立花ちゃん、そう彼女を呼んでみれば空を見る瞳は俺に向く。
キラキラと輝く星空よりも彼女の翡翠の瞳の方が煌めいているように思える。
「ガクじゃん珍しいね」なんて答えながら彼女は楽しげにブランコを漕いでいる。
夜の人気のない公園に少女が一人、それが知り合いだったから良かったものの見つけた時はどうしようかと思った。
とりあえず、と灰くんに連絡する。そのままスマホをポケットにしまい彼女の隣のブランコに座る。
「何かあったんすか、俺でいいなら話くらい聞くっすけど」
「ん〜…何にもないんだぁ…何にもないんだけど…」
何かを彼女は思案して、その目を伏せる。
その言葉はお世辞にも歯切れが良いとは言えない、下手な隠し事だった。
「少しだけ、考える時間が欲しかったんだ…でもね、分からなくなっちゃった」
そうして彼女はポツポツとその思いの丈を吐露する。
「私のことも、あの人のことも分かんない…」
彼女の独り言の延長戦、所謂一つの呟きを聞いてみれば翡翠の瞳は俺を捉える。
「大人になった気がしたんだよ、やっと子供扱いされなくなるなって思ったのに…」
「まだ子供っすよ立花ちゃんは」
子供だからこそいいことだってある。醜いことも酷なことも知らないままでいられるんだから。
ゆっくりとその頭を撫でる。払われることなく撫でられっぱなしの彼女の髪はいつの間にかボサボサになっていて。
彼女と同じ髪色をした彼なら直ぐに止めるからこんなことにはならないんだけどなぁと笑ってしまった。
ブランコから彼女を降ろして俺の上着をかけてやる。
まだ小さな少女の身体はこの夜の寒さに耐えられないだろうから。
「子供扱いしてんの?」
数歩先を行く彼女が振り返って俺を見つめ、そして笑う。
「…冗談だよ。それに私だって分かってる…まだ自分が子供だってことも、何も知らないままでいいってことも」
たまに彼女は驚くべき二面性を見せる。
輝きを取り戻した翡翠の瞳がしっかりと俺を見据える。
先程まで弱音を零していた少女だとは到底思えなかった。
「空に、手が届きそう…このまま…星まで…」
目の前の彼女は空に手を伸ばしている。
俺の想像以上に夜が好きらしい。
そのまま俺の事なんてお構い無しに…まるで夜に溶けこむように彼女は月の光を一心に浴びる。
俺はそんな幻想的な姿にただただ見惚れることしか出来なかった。
「…何してんの?」
「え?」
「ぼーっとしてたよ、ガク」
急に何を思ったのか彼女は俺に向かって問いかけを一つ。
大人しく答えるなんて出来なくてしどろもどろになってた頃にしまっていたスマホが震えた。
「…そろそろ帰るっすか」
「そうだねぇ…」
灰くんが返信したのか、はたまた心配性な彼が俺を急かしに来たのか。
どちらにせよ彼女を帰さねばならない時間が来たようだった。
静かな夜に足音が響く、そのリズムはゆっくりになっていて。
「眠いっすか?」
「まぁねぇ〜」
おんぶするっすか、なんて冗談交じりにいえばよろしく〜なんて帰ってくる。
そうして立花ちゃんはなんの躊躇もなく俺の背中におぶさってくる。
とろんとしたその瞼は今にも落ちてしまいそうで。
ゆるゆるとした話し方はいつもより幾分か気の抜けた感じで。
だらんとした四肢はそのまま俺に支えられている。
「このまま連れ去りたい…なぁんて」
「いいよ」
ぼそりと呟いた言葉に彼女から返ってきたのは明確な反応。
驚く俺に聞こえてきたのは彼女の寝息だけ。
やっぱり寝言だったのかぁ、なんて落ち込む自分。
でももし彼女が本当にそう望んでいるなら俺はその手をとって連れ去ってしまうだろう。
他に仇なす物を障害として切り伏せながら。
…きっと死体の山を、歩くことになるだろう。
それでも、傍にいてくれるのだろうか。
自惚れそうになる心を抑えて彼女を送り届ける。
もうすぐ着く、なんて灰くんに連絡を送ればちょうどいいタイミングで彼女の玄関の扉が開いた。
「妹の面倒をわざわざ見てもらって…ありがとね」
「いやいや、感謝される程のことはしてないっすから…」
背中におぶっていた彼女を降ろして灰くんに渡そうとしたら横から入ってきた人物にそれを邪魔される。
「ありがとうございますガクくん」
最も彼からしたらこれが当たり前なんだろうけど。
「じゃあ兄さんとガクくん、僕はこのままこいつを寝かせるのでここで失礼しますね、おやすみなさい」
「おやすみっす刀也くん」
「おやすみ刀也」
多分あの様子じゃずっと起きてたんだろう。
立花ちゃんが心配だから、なんてうちの桜華も同じだけど彼も中々に心配性だ。
彼女から目が離せないという理由があっても普通なら到底飽きてしまいそうな世話を彼一人でやっているのだ。
…最早彼なしでは立花ちゃんはまともに生きられないだろう。
まあそれでも立花ちゃんのことだ、笑いながら何とかしそうではあるけど。
「もう夜も遅いしガクくんうちに泊まっていく?」
「ちゃんと帰るっすから…じゃあ灰くん」
分かったような動作をして灰くんは片腕をあげる。
かくいう俺も同じ動作をしている。
話す言葉は一つだけ、同じ言葉を言って俺たちは別れるんだから。
「「また明日」」
バイトで疲れていたはずなのに帰り道にはそんな気が微塵もしなかった。
少し騒がしさが恋しくなるアパートで俺はゆっくりテレビでも眺めながら明日の準備をするのだった。
彼女と眺めた星を思い返しながら。