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土曜日の午前6時半、この曜日、時間帯に似合わない私がゾンビのように家に向かい歩いていた。
残業終わり、会社で仮眠を取っていたら終電を逃してしまいそのまま始発で帰ってきた。
悲鳴をあげる足腰を物理的に殴りつけて自宅に続く最後の上り坂を登った。
この道の中腹、駅から徒歩圏内、築年数のまだまだ浅いアパート。
「お姉さん、大丈夫っすか?」
私を覗き込むお兄さん、ものすごく整った顔立ちをしている。
何だか現実感が無かった。倒れた衝撃から未だに目覚められていないようだ。
「迎えに来れそうな家族の人とかいるか?その様子じゃ帰るの大変だろ?」
「あ、いや…家がすぐそこなので大丈夫です」
「そうか?じゃあ心配だしお姉さんの家まで送ってくぜ!」
「いえ、ほんとに大丈夫ですから!」
立ち上がろうとして膝の痛みに邪魔された、コンクリートに打ちつけた時に怪我したらしい。
またバランスを崩した私をお兄さんは心配しながらも支えてくれた。
「あのさ