キレイな制服を身に纏いながら、その紫紺の髪は揺れた。
「んでまじでさー」
太陽を彷彿とさせる快活な表情がその端正な顔に浮かんではコロコロと変わる。
僕は彼女の名前すら知らない、ただ最寄りの駅が同じだけの知人ですらない。
それでも彼女に恋をした。
彼女と登校時間が被った。
いつも彼女は少し背丈の高い男と一緒に歩いている。
姿形があまりにも似すぎている、その癖して異常に距離の近い男と。
今日はいないようで彼女は一人歩いている。
「…大丈夫ですか」
その瞳が輝くような翡翠だったことをその時初めて知った。
鈴のような声が耳に残る、振り返った彼女の瞳が僕を捉えて。
…そして意識が途絶えた。
知りない人に声を掛けるなとはよく言われるけど流石に目の前で体調の悪そうな人を放っておける程私は冷酷になれなかった。
声を掛けたときその人は安心した表情をした、それが酷く気になった。
まるで知り合いを見つけた時のように、その表情が緩んだ。
体調が悪い時は不安になるなんてよく聞くけど、私はこの人を知らない。
制服くらいは見たことある、この近辺にある少し頭の良い高校。
失礼して生徒手帳を見たけど実は知り合いでした、なんてこともなくて。
とりあえず近くの病院に連絡をする、ついでに兄にも。
家族への連絡は避けた、急に知らない奴からの連絡なんて普通あっていいものじゃないだろう。
それに家族と仲が悪かったりした時も面倒臭い、後々この人が起きたときに連絡してもらえばいいだろう。
「この方との御関係は…」
「知り合いです」
咄嗟についた嘘、よくよく考えたらそんなことすぐバレるのに。
誰もそれには詳しく突っ込まず私をそのまま病室に案内した。
「貧血だって、安静にしてなよ」
「君、学校は…」
「どうせ遅刻だし今日はやめた、別に気にしなくてもいいよ」
はためくカーテン、彼女の髪もふわりと揺れた。
「あ、」
突然彼女が声を上げた、驚いた僕のことなんか気にせず彼女はそのまま続ける。
「夕焼けだ」
カーテンから差し込む夕暮れに彼女はその目を瞬かせた。
「今度お礼を…」
「いいよ、体調管理はちゃんとして欲しいけど多分もう会うことないし」
分かりきっていた、所詮僕は知らない奴なのだから。
それで知られたくもないしどうせ僕も時が経てば忘れるのだ。
「じゃあ最後に君の名前が知りたい」
その驚いたような表情も、見たことのない顔で。
新しい一面を知ったと同時に忘れないといけないことに酷く苦しくなった。
「黛立花…漢字の説明が難しくて出来ないけど」
不思議な彼女の纏う雰囲気、遠くなっていくその姿。
…決して届くことはない、これから僕は彼女のことを何一つ知れないまま。
叶えられる程の距離にさえいない僕は好きになる権利すら初めから持っていなかったと言うのか。
…それは初めての恋だった、そして初めての失恋だった。
どこまでも淡く透明な恋心は遠すぎる空に手を伸ばしても届くことのないまま落ちて。
それでも、僕はこれからを歩いていく。
君のことを忘れて、生きていく。
「大好きだったよ」
初めて名前を呼んだのはこの気持ちが叶わないと知ってから。
止まることのない涙と消えることのない感情を抱えながらも僕は君の幸せを願うよ。
それが知らない人だった僕から君に出来る唯一の感謝の証だから。