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【あなたの手を引く】
「メリー…」
大丈夫だから、そう僕は言って…悲しそうに笑う立花を急かした。
辛い選択をさせたことは重々承知だった。
それでもそれ以外を考える余裕なんて僕達にはなくて、そのまま突っ切ってここまで来てしまった。
今更戻ることも、ましてや止まることさえ許されない。
…駆け落ち、この御時世に聞くことのない話かも知れないけど僕達は現にそれをしていた。
僕にとって性別という概念は流動的なものだ。
良くも悪くも中性的だしどちらにでもなれる。
だからこそそんな僕を一定数よく思わない人がいることは知っていた。
立花と付き合うと決めたのは完全にそんな僕の意思だったしそんな彼女が求める僕になろうと決意したのだってその日から。
叩かれる陰口、密かに振るわれる暴行、ほかにもたくさん。
…もちろん嫌がらせだと分かっていた。
それでも立花はそんな事情にさえ嫌な顔をしてメリーが傷つくのは見たくないなんて言っていたっけ。
結局僕はそんな批判の声に負けてしまったのだ。
そして哀れなことに僕は彼女を連れてこうして様々な問題から逃げ出している。
「ごめんね、僕のせいで巻き込んで」
「覚悟してたから、メリーと会って恋をした日からずっと…」
何かを決意した立花の表情には悲しさなんて微塵も見えなかった。
ただ変わらない無邪気な笑顔が僕だけに向けられている。
おずおずと抱きしめる、彼女の存在をちゃんと確認したくて。
「大丈夫、私は平気だよメリー」
迷惑を掛けないようにと最大限に僕を気遣った言葉が彼女の口から零れる。
…うれしい、けど…心苦しくてたまらない。
彼女が笑う度に僕の心は締め付けられる。
…なんてこと言わせてるんだよ、僕が幸せにするって決めたのに。
苦労ばっかり背負わせて、悲しそうな顔だってさせて。
後悔させないなんて所詮は口だけじゃないか。
結局はいつ離れていくかもわからない蝶を毒で絡めとっているだけ。
彼女の興味を引けている今だからこそ幸せだけど明日は変わってしまうかもしれない。
移ろいやすい彼女をどうにか僕の隣に留めていたくて、それでも失敗ばかりで。
「望むならずっと一緒にいるから」
静かに抱きしめ返される。そうして直に感じる彼女の体温、鼓動の熱量。
「このまま一緒に逃げちゃおうか」
僕の考えこそ間違いだったと知った。
彼女はいつだって僕と同じことを考え、同じ世界を見ていた。
…そう思っていなかったのは僕だけで。
駆け落ちなんて非常識だなんて誰かが笑った。
笑いたいなら笑えばいい、僕達の幸せの形が人と違うことなんてとっくに分かってる。
繋いだ彼女の手の温もりをしっかり噛み締めて。
今日もまた彼女の手を引く、隣に立つのはこの世界でもう僕しかいない。
そうして僕達はこれから何にも縛られず生きていく。
それが何よりも望んでいた、僕達の自由だった。