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「せんぱい」
マフラーをぐるぐるに巻いた少女が俺を急かす。
「寒いっすね、この時期は」
それは一体誰を真似た口調なのか、白い息を吐きながら彼女はいつの間にか俺の隣にいて。
寒いね、なんて俺が言えばにししといたずらっ子のように彼女は笑った。
最初は冬だし夕方でも暗いから送ってあげるなんて言った。
そんな我ながらふわふわとした彼女と一緒に帰るための口実。
バイトのシフトがたまたま被ってこうして一緒に歩けているんだから万々歳なんだろうけど。
明那からはなんて言われるだろうか、抜け駆けだ!とかあいつの場合言いそうだけど。
こればっかりはしょうがない、あいつは同じ学年で顔を合わせる機会は俺なんかの比じゃない。
俺は学年も違うしもう卒業もする、彼女との僅かな繋がりが絶たれようとしているのだ。
少しくらい大胆に無理やり隣に並ぶことくらい許されてもいいはずだ。
「おでんの季節……コンビニ寄りませんか」
いいね、なんて軽く答えれば彼女は少しムッとして、しかしその表情をすぐに嬉しい顔に切り替えて俺をコンビニまで急かした。
知っている、彼女が俺の軽薄なこの性格をよく思っていないことだって。
それでもえこひいきせずちゃんと俺を見てくれるのも彼女だけだって。
『せんぱいは優しい人です、薄っぺらでもなんでも…それだけでいいんじゃないですか』
面倒なことに巻き込まれた時、彼女はたった一度会っただけだったのに俺を庇ってくれた。
彼女がお人好しでそういう喧嘩を買うタイプだって知らなかった俺はただ好きで借りを作っているのかと勘違いした。
だからきつく当たった、酷いこともだいぶした。
それでも変わらず…まあ少し面倒くさそうな顔はしてたけどそのまま接してくれた。
彼女の前でだけ俺は等身大の不破湊でいられた。
嫌な猫かぶりも、接待も、作り笑いだって彼女は何だって見抜いて、その上で俺と一緒にいた。
ちゃらんぽらんな俺はそうして彼女と出会ってしまった訳だ。
毒のように回り込む彼女を思う気持ち。
彼女にその思いがないことも、知っていた。
いっそのこと彼女が別の誰かを好きになってしまえばいいとさえ思えた。
それでも嫌いにはなれなかった。
気付けば彼女に惹かれて、また傍にいる。
単なる先輩と後輩でも、バイトの同僚でも。
彼女が俺に声を掛けてくれるならそれだけで良かった。
「肉まんとあんまん…どっちもいい…悩む…」
意を決した彼女がレジに並んだ。苦渋の表情で肉まんを買った彼女は少し悲しそうな顔をした。
そういえば、と彼女のお小遣いがカツカツだと言っていたのを思い返した。
はい、なんて俺があんまんを差し出せばその表情はぱあっと花が咲いたように綻んだ。
…この表情が俺は堪らなく好きだった。
表裏のない、純粋で清廉で無知な…黛立花という少女だからこそ出来る表情だと思った。
彼女だからこそ俺も安心していられる表情だった。
「せんぱいにもあげます」
はい、と差し出された肉まんには彼女の食べた跡が見える。
何だか事案みたいに思えて俺はその肉まんを半分にちぎって彼女に返す。
やっぱせんぱいといると飽きないです、なんて笑う彼女の姿が愛おしくて。
周りの寒さなんて気にならなかった。