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黛立花は憂鬱だった。毎年何かに狂ったかのように市場は甘い匂いに満たされて皆が色恋に浮かされる日、バレンタインデーが近づいているからだ。
立花自身がチョコレートを作るなんて持っての他、渡す相手さえ双子の兄に厳しく見張られる。
中学の頃はまだ運動部だったこともあってか色々と渡す人がいるからと誤魔化せたものの高校に上がってからはそういった交流は無いに等しかった。
故に誤魔化せないのだ。誰にチョコレートを渡すかを今日まで徹底的に吟味してきた。
最小人数に渡すとしても基本的に貰ったものはお返しを送らないといけないから…
「うーむ…」
登下校から他のことまで、四六時中ついて回ろうとするその兄を何とか撒き、ショッピングモールまで来たもののそもそもの滞在経験が少ないからかもう目が回り始めた。
「ちょ、チョコレート…」
傍から見れば迷子とも捉えられそうなくらいきっと私は困惑して彷徨っているのだろう。
気付けば人だかりが出来てしまっていた。
「どうしたの?」
「大丈夫?」
ど、どうしよう…売り場の場所を聞こうにもこんな人垣に阻まれていれば満足に行けるわけなんかない
「私は大丈夫ですからっ…」
ここで私の外出経験のなさが露呈してしまうわけだが背に腹は変えられない。
人垣から思い切り飛び出した。追いかけてくる複数人の足音を振り払うように、ただがむしゃらに走った。
そうしてよくよく考えたらショッピングモールでなくともチョコは買えると冷静さを取り戻した。
…それでも一度は憧れたのだ、こうしてカッコよく寄り道をするなんてことに。
まぁ結局失敗してしまったけれど。
チョコレートの甘い匂いに背を向けて走る。
「立花!」
聞き慣れたその声に酷く安心して涙が出そうになった。
子供っぽい、なんてよく言われるけど流石に寂しくて泣いてしまったなんて洒落にならない。
「…帰るぞ」
私が何をしようとしていたかなんて全てお見通しだったらしい。
知っていても言葉に出さない辺り配慮を感じる、不服だけど。
しれっと足並みを合わせてくるその姿に心配してくれたんだな、なんて思いあがる。
「今度はちゃんと連絡してから失踪するね」
「連絡してきてもそれだけはだめだ」
いつのまにか背丈は伸びて、私達は大人になった。
それでも子供の頃から未だ変わらず一緒にいる。
そうして拙い言葉を重ねて私達は繋がっている。
「迎えに来てくれて、ありがとう」
結局迷子になった私を探しに来てくれるのはいつもこいつだけだった。
…夕焼けが空を焦がす。隣に並んで見えない顔。
辿る過程は違くても、見ている景色が変わっても。
「貸し一つだからな」
「はいはい」
それでも私達は一緒に歩いている。
それだけは絶対に確かなこと。
伸びる影を踏みながら帰り道を二人で歩く。
付かず離れずのこの距離感が何故だか異様に恋しくて、離れ難かった。