31

基本的に一日をぼうっとして過ごしている。
廃れかけた小さな神社の祭神に特にすべき事なんてないのだから。
年月なんて単調で、足早に過ぎていく。
眠って起きれば数年が経っているなんてそれこそザラなのだし。
こうして無意識的に存在を保ちながら、ふと我に返った時に。
「桜華」
彼女は現れる。
面布を揺らして参道の中心を堂々と歩く、彼女の姿をしたナニカが。
「だから」
「そっか、ごめんね」
私が注意する前に一言謝って彼女は参道の縁に退いた。
どういう風の吹き回しだろうと、彼女を注視しながらも驚く内心を隠すので手一杯だった。
「なんか久しぶりだよね、最近何かあった?」
そんな視線もどこ吹く風と、気にした様子もなく私の隣へと腰を下ろした。
当然吐き出されるその言葉も今日はなぜか柔らかく、普段なら感じてしまう不快感も今は感じない。
ごく当たり前のように隣に座った彼女は、いつもよりどこか楽しそうにさえ思えた。
────ちらつく太陽の匂い。
草花や土塊、枯れ木や生木。そんな匂いばかりに囲まれていて、ほとんど他の香りなんて覚えていなかった。それでも鼻についたその香りを思い出すのに、数秒も掛からなかったのは。
「そうだね、久し振りだね」
それが記憶から掘り起こされた、彼女の匂いだったから。
「最近か…うーん、ずっと空を見てるかな」
とても久しく、彼女からの問い掛けに応じた気がする。
いつもならば、相槌さえ返しはしないというのに。
「おばあちゃんじゃんか…すっかりご老体気分なの?」
そのことに疑問も、驚きも表さず、至っていつもの調子で彼女は返答を返した。
それが酷く安心できて、戒めるべき私の心を溶かしていく。そうしてまた彼女に酔っている。
久しく思い出せなかった彼女の香りに、気分が上擦って…だから、会話に応答してしまう。久し振りの言葉に歓びを感じてしまう。その再会に、心を震わせてしまう。
「立花」
滑るように出たその名前を呼ぶのも、また数百年振りであった。
コツ、と。彼女が座り直して、革靴が朽ちた木を鳴らした。
その表情は読み取れない。口元が笑っているだけで、面布が遮って彼女の目を見ることを許してはくれなかった。
あぁ。こういう時、彼女はどんな風な顔をしていたっけ。
「立花」
「うん、なぁに?」
「…ご飯でも、食べていく?」
口をついて出たのは、そんな提案だった。確か私達はいつも、楽しく食卓を囲んでいたような気がしたから。
「…じゃあ、折角だしね」
神に召し上げられてから物を食べるということをあまりしてこなかったから、料理も随分とご無沙汰だ。
そのせいか1品作るのにもかなり手間取ってしまい、結局途中で彼女にも手伝ってもらう結果となった。
そうして二人でご飯を作りながら、またそれを食べながら、色々な話をした。
時間を忘れる程に話した訳ではない、空白を埋めるように話した訳でも、絶えず口を開いた訳でもなかった。
ただ、ずうっと前の、今日のように。
いつも通りにありふれた、ありきたりな話を繰り返した。
気付けば一時間経っていて「ご馳走様でした」の言葉と共に、彼女が立ち上がる。
名残惜しさがあった。けれど引き止める気にはなれず、せめて見送りをと一緒に外に出た。