28

迷子センターから出てすぐ側にある、休憩スペースのソファーベンチ。
私はそこに座っていた。
隣には目を赤くした樹を抱っこしている江良ちゃんがいる。
(同じ制服を着ているから、私と御伽原さんを間違えたんだね)
江良ちゃんとはぐれて不安になった樹は、見慣れた制服を着た私を姉だと思い込んだらしい。
どうして自分を“お姉ちゃん”と呼んだのか、ようやく理解できた。…不服だけど。
「樹、お姉ちゃんと同じ学校の黛立花さんだよ。ちゃんとありがとうって言ってね?」
「りっか……お姉ちゃん」
「うん、どうしたの樹」
「ありがとう……」
(か、かわいい……!)
江良ちゃんに抱えられつつ、つぶらな瞳でお礼を言う樹はとても可愛かった。
これはキュンキュンするしかないだろう。
「立花!!」
「はえ…?」
遠くの方から名前を呼ばれた気がして、咄嗟に振り向く。
エスカレーターが邪魔でよく見えないが、その向こうから刀也らしき人物がこちらへ走ってくるのは分かった。
「あ、刀也君が来ましたね。こっちですよー」
江良ちゃんも気づいたようで、樹を抱いたまま立ち上がり、刀也に向かって大きく手を振っていた。
私も江良ちゃんの隣に立って刀也の到着を待った。
「あんなに息を切らせて、よっぽど心配してくれたんですね!…ね、黛さん」
「そ、そうだね……」
私を見てにっこりと笑う江良ちゃん。
なんて挑発的な笑顔なんだろう……。
不安がっていた数分前の様子とはまるで違う。
誤解はすっかり解けているようだ。
一体どういった流れで誤解が解けたのかすごく気になる。
あの時その場にいられなかったのが悔しくてたまらない。
(私が迷子センターにいる間、何があったというんだ!?)
なんて考えている間にも刀也はどんどん近づいてきている。
その表情は険しいものだった。
江良ちゃんが突然いなくなって心配だったに違いない。
その上、私と一緒にいるのを見て内心焦っているんだろう。
刀也にとっては私と江良ちゃんの鉢合わせは、これ以上ない修羅場だ。
例え会った場所が迷子センターだったとしても——
(……あれ?御伽原さんは迷子の樹君を迎えに来たんだよね?)
刀也と江良ちゃんが一緒にいた時、すでに樹は迷子になっていたわけだ。
弟をこんなにも大事に抱えている江良ちゃんが、樹を放って刀也とイチャついていたとは思えない。
迎えにきた時の声も、すごく心配しているものだった。
(……んん?えーっと……)
自分が考えていたことと現状が上手く噛み合ない。
あれ?と首を傾げていたら、不意に両肩を強く掴まれる。
驚いて見上げると息を切らせた刀也の顔が近くにあった。
「何してたんだ。動くなって言ったろ!」
「へ!?」
まずは江良ちゃんに駆け寄るものだと思っていたのに、なぜか刀也は私の前にいる。
刀也はそのまま疲れきった顔で激しく呼吸を繰り返していた。
(御伽原さんはっ!?御伽原さんはどうしたの……!)
さっき浮かんだ疑問と、更に訳の分からない状況でますます混乱した。
はぁ……と息を吐いた刀也は、私の左肩に額を押し付けた。
(ええええぇ……!?)
「と、刀也。御伽原さんがいる前で、これはちょっと……」
勝手にいなくなった江良ちゃんに、ちょっとした意地悪、ということ……?
嫉妬してもらおうとしての行動だとしても、さすがにコレはやりすぎなのでは?
ぎこちない動きで江良ちゃんを見る。
樹を抱っこしていた彼女は——
「あ、私のことは気にしないでください」
……なんて言って笑っていた。
全くもって効果がない。
(なんでそんなに余裕ぶっていられるんだ…!)
刀也と2人でいる所を見たときは、悲しそうにしていたのに。
「立花……」
「はいっ!」
低い声が私を呼んでいる。
あぁ……これは怒っている時の声だと反射的に体が強張る。
肩に乗っていた重さがなくなったと思うと、今度は私を上からじっと見つめていた。
いつも以上につり上がっている目がなんだか怖い。
「何でフラフラと勝手にいなくなったんだ」
「う……す、すみません……」
だって……と言い訳しても怒られるんだろうなぁと、諦めて謝罪を口にする。
「―—あの、違うんです!黛さんは樹を迷子センターに連れて行ってくれてたんです!…そうですよね!」
「え……。あ、はい!」
刀也に怯えている私を見て江良ちゃんが庇ってくれた。
時間的にちょっと無理があるような気がしたが、藁にも縋りたい気持ちで頷いておいた。
バレるかな……と、こっそり上目遣いで様子を窺う。
刀也は疑っているような目で見ていたが「……もう良い」と、この場は引いてくれた。