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 綱吉は早かった。彼の右拳は大きな炎に包まれ、白蘭に向かって振りかぶった。だが白蘭はそれを人差し指のみで受け止め、そのまま弾き飛ばしてしまう。彼の強さは異常だ。わたしを含め誰もが彼の強さを疑ったが、どうやらGHOSTとはパラレルワールドの白蘭本人であり、吸収したエネルギーは全て白蘭の体の中へと取り込まれていたらしい。だから光を吸収してもわたしの中に入らなかったのか。
 綱吉は遠くまで飛ばされそのまま木に体を打ち付けてしまい、暫く体が動けない様だった。そしてそれを確認した白蘭はちらりとわたしに目を向け、有ろうことか此方に向かって降りてきた。

 白蘭はわたしの目の前へと降り立った。

「やあ、なまえチャン。この間も言ったけど、また会えて嬉しいよ」

 彼が近付いた瞬間、アンバーはわたしを守る様に立ちはだかった。肩に乗るフリージアも普段とは違いピリピリとした空気を放っていた。

「あはは、僕随分なまえチャンの匣兵器に嫌われている様だね。それもそうか、彼等はなまえが刺される所見てるんだもんね」

「!!」

 その言葉に背後から殺気を感じた。

「あの後は無事ザンザスくんと会うことは出来たのかな?」

 あの後というのは恐らく未来のわたしが白蘭に殺られた時の事だろう。彼はザンザスさんの方に視線を向けると「会えたみたいだね」と言い、ニヤリと笑った。

「この手で未来のなまえチャンの心臓を一突きしようと思ったんだけどね。君ってば残り少ないエネルギーを使って避けたものだから肺に刺さっちゃったんだ。でもまあ毒を仕込んでおいたからもういいやって思って言ったんだ、最後にザンザスくんの顔でも見ておきなよって」

 ここからヴァリアーの皆さんは見えないが、彼等が武器を構えて殺気を飛ばしている事は音と気配で分かった。

「なまえチャンが守るものにはそんなに価値があるのかい?」

 わたしを試す様な言い方だった。その言葉と共に彼がわたしの方に駆け出てきたので銃を構え、距離を取る。それを追うように彼の腕がわたしに目掛けて飛んできた。
 わたしは銃に死ぬ気の炎を蓄え、一気に空へと上がりそれを避けた。だが彼の素早さは先程の綱吉との戦いで把握しているのでこれだけでは終わらないと分かっている。わたしは彼がここまで来ると予測し、雲の死ぬ気の炎を混ぜて宙へと放った。

「上手い!!」

 誰かの声がした。どうやら予測は当たった様で此方に向かってきた白蘭に直撃する。でもまだだ。彼がこれで終わる筈が無い。
 くるりと宙を回り銃を地へ放つ。わたしの周りをフリージアが舞った。フリージアが隙を作る様に白蘭の周りを飛び回ると、わたしは再び白蘭に向かって炎を放った。フリージアが飛び回る事で線のように残った雲の炎に触れ、導火線が広がるように白蘭を囲む。すかさずアンバーが咆哮した。

「未来のなまえチャンより強くなったんじゃない?」

 爆発音が響くが白蘭には全く効いていない様だった。彼は一瞬でわたしの目の前に飛んでくるとわたしに向かい指先を刺す。彼の指先が横腹に刺さった。

「なまえ!」

「ぐ……っ」

「君にはあの時ともう一度同じ体験をさせてあげる」

 そう言い白蘭はわたしの心臓を目掛けて腕を構えた。横腹の痛みで上手く避ける事が出来なさそうだ。まずいと思った瞬間背後から銃声が鳴ると、わたしと白蘭の間に滑り込む様に攻撃が走った。
 先程の攻撃はザンザスさんであろう。彼の攻撃で間一髪わたしの心臓に穴が空くことは無かった。だが思ったより横腹の痛みは強く、地面に落ちるとわたしは暫く動けなくなってしまう。

「邪魔しないでよ、ザンザスくん」

 白蘭の目は笑っていなかった。

「僕、なまえチャンの目嫌いなんだ。最初に会った時からそう」

 未来のわたしとの初対面の時に何かあったのだろうか。彼は冷たい目でわたしを見下した。

「何もかも受け入れる様な目をしているくせに受け入れやしない。君が受け入れているのはただ一つだけ。……ねえ、弱い癖に何かを守ろうだなんて烏滸がましいんじゃない?」

「!!」

 それはわたしが覚悟を決める前に悩んでいた事だった。でも、それでもわたしは彼の力になりたいと決めたから……。

「それとも先に守るものから壊してあげようか」

 そう言って彼はわたしの背後──ヴァリアーの方に向けて攻撃を放った。エネルギーを抜き取られた彼等は完全に避けきれず傷を負った。その光景にわたしの中でぷつりと音がした。わたしの大切なものを失う訳にはいかない、貴方なんかに渡すものか。
 体が熱くなった気がした。どんどん周りの声も遠くなる。けれど白蘭が発する音全てはどんな小さな音でも拾うようにわたしの感覚は鋭くなった。
 リングからでは無く、全身から死ぬ気の炎が湧いている様だった。白蘭は少しだけ目を見開いたが、すぐさまわたしとの距離を詰める。
 感覚的には軽く地を蹴ったつもりだったが、彼が此処に来る前に彼の背後へとわたしは飛んだ。そしてそのまま蓄えるモーションも無く銃を放つ。攻撃は彼に直撃した様だ。今度は無事では無いだろう。

「炎が強くなったところで君の技は読めている」

 今度こそわたしの心臓に穴を開けるつもりだ。わたしは再び銃を構える、わたしの右手に嵌めたあの琥珀色のリングが熱くなった気がした。わたしは出来る限り銃に炎を込めた。遠くで誰かがわたしを止める声が聞こえた様な気がした。

「貴方にわたしの大切なものは渡せません」

「その前に死ぬのは君だよ」

 わたしは彼に向かって銃を構える前、ポケットからリングを抜き取っていた。イタリアで敵からから奪った嵐のリング。わたしはリングから嵐の炎を灯した。どうやらわたしの読みは当たっていた様だった。彼の腕がわたしをかすめる瞬間、わたしは銃を放った。貴方はわたしが大空と雲しか扱えないと思っているでしょう。実際未来のわたしはそうだった様だが、今のわたしは違う。わたしは未来のわたしが信じてくれた様に、自分の可能性を信じた。
 彼が驚いた頃には、わたしの攻撃により片方の翼はもがれていた。
 そして喜ぶ間もなく、わたしの体には彼の腕が貫通した。そうして意識は少しずつ沈んでいく。最後に見えたのは綱吉が白蘭に向かって殴り掛かる瞬間と、ザンザスさんの表情。初めて見る光景なのにわたしはザンザスさんの表情を見た瞬間、懐かしい感覚がした。ごめんなさいザンザスさん。貴方にまたそんな表情をさせて。
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