやらこの銃はザンザスさんが使用する物と同じく死ぬ気の炎を蓄えて発砲することが出来るらしい。ザンザスさんの贈り物と聞いてわたしは興奮を抑えられなかった。



 早速わたしはこの時代の戦い方を身に付けるべく、修行に励む事になった。
 地下室は今でもトレーニングルームとして使用しているらしく、今日はスクアーロさんとベルに教わる事になった。

 この時代ではリングの炎が重要になっているらしい。人には生命エネルギーが波動となり駆け巡っているらしく、その波動は七種類。そしてリング自体と合致した波動が通過すると高密度エネルギーに変換して生成することが出来る。所謂、死ぬ気の炎を。
 わたしはつい昨日ディーノさんから聞いた話が現実となって未来に起きている事に驚いた。

「リングの炎……過去のディーノさんがその話をしていました」

「跳ね馬が……」

「今後大事になるのはリングの炎だと」

「成程。ちなみにそのリングの炎に大事なことは何かとか聞いているか?」

「そこまでは伺っていません」

「そうか、じゃあ教えてやる」

 死ぬ気の炎を宿す為には、文字通り死ぬ気になる事によって宿すことが出来る。そして同じくリングの炎を宿す為には死ぬ気──覚悟が必要なのだと言う。覚悟……、それは簡単な様でとても難しい事だと思う。
 以前レヴィさんに「口だけでは何とでも言える」と言われた事を思い出した。
 わたしが十年前のヴァリアーに来たのはここ数週間前の話だ。そこからわたしはヴァリアーの皆さん、ザンザスさんと共に居たいという理由だけでやってきた。それでも殺しが出来るのかと言われてしまえば未だにその答えは出てきて居なかった。そんなわたしが覚悟を持って炎を宿す事が出来るのだろうか。

「お前はリング無しでも死ぬ気の炎を宿す事が出来るだろう。あれは出来ないのか?」

「それがリング争奪戦以降全く掌に灯すことが出来なくて」

「まずはそこからだな、とりあえずリングを嵌めてイメージしてみろ」

 ルッスーリアさんから渡されたリングを指に嵌めた。そしてそれを見つめながら念じてみるが、全くリングに炎が灯る気配は無い。
 何度念じてみても結果が変わることは無かった。

「まさかここで躓くとはな」

 ベルの言葉がわたしに突き刺さる。わたしが本気でヴァリアーに居たいと願ったのは嘘ではないが、これでは嘘だと言われても可笑しくないのではと考えてしまう。わたしの覚悟は足りないのだろうか。

「なまえ、未来のお前が残した手紙の意味をもう一度ちゃんと理解するんだな」

 炎が灯らなければそもそも修行も始められない、そう告げたスクアーロさん達は地下室から去った。
 わたしは呆然と出口を見つめながら、あの手紙の内容を思い出した。わたしは本当にこの時代で役に立つ事なんて出来るのだろうか。そしてふと文末の言葉を思い出す。

「大事なことは、わたしが何を大切にし、何の為に闘うか……」
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