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「…何してんの」
それは僕に言った言葉か、はたまた大多数の見て見ぬフリをした人々に向けた言葉か。
「驚いた、イジメとかまだあるんだねぇ」
彼女のことを僕は知っている。優秀過ぎるあまりに多くの生徒から畏怖され、敬遠されている存在。
そんな彼女が僕のことを…というか僕を取り巻いている環境に首を突っ込んでくるとは思わなかった。
大体のαは僕のことをこうやって虐めるか辱めるか、それか無視するか。
誰しもが心の奥底で軽蔑し、愚弄している。
「これは違うんです、話し合いで…」
「ただキンレンカさんに反省してもらおうと…」
必死に取り繕う人々、彼女は感心したようにふぅん、なんて零す。
どうせこの人も変わらない、そこらのαと同じだろうに。
「馬っ鹿じゃない?自分達が上位に食い込めなかったからって嫉妬してさ…恥ずかしいと思わないの?」
きっぱりと、彼女は吐き捨てた。
そしてその手を輪の中心にいる僕に伸ばして。
「ほら、行くよ」
戸惑う周りの奴らを置き去りにして彼女はそのまま僕の手を引く。
その手を掴んだつもりは無かったのにいつの間にか彼女と行動を共にしている。
「…僕を、どうするつもりなの」
「どうって…私をアイツらと同じように見てるみたいな言い方しないでよ」
「ごめん……ありがとう」
「私はただこの学校の生徒として然るべき行動を取っただけ、別に感謝される筋合いはないよ」
その姿は何処までも高潔に、そして何処までも凛々しい。
他の生徒を寄せ付けない彼女の力はそういう所なのかも知れない。
「はい、ここら辺は人通りも少ないし安全だよ」
おもむろに彼女は掴んでいた僕の手を解放した。
緩く繋いでいたからか痕なんて一つも残っていない。
普通に手を掴めばそれは当たり前のことなのに僕にはそれが凄く新鮮に思えた。
「次からは他の奴らをあんまり刺激しないようにね、どれだけ弱っちい奴らでも束になると多少騒ぎだって大きくなるから」
じゃあね〜とそのまま彼女は何処かへ消えてしまう。
感謝の言葉一つ、真面目に受け取らずに。


「噂になってたぞお前」
「まじ〜?やらかしたかもね、流石に」
ケラケラと笑いながら人の部屋で呑気にゲームをするこの妹。
何度目障りだと追い出しても次の日にはまたケロッとしているものだからもう諦めた。
「本当にやる気なのかよ」
「当たり前だよ、そのためにこの学校に入ったんだから」
偏差値トップレベル、入った時点で華々しい人生を確約されたこの学校で妹が何を成そうとしているのか。
…僕だけがその一端を知っている。
「α至上主義の廃止なんてそんなの…」
「おかしいって?…αなんて所詮ある一面で優秀なだけだよ」
僕はずっとこいつに憧れた、いつか超える為に努力し続けていた。
それでも伸ばした僕の手は妹の背中にさえ届くことはなかった。
いつだってこいつは僕より遠くにいる。
隣にいたって何を考えてるかなんて全く理解出来ない。
「実際私より刀也の方がよく頭回んじゃん」
またこいつは僕の知らない所に行くつもりだろう。
そうやって僕の手の届かない場所まで。
「…やべ、次の授業は休めないんだった」
僕達の間に広がった差をこいつはきっと知らないままこれから生きていくんだろう。
僕が憧れていたとしても、何も思っていないように。
「とっとと行けよ、遅れたら僕が何を言われるか…」
「…分かってるって」
だから僕は妹が嫌いだった。
好きな物を好きだと素直に言える妹が、嫌で嫌でしょうがなかった。
昔はそうやって比べられてばかりで、それでも一度も勝てなくて。
大きくなれば二人は違うからと離された。
そうやって立花はαだからしょうがないと向けられた他人からの憐憫が嫌いだった。
それすら言い出せない無力な僕が、僕は一番嫌いだ。