「ヤムライハ。彼女について、どう思う。」
「……ルフが、黒く濁りかけていました。濁りかけと言っても、もう……ほとんど黒いのですが……。今のところは寸前でとどまっていますけど、このままでは近いうちに〈堕転〉します。」

カノが目を覚ました次の日の朝議で、シンドバッドと八人将は彼女について話し合っていた。

「名前は確かカノ、でしたっけ? 飯をあまり食べてくれねえって、通路で侍女たちが心配そうに話してましたよ。」

シャルルカンがやれやれといった感じで報告すれば、ピスティもうなずく。

「一週間以上も湯浴みをしないことがあったから、最近は侍女の子たちが無理やりお風呂に入れてるみたい。なんだか生きる活力っていうのかな? とことん元気がない感じなんだよねえ……。」
「確かに、彼女の瞳には光がないように見えた。全てに絶望しているような、そんな顔だった。」

奴隷だった頃のマスルールや、狭くて冷たくて寒い折檻部屋に閉じ込められた時のシンドバッドのように、カノの瞳は光を失い、存在が不安定で儚げで危なっかしい。
とにかく堕転は防がなければと、一同は彼女に優しく接することに決めた。

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「カノちゃん!! お風呂一緒に入ろ!!」

大きな声を出しながら突然部屋に来たピスティに驚きながらも、カノは

「昨日入ったので今日はいいです。」

と言って寝台の上でダンゴムシのように丸まってしまう。

「駄目っ! 女の子は毎日体を綺麗にしなきゃモテないぞ!」
「モテなくていいです。」
「ヤムみたいなこと言わないでよ! せっかく可愛い顔と綺麗な真っ白い髪と、これまた綺麗な黄金色の瞳をしてるのに、もったいないよ!」

何度か無理やり風呂に入れられて、湯船の水面に映った姿を見たため、自分の変貌ぶりは既に知っている。
黒かった髪は雪のように白くなり、黒かった瞳は琥珀のような黄金色になっており、まるで別人であった。
しかし見た目がどれだけ変わっても性格は変わっておらず、鬱々とした日々を過ごしている。

カノとピスティは、風呂に入れだの入りたくないだので十数分の押し問答を繰り広げることが最近の日課となっているのだが、結局いつも通り、カノは数人の侍女に抱えられて風呂場へ向かっている。

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「…………おお……。」

ピスティと侍女数人によって強制的に入浴を済ませ、天才魔導士の部屋を見たカノは、「おお」と発するだけで精一杯であった。
床には書物の類いがあちこちに広げられており、棚に収まり切らなかった何か金属系の置き物が、かろうじて空いているスペースに雑に置かれている。

「まあ…………ちょっと散らかってるけど、女二人住むには充分な広さだから!」
("ちょっと"……?)

今日からカノは、ヤムライハの部屋で寝泊まりすることになっているのだが、いかんせんその部屋があまりにも汚い。

(王様が提案した時にジャーファルさんとピスティさんが「えっ」て顔してたのは、こういうことか……。)

あの時、ジャーファルはシンドバッドに、

「あのー、せめて私の部屋にしませんか……。」

と代案を出したのだが、

「いやいやジャーファル……お前は男だからまずいだろう!」

と、笑顔で却下されたのだ。
同じ女の子でも、ピスティは連日彼氏を連れ込んでいるという理由で無理だと判断された。
結果、たとえ「お部屋」ならぬ「汚部屋」であっても、ヤムライハの部屋が妥当だろうということになったのだ。

「…………あの。」
「なっ、何!?」
「とりあえず、その…………掃除しませんか?」

あいをまぜていたいのだろう