25

 翌朝、ボンゴレ本部に訪れたのはスクアーロさんだった。驚くわたしを他所に彼はつかつかと此方にやってきた。

「それじゃあ家光。此奴は連れて行くぞ」

「おい、そんな勝手が許されると思っているのか?お前達の処分を忘れたのか」

「ザンザスが来るなら一人で来いとよ。来るなら勝手に着いてこい。オレはお前を迎えることは出来ねえぜ」

「お前……っ!」

 父はスクアーロさんを睨み付けた。

「随分と娘には甘ぇみたいだなぁ。おいなまえ行くぞ」

「お父さん、会ってくるだけだから大丈夫よ」

「ヴァリアー邸の前に車を停めておく。帰りはそれに乗れ」

「分かったわ」

 スクアーロさんは広い庭を抜けた先にある車の後部座席に座った。黒服の男性が車の前で佇み、スクアーロさんとは反対側の後部座席の扉を開ける。「ありがとうございます」と告げてから乗り込むと、黒服の男性はお辞儀をしてから扉を締め、運転席に乗り込んだ。

「出せ」

「畏まりました」

 車内は静かだった。ボンゴレ本部から抜けると林道を通り、景色は街並みへと変わった。この時期のイタリアは雨が降る事も多いが今日はとても天気のいい日だ。

「お久しぶりです、スクアーロさん」

「まさか本当に来るとはな」

「ヴァリアーの皆さんは、わたしが今日は訪れる事をご存知なのですか?」

「幹部のメンバーなら知っている」

「……理由も聞かれましたか?」

「いいや」

 どうやら理由は知らないらしく、スクアーロさんは何故わたしが此処に来たのか理解出来ない様だった。

「お前とボスが過去に何があったか知らねえが、当時のボスとは違ぇだろうよ」

 スクアーロさんの言葉はきっと正しいだろう。だがわたしは変わらない部分もある事も知っている。ザンザスさんが受け入れてくれるかは分からないが、会える事にわたしは少なからず浮かれていた。



 着いた先はボンゴレ本部より幾らか落ち着いた雰囲気のある屋敷だった。黒服の男性に再び後部座席を開けてもらい降り立つと、スクアーロさんは此方をちらりと振り返ってから入口に向かって歩き出した。彼はやはり優しい人間だと思う。
 内装もやはり本部とはまた違った雰囲気だった。邸内は明る過ぎず趣のある雰囲気でとても静かだった。

「此処がボスの部屋だ」

 後は自分でやれよ、と言ってスクアーロさんは踵を返した。わたしは前を向き小さく息を吐いた。この奥にザンザスさんが居る。わたしは静かに扉を叩いた。

「なまえです」

「入れ」

 扉を開け、まず目に付いたのは大きな窓だった。そこから左に視線を向けるとこれまた大きなテーブルと立派な椅子に腰掛けたザンザスさんが居た。窓から光が差し込んで、彼の深紅の瞳がきらりと瞬いた。
 わたしは一礼をしてからテーブル越しに彼の正面に立った。

「お久しぶりです、ザンザスさん」

「何の用だ」

 ザンザスさんの視線が鋭くなった気がした。きっと彼はこれからわたしが言う事を何となく察しているのかも知れない。

「わたし、ヴァリアーに、ザンザスさんの傍に居たいんです。此処にいる事を許可してもらえませんか」

 真っ直ぐ目を見つめたままハッキリと告げた。ザンザスさんもわたしの目を真っ直ぐと見つめた後、静かに瞼を閉じた。

「許可しねえ」

 冷たい氷で射貫かれた感覚だった。考えてはいた、ザンザスさんに断られる可能性くらい。それでもわたしは父と九代目に受け入れて貰えたことで少し浮かれていたのかも知れない。押し黙ったまま下を向く事しか出来なかった。

「此処がどういう場所か分かってんのか?」

「…………。」

「死ぬ気の炎を宿せたとしても、お前は無力だ。此処に居たってすぐ死ぬのが落ちだ。弱い奴はいらねぇ」

「っ……」

「もう帰れ」

 ザンザスさんから言われた言葉達は辛辣だったが全て正しい事だった。心はどんどん温度を失っていった。それでも、わたしは諦めたくない。九代目に言った言葉は嘘じゃない。

「……強くなったら、此処にいても良いですか」

「…………。」

「諦めたくないです」

「……出て行け」

「っ……、失礼しました」

 部屋を出て数歩歩くと、わたしはその場から動けなくなってしまった。
 泣くな。泣いたって何の解決にもならない。わたしは此処で諦めてはいけない、彼の傍にいる為に努力すると誓ったのだから。
 大きく深呼吸をして、わたしはまた一歩ずつ歩き出した。来た道は覚えている、そのままわたしはヴァリアー邸を出た。
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