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忘れ物をしたから取りに帰った、下校時刻間近の教室。
見慣れたあの子がいつもの席でカッターを持っていた。
おもむろに、それでいて慣れた手付きでそのまま袖口に…腕にそれを当てて。
ツゥ、と血が流れた。とても痛そうだった。
見ていた私がそう思うんだから実際痛いんだろう。
慣れてるんだったらもう感じないのかな、それでも。

「…何、してんの」
聞こえた彼女の声は震えていた。
見えちゃったか、そう思って申し訳程度に微笑みかける。
「…ちょっと来て」
あくまで切っていない方の手を柔く掴んで彼女は私の手を引いた。
…彼女になら怒られてもいいと思った。
彼女相手なら、何をされても良かった。
「滲みるかも知れないけど我慢して」
ズカズカと保健室へ入って彼女はそのまま私を座らせた。
そうして使い勝手を知っているのかすぐさま包帯と消毒液を取り出して処置を始めた。
お世辞にも上手とは言えないけどそれが彼女なりの気遣いだと言うことは十分伝わってきた。
「…無理に聞く気は無いけど、話くらいならいつでも聞くから」
歪な包帯、香る消毒液の匂い。彼女の、稀に見る優しい声色。
ポツリと零した言葉に彼女は優しく反応を返してくれた。
それは全て、私が求めていた言葉で。
「…よく頑張ったね」
彼女の温もりだった、いつしか私はその腕の中に抱かれていて。
漠然とした気持ちが、微かに満たされた気がした。

あの日から彼女はしきりに私のことを気にした。
「あの傷、跡になってないよね」
綺麗に巻いた包帯を解いてやれば上出来、と返ってきた。
彼女は不器用だから包帯を巻くのも下手くそだったけれど私は慣れてしまったからすぐに巻けてしまう。
彼女の歪な巻き方が私はすごく好きなのだ。
「はぁ?巻いてほしい?…バカにしてんの?」
ムッとした表情を向けられるけど彼女は優しい、頼めばやってくれることは分かってる。
「自分の方が上手く巻ける癖に…こんなの嫌がらせだよ」
また歪に巻かれた包帯、それを見て私は嬉しくなった。
これで彼女に繋ぎ止められている気がするから。
「またあんなことしたくなったら絶対言って」
翡翠の瞳がギラリと私を捉えた。
ズキリと痛んだ腕の傷なんて気にならなかった。