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宙を舞う少女の身体、投げ出された四肢は動くことなくただ落ちていく。
数秒後に音を立てて落ちたその身体には外傷はないものの本人の意識がなく、本人が目を覚ますまで一時的に保健室に運ばれることになった。

刀也がその知らせを聞いたのは午後の授業が終わった時、昼休みの段階で“誰か”が落ちたらしい、とは聞いていたがまさか自分の妹だとは思っていなかったようで彼は珍しく焦っていた。
「立花っ!」
勢いよく保健室の扉を開く、養護教諭に咎められることさえ気に留めず、そのまま彼は見慣れた少女の近くに寄る。
彼は悲痛そうに、それでいて慈しむように彼女のことを見つめている。
「黛さんの意識はまだ戻ってないわ、かれこれもう一時間はこの状態で…」
彼が来たとて状況は何も変わらない。
誰が何処で何の為に彼女にこんなことをしたのか…漠然とした衝動に駆られる。
「んっ…」
そんな時だった。彼女の瞼がゆっくりと開かれ、ぼんやりと保健室の天井を写す。
見覚えのない光景に何度か目を瞬かせ、そして見覚えのある少年に声を掛ける。
彼女の、至って普通の行為を行った。
「…こんにちは、剣持サン」
ここにはいない誰かの名を、彼女は呼んだ。
「唐突で悪いんですけどここって何処なんです?」
誰しもが固まっている。しかしその様子に気づいていないのか彼女は勢いそのままに疑問をぶつけていく。
ショックを堪えられなかったのか目を伏せた刀也に代わって養護教諭があくまで冷静さを保ちながら答えていく。
その答えを聞くたびに彼女は疑問を浮かべ、首を傾げていた。
「ありがとうございます、詳細は理解しました。…ご迷惑をお掛けしました」
軽い事情を知っても踏み込むことなく彼女は立ち去る。
まるで今までのことは水に流すから、とでも言うように。
刀也に向けられたその視線に彼は答えることさえ出来なかった。

「私の記憶は元のままですよ、ここにいるのが誰なのかくらい解りますし」
彼女はあくまで冷静に話に応じていた。
どこまでも他人行儀に、家族だった証すら彼女は否定するらしい。
…まあそれもそうか、“そうだった”記憶すらないのだから。
「家に置いてくださいとは言いません、皆さんの気持ちもありますし」
冷酷に、それでいて残酷に、彼女は告げる。
「関わらないでください、それがお互いのためです」
今だけは、僕と同じ色をした彼女が憎い。
双子の癖して僕を全く理解していないこいつが。
「悪ふざけもいい加減にしろよ、記憶が違くても今は僕の妹だ」
思い切り胸倉を掴んで引き寄せる、勢いが良すぎたせいか僕の額と衝突する。
ゴッ、と鈍い音がなり意識が一瞬持っていかれる。
それでも僕は強い意志で何とかそれを乗り切る。
妹の頭はバカの癖して石頭だからこんな時に本当に痛い。
ぶつかったのは僕なのにダメージを受けるって何なんだか。
「あ、え…?」
目をぱちくりとさせて彼女は様子を激変させる。
何かあったのかと身構えるけどその仕草がとても見慣れたもので一気に警戒を解く。
「私、死んだかと思ったんだけどなぁ〜夢だったのかぁ…」
ぼんやりと呟いたその言葉に何故だがひどく安心した。
「心配かけんな、このバカ」
「悪口じゃんか!」
夢だったと勘違いしてくれて本当に良かった。
今日のことは水に流してやろうと決意した僕だった。