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 ザンザスさんは圧倒的兵力に囲まれようが、占領したとはいえ敵の古城であろうが普段と何も変わらない様子だった。
 お腹が空いたと料理を準備させ、立派な椅子に腰掛けて瞼を閉じている。その様子にわたしは先程まで感じていた緊張が少し和らいだ様な気がした。
 これから再び戦闘が始まるといるのに、アルコールを摂取するのは如何なものかとも思ったが、ザンザスさんは今までもそんな事を気にした事は無さそうであったし、わたしは奥から頼まれていたウィスキーを持ってきた。

 暫く城で待機していると、北の方で爆発があったらしく見張りをしていた方達から連絡が来た。
 北にはかなりの数が居るらしく、様子を見る為にレヴィさんが北へと向かう事になった。わたしも行くべきだろうと思い、ザンザスさんに伝えるが横からルッスーリアさんに止められてしまった。

「なまえ、貴女は此処に居るべきよ」

「で、でも……」

 ルッスーリアさんは未来のわたしが亡くなった事をずっと引き摺っていたと、以前ベルから話を聞いた。それもあってか、彼は中々わたしを戦場には出したがらない。でも此処で何もしないのは外で闘っている仲間に失礼な気がした。
 ザンザスさんはどう思っているのだろうと、ちらりと後ろを振り返る。彼は真っ直ぐ此方を見ていた。

「好きにしろ」

「!はい……!」

「で、でもボス……!」

「うるせぇ、おいレヴィ」

「は!お任せ下さい」

 行ってきます、と告げてわたしはレヴィさんに着いて行った。ルッスーリアさんは心配そうに此方を見ていた。

 北へと走ると敵はすぐ近くまでやって来ていた。
 わたしはリングに炎を灯し、匣兵器を開匣する。

「アンバー」

 名前を呼ぶと彼は遠吠えをしてから敵の方に威嚇をした。

「なまえ、背中はお前に預けるぞ」

 レヴィさんの言葉が堪らなく嬉しかった。

「はい!!」

 レヴィさんが駆け出すのと同時にわたしは地を蹴った。アンバーは比較的大きい狼だ、威嚇をする様に咆哮すると大空属性の特徴である調和により、敵は石化する。彼の加減によって一部分を石化する事も可能な為、彼が石化し動きが止まったところをわたしが切り掛るのがわたし達のやり方だ。勿論殺しはせずギリギリの所で。全て石化する前であれば彼の遠吠えで石化は解ける。

 わたし達は内線でやり取りをしている為、他の場所の状況は全てでは無いが把握していた。
 どうやら南の方に六弔花が現れたらしい。それもベルの双子の兄が正体の様だ。殺したと言っていた筈なのに今になって再会する事など有り得るのだろうか。
 六弔花はそのまま二人を越えて来たらしい。二人が殺られるとは思ってもいないが、何か非常事態でもあったのだろうか。
 その時後ろから騒音が響いた瞬間、古城が何かによって瓦礫の山へと姿を変えた。あそこにはザンザスさんとルッスーリアさんがいる。わたしは一瞬で体温が下がった。

「なまえ!此処はオレがやる!お前はザンザス様の元へ」

「分かりました!」

 北はレヴィさんに任せてわたしは急いで古城へと戻る。暫くすると内線からレヴィさんの叫び声が聞こえた。
 わたしは自分の足で走るよりアンバーに乗った方が早いと思い、彼の背に乗って古城へと急いだ。



 わたしが古城に着いた時には、古傷を浮かび上がらせたザンザスさんが天空嵐ライガー──ベスターを匣に仕舞う瞬間だった。あの古傷を再び見る事になるとは。

「死に様くらい選ばせてやる。楽に死にたければ白蘭のカスを此処へ呼べ」

 そう言いザンザスさんは静かに瞳を閉じた。空を見るとそこには黒服を着た男性と、綺麗な椅子に腰掛けた金髪の男性がいた。あれがベルの双子のお兄さんなのだろうか。
 わたしは周りに匣兵器であろう嵐の炎を纏った蝙蝠がザンザスさんを取り囲んでいる事に気づいた。幸い敵はわたしの存在に気付いて居ない。ザンザスさんがこの蝙蝠に気付いていない筈は無いだろうが、これは都合が良い。
 敵がザンザスさんに攻撃を仕掛ける前に、わたしは見えない様に大空の炎をベールのようにザンザスさんの周りに張った。周りの瓦礫が爆発する中、ザンザスさんもあの銃を取り出し敵に向かって攻撃を放った。

