「私ってどんな人だった?」
愉快そうなその表情のまま気にした様子も特になく彼女がそう言っていたのは何年前のことだっただろう。
「桜華」
読めない声色が鼓膜を揺らす。階段からぼうっと空を眺めていた私はその声の発生源に目を向ける。
その声の主はいつも通りに参道の真ん中を歩いている。
その姿が嫌に私の神経を逆なでする。
「いつも言ってるよね、そこは神様(私)の道だって」
「いつも聞いてるよ、ここは神(わたし)の通り道だって」
黛立花の姿をしたソレはにこやかに私の隣に席を下ろす。口元だけを写して揺れる面布が変に気味悪くて距離をとって私も座る。
それでも彼女は気にした様子を見せず、さも親しげにその口を開いた。
「最近何かあった?」
…また、同じ台詞だった。数年おきに私の元を訪れるこの少女は決まって同じ言葉を口にする。
かつての黛立花がそうしていたように、馴れ馴れしくも話題を引き出そうとしてくる。
私はその問いに沈黙で解答して目線をずらし、その格好に目を遣る。
黛立花らしい背格好に、黛立花らしい振る舞い、黛立花らしい声を持つソレはやはりといったところか、黛立花を自称する。
立花と唯一違う点といえばまるで死者にかけられる純白の面布を身に着けていることくらい。
それ以外はどこを切り取っても黛立花その人だと感じる。
「…貴方は誰なの」
「黛立花だよ?」
「………また、そう言うんだ」
黛立花という少女は故人だ。もう何年も、何百年も前に…とっくに死んでいる。
確かこれが現れたのは立花の墓が都市改造なんて名目により取り壊されたその翌翌年のことだったと覚えている。
たまたま足を運んだその場所に、居たのだ。
その時は今のように面布なんか被っていなかったからもしかしたら本当に立花が蘇ったのかと思っていた。
『久しぶりだね』
恐らく、そんな事を言っていた気がする。
その時の表情は思い出せないけれど知らない人のお墓に囲まれた彼女が妙に不気味に感じた。
それからの十数年は度々顔を見せては生前のように遊んでいた。
積もる違和感や疑問を無視してでも、私は彼女が生きているという錯覚に溺れていたかったから。…でもそれは私自身のエゴだった。
違和感が形となったのは自覚してしまえばすぐのことだった。
いつものように現れた彼女は何故か面布をしていたのだ。
それが始まりだった。
ある日は声が高く、またある日は服が変だった。
ある日の彼女は自分の名前を思い出せず、この日から彼女は面布を外そうとしなくなった。
彼女が自身の名前を口にしない日はなく、そうして彼女は笑み以外を浮かべなくなった。
『その布をとってよ』
縋りつくようにした問い掛け、その返答は酷くズレていて。いかにも“違う”と感じてしまう。
『もう自分の顔も忘れちゃってさ』
その言葉を聞いてから私は彼女を黛立花だと思うのをやめた。
「うん、私は黛立花だもん…何回も言ってるでしょ?…また忘れちゃったの?」
彼女は何回もそう口にする。そうして不格好に黛立花を演じ続けている。
一体何が目的で、何を求めているのか。
その本懐だけが未だに分からずじまいで。
「………あ、そろそろ帰るね」
時間にして一時間足らず程を雑談に費やすと彼女は何かに追われるように席を立つ。
そして────
「また来るね、うん…来たくはないけど…それじゃあ、いい夢を」
よく分からないことを言って、また参道の中心を歩いてはこの神社から姿を消す。
次に現れるのはまた数年後なのだろう。
「……はぁ」
黛立花は死んでいる。なら彼女は誰なのか。
幽霊か、幻覚か、はたまた別のものなのか。
何かが目的を有して黛立花を謀っているのかも知れない。
「……未練、なのかなぁ」
分かっていてもこうして偽物の来訪を受け入れている。
その答えは明快で、単純で、愚かな自己満足。
だって私は未だに立花の影を追い続けているのだから。
次の数年後に期待を抱いている私に嫌気が差した。