94

街に傘の花が咲いた。雨粒達が地面に当たって踊る。
リズミカルに奏でられる雨音に流れていく人の波。
「帰るぞ」
少し大きめの傘に押し込められて帰宅の途を辿る。
身長が少し高いからと、傘の柄は兄が持つのが仕事。
今更濡れたってなんの気にもならないのにわざと濡れようとすれば酷く怒られる。
傘を忘れたくらいで怒らないでほしいというのが正直な本音なのだけどそれを言うのは野暮だろう。
水溜まりをぱしゃりと踏めば眉をひそめられる。
「晴れたらいいな」
それは純粋な願い、雨が降らなければ兄はこうしてここに来なくてよかったのだから。
そして早くこの雨が止めば兄は私と一緒に居なくても済むのだから。

「晴れたらいい」なんて妹が呟いた。
傘の中で近付いた距離が離れる気がして、それでも言い出せなくて。
僕は知っている、この雨が所詮通り雨で時間が経てば止んでしまうものだと。
「ねぇ、」
妹に袖を引かれて意識をそちらに向けた。
「少し遠回りしようよ」
それ程までに僕は露骨だったのか、妹の反応を見ればそれは明らかで。
それでも余裕がない僕は大人しくそれに頷くことしかできなかった。
強まっていた雨の勢いはいつしか鳴りを潜めていて。
周りを見れば傘を差している人なんてほとんどいない。
「刀也にはまだ私が必要だもんねー」
変な遠慮をするこの妹はまた何か勘違いをしたらしかった。
それでもその表情は晴れやかで、澄み渡っていた。
「一緒にいてあげる」
思い切り傘から飛び出した妹、伸ばした僕の手はすり抜けることなくそのまま届いて。
持っていたはずの傘が僕の手から滑り落ち、水溜まりにあたって音を立てる。
「帰ろ」
傘を差しているときよりも遥かに近づいた距離、手を引かれてそのまま進む。
ふと昔に戻ったかのような錯覚をして。
「虹じゃん、やばー」
…あと何回こうして隣で笑えるだろうか。
知らぬ間にもう隣がいるのかも知れない、それでも。

「明日も一緒に帰ろうよ」
「そこまで言うなら帰ってやるよ」
「うっわ…性格悪いなぁ!」
雨上がり、居場所はやっぱり君の隣。