「なあ"?!オレの嵐コウモリが!」

「匣兵器を使わずして、これ程の戦闘力」

「他にも居るだろ?!誰だ!!」

 わたしは地を蹴ってザンザスさんの傍に駆け寄った。ザンザスさんは此方に視線だけ向けると鬱陶しそうにわたしに「余計な事をするな」と告げた。
 敵は自分達の事を気にする事も無く話し始めたわたし達に苛立った様に声を荒げる。

「ふざけるな!!」

「……交渉決裂だな、それ相応の死をくれてやる」

 ザンザスさんは膨大なる量の炎をリングから放出させた。彼の炎はこんなにも大きく、純度が高いものなのか。そしてその中にはあの憤怒の炎も混ざっている様に見える。混ざりあった炎を匣兵器へと注入した。だからこそ彼の匣兵器はライガーへと姿を変えることが出来る。敵も迎え撃つ様に匣兵器を開匣した。
 わたしも同じく匣兵器を取り出そうとするが、隣からザンザスさんの腕が伸びてきたかと思うとそのまま抱き止められてしまった。
 一人掛けソファに乗りかかる様にわたしはザンザスの腕の中に居た。ライガーが大きく咆哮すると調和と分解により敵の黒服は砕け散ってしまう。もう一人も慌てて椅子から飛び降りた。

「おいドカス、王子は座ったまま戦うんじゃなかったのか?」

「おっ、落ち着け!白蘭様と話をつけてやる!お前の望みは分かっているんだ!お前が欲しいのはボンゴレボスの座なんだろ?!」

 その言葉にわたしはちらりと上を向き、ザンザスさんの顔色を伺った。

「お前、沢田綱吉の事憎くてしょうがないんだろ?だから今は九代目直属なんて謳ってる!そりゃそうだ!ボンゴレ十代目の座を奪われたんだからな!」

 ザンザスさんは瞼をぴくりと動かした。

「オレの力をもってすれば憎き沢田を倒し、お前がボンゴレのボスになれるぜ!正確にはミルフィオーレボンゴレ支部だ!オレが白蘭様にお前をミルフィオーレ幹部として迎えるよう取り計らってやる!白蘭様は寛大な方だ!!」

 宙にいる彼は早口で捲し立てた。
 わたしは静かにザンザスさんの服を握り締めていた。

「沢田綱吉を倒した後は今のボンゴレと同等、いやそれ以上の戦力を手に入れる事も夢じゃねーぜ!ししし!どうだ最高だろ?!」

 目の前の人の特徴的な笑い方が耳についた。彼と同じ様に笑わないで、彼と貴方は違う。睨み付けるように宙を見ていると、今まで黙っていたザンザスさんの声が響いた。

「ドカスが」

 ザンザスさんの腕の力が少しだけ強くなった。

「オレが欲しいのは最強のボンゴレだけだ。カスの下につく等、より反吐が出る」

「な"……あ……??」

「十年前の沢田綱吉を生かしているのと殺せねえからじゃねぇ。ボンゴレファミリーは最強で無くてはならないからだ」

「!」

 わたしは思わずザンザスさんの方を向いた。

「内部にどのような抗争があろうと、外部のドカスによる攻撃を受けた非常時においては……ボンゴレは常に……一つ!!」

 ザンザスさんの放った一撃が彼を砕いた。




 幼い頃からボンゴレ十代目になる為に努力し続けた彼が養子だと知り、弟である綱吉に敗北して、その上血縁者で無ければリングを継承する事が出来ないと知った時の気持ちは計り知れないだろう。彼のそれ迄の長い年月を踏みにじられたようなものだとわたしは思う。
 それでも彼が沢田綱吉を殺さなかったのは、九代目直属と謳っていてもボンゴレに居続けているのは、綱吉を認め、ボンゴレの大切に思っているからでは無いだろうか。彼のこれ迄の人生から素直に綱吉を認めるのは難しい事なのかも知れない。それでも殺さないという理由で、彼なりに認めているのだろう。
 わたしは彼が放った言葉にどうしようも無い感情が溢れ出た。彼が大切にするボンゴレをわたしも守りたい。

 気付いたらわたしは涙が零れていた。

「おい、何で泣く」

「ザンザスさん、わたしこれからもずっと貴方の傍に居たいです。そして貴方が大切にしているボンゴレをわたしも守りたいです」

「……随分と言う様になったな」

「わたしの覚悟です」

 わたしは深紅の瞳を見つめた。彼は暫く黙り込んでから「早く降りろ」と言ってわたしを降ろした。
 忘れていた訳では無いが、今までの距離感に少しだけ照れてしまう。視線を彷徨わせていると背後から声がした。

「あら!なまえも此処にいたのね」

「ルッスーリアさん!ご無事でなによりです!」

 どうやら他の皆さんも無事らしく、わたしは安堵した。
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