「おい…また載ってるぞ」
「あれは淡い青春の痛手なんだよ…あまり深堀してほしくはないかな…」
地方新聞の1ページに『神速の立花』なんて書かれている。
まあこんなページでこれが私だなんて思う人はいないんだろうけど。
黛立花という陸上選手はもういないのだ。
過去の栄光だけが彼女を照らしたままで、時計の針は動かない。
「元々は「俊足の黛」だったのに大躍進じゃないか…ぷふっ」
「笑うなよっ!というか詳しく見てみろって!1ミリも私じゃない!」
過去の事件は表向き一人の選手の栄光の断絶として取り沙汰された。
最も私はこれ以上大事にはしたくなかったし誰かに嗅ぎ回られたくもなかったからだ。
あの子からの謝罪の言葉なんて受け取ってやらない。
自分の誇りも、プライドも、努力さえも犠牲にして“私”を貶めようとしたのは正直な話とても堪えた。
しかし結果的に言えば私は乗り越えたのだ。
たった一つ、表舞台に立つ権利を失う(陸上を辞める)…という最悪の形で。
それしか逃げ道が無かったのだ。悲しいことに。
……そろそろ私を心配する刀也の視線が痛い。
…本題に戻ろうか。
メディアは私を悲劇の少女に祀りあげることにしたらしかった。
その手のことはお兄ちゃんやお父さん達に任せたから私は何も知らない。
…それが良くなかったのだ。
あらぬことか新聞社の人は私を「黛」さんではなく「立花」さんだと勘違い。
そして当時の私の呼び名(恥ずかしい)であった「俊足」をこれまた「神速」だと思ったらしかった。
確かにお兄ちゃんもお父さん達も私のことは「立花」って呼ぶけどさぁ!
それはあくまで「りっか」であって「たちばな」じゃないからね!?
何回新聞社に匿名でクレームを押し付けようと思ったか!
それを刀也は面白半分で私に見せてくる。
これは完全に嫌がらせだよなぁ!?
まあかくいう私も刀也の公式戦についての記録はきちんと保管している。
たまに本人の前で音読すると反応が面白いのだ。
…やっぱり私達根っこは同じなのだ。
「…これは立花じゃないな」
新聞を一通り眺めたのか刀也は呟く。
当たり前だろ、今回は特に新聞社さんの願望が詰まっているとも言える。
なぁにが『百年に一度の逸材』だよ。
…陸上なんて懲り懲りだ、なんて思いながら新聞紙を取り上げる。
これは燃やしておこう。焼き芋の贄として。
「よーし、今日は焼き芋パーティーだ!」
吹っ切れた、といえばそれはまた違う。元に戻るまでまだ時間は掛かるだろう。
それでも、前に進むことだけはやめちゃいけないって分かったから。
たまに立ち止まって、躓いて…それでも歩いて行きたい。
これからも、ずっと。