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「おはよう」
俺を見て優しく微笑んだ黛、周りを見ればとっくに人なんていなくて。
窓からは夕日が差し込んでいた。
「…は、お前何でこんな時間まで…」
「ヒムが寝てるなんて珍しいからつい」
起こせばよかっただろ、なんて俺が言えばヒムはいっつも私をギリギリまで寝かせてくれるからこれでおあいこだよなんて返ってくる。
全然、おあいこなんかじゃない。
俺は寝顔を見るなり授業の傍らで黛の相手をしているのに、こいつはわざわざ俺を起こさずに放課後までずっといた。
「帰ろう?」
いつの間にか鞄の準備をしていたようで黛は俺を待っていた。
「黛サ…刀也サンは?」
「ん…刀也ならもう帰ったよ」
マジかよあの人、てか黛の言った感じだと俺を待ってることに気付いて置いてきた感あるんだよな。
「ヒムに送ってもらえーって言われたんだけど流石に一人で帰れるし…でも途中までなら一緒でいい?」
「いや、そんくらい俺が送るわ」
家の方向が逆なわけでもないし俺に何か重大な用事があるわけでもない。
黛の方もあの兄が俺といることを分かってるんだったら大丈夫なんだろ。
「その時エビオがさ!」
帰り道の途中でも嬉しそうにたくさんの話をする黛。
普通なら簡単に終わる話題にもわざわざ答えたくなる辺りこの珍しい帰り道が楽しいんだなと気づいて。
「そりゃ馬鹿だろエビさん」
「だよねー」
どこまでも楽しそうに笑う黛の顔がいつもより強く残る。
帰り道を一緒になんて滅多にないことだとは分かってる。
…少しだけ遠回りをして、この時間がもう少し続けばいいのにと願った。
「私の家こっちの方だから…じゃあねヒム!」
「あー…」
引き止めようとした腕を引っ込める。
…まだ俺は隣の席という距離感に甘えてる。
席が変われば離れる、不確かな…それでいて誰よりも近い距離に。
…夕暮れが影を伸ばす、そうして重なることなく離れていく。
また明日学校で、なんて実にありきたりなことを告げて別れた。
それでもあの翡翠の瞳が、夕暮れに俺の顔を見て微笑むあいつの顔が。
焼き付いて、忘れられそうもない。