ゆっくりゆっくり上に向かって泳ぐように、意識が浮上する。

「…………。」

目蓋を上げて見えたのは、どこかの綺麗な天井で。
いや、天井と思ったのは大きなベッドのもので、天井の向こうにも天井が見える。
どうやら私は、天蓋付きベッドに寝かせられているみたいだ。

(本で見たことあるけど、まさか寝られる日が来るなんて。)

しかしここはどこなんだろう。
もしかして、これがあの世という場所なんだろうか。思っていたよりかなり南国っぽくて、意外だ。

体を起こして更に周りを見てみる。

(…………リゾートホテルかな?)

この天蓋付きベッドはかなり大きくて、3〜4人で寝られそうだ。
枕にしているやわらかなクッションは、刺繍が見事で豪華で色鮮やか。
窓から見える空は、青空の中の青空と言える美しくはっきりとした青い色をしていて、時折感じる風がなんとも爽やか。
ベッドもそうだが、この部屋の調度品のデザインはどれも日本のものとは異なり、どことなくトルコとかあの辺の、エキゾチックな雰囲気がある。

(あの世ってこんなリゾート地みたいなの……? 日本感ゼロなんだけど。)

私が着ている服も、イメージしていた左前の白い死装束ではなく、ピンク色のチュニックワンピで、見事に日本要素がスルーされている。

とりあえず、体の痛みはないのでベッドから降りた。
あの世の住人的な人が一人くらいはいるだろう。人、かどうかは置いといて。

「あっ!?」
「!」

部屋から出たところで突然大きな声がして、反射的にそっちを向くと、そこには女の人がいた。
目を見開いてこちらを見たと思ったら、急いでどこかへ行ってしまったため、何も話すことが出来なかった。

(……とりあえず、人の姿はしてるみたい。)

部屋に戻っても暇なだけなので、私はそのまま探検に出向くことに決めた。

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「どうして部屋で待っていないのですか!」
「ご、ごめんなさい……?」
「疑問符つけて謝らない!」

さて、私はただ今見知らぬ男性から盛大にお説教されているわけだが、どうしてこんなことに……。
いや、理由ならなんとなくわかる。
さっき慌ててどこかへ行ってしまった女性は、私の目が覚めたことを知らせに行ったのだ。
それで、部屋に戻ってみれば私がいない。
お陰で大急ぎであちこち探し回る羽目になったのだから、考えるまでもなく私が悪い。

「とにかく、あなたはこの王宮で保護しているのですから、勝手にあちこち出歩かれては困ります!」
(ん?)

王宮? 今、この人は王宮と言ったか?
あの世には王宮があるのか……。これがあの、高天原というところなのだろうか。
高天原ということは、天照大御神とか須佐之男命とかそういう、神様の類がいるのか。
いや、けどその前に、

「私は地獄行きですか。」

どちらに行くのかだけでもはっきりさせたくて、だけど天国に行ける自信はないのでとりあえず地獄行きの確認をしてみると、

「は?」

何言ってんだてめー、とでも言いたげな反応が返ってきて、私もつられて

「は?」

と返してしまった。

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ジャーファルさん、というらしい、そばかすが可愛らしい小柄な彼に連れられて、私はシンドバッドという王様に会うこととなった。

ジャーファルにシンドバッドって、アラビアンな要素たっぷりの名前だ。
まさかアリババやアラジン、モルジアナ、それからシェヘラザードもいるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えていると、部屋の奥から背の高いモテそうな男の人と、小柄だけどおっぱいが大きい、魔女みたいな美人が現れた。

「シン、それからヤムライハ。一昨日保護した彼女が目覚めました。」
(一昨日……。)

私は3日も寝ていたというのか。

「鈴蘭のように可愛らしいお嬢さん、体の具合は平気か?」
「あ、はい。なんともないです。」
「…………。」
「…………。」

微笑みながら動かない王様。
もしかして何か失礼なことをしてしまっただろうか、と、なんとなく隣のジャーファルさんを見て助けを求める。

「シン。あなたが急にかたまるから、彼女が困ってますよ。」
「王よ、口説き文句が通じなかったからって勝手にかたまらないで下さい。」
「いや、眉ひとつ動かさないものだから、ショックでなあ……。」

ああ、あれ口説かれていたのか。てっきり、あの世特有の挨拶だとばかり……。
目を伏せるなり恥ずかしがるなりすべきだったかな。

「君は一昨日の夜、突然上空から現れたんだ。光の粒子を纏いながらゆっくり降ってくる姿は、まるで御伽噺に登場する天女のようだったよ。」

天女。
竹取物語の主人公であるかぐや姫も、天女だ。
天女であるかぐや姫がなぜ地上で育てられることになったのかについて、「天でなんらかの罪を犯し、罰のために人間として生きることとなったのだ」という説がある。

(私はあの日、確かに飛び降りた。なのにこうして生きている。これは、親を置いて自殺したことの罰なのだろうか。)

まだ生きないといけないだなんて、これじゃまるで"死に損"じゃないか。
ひとり台無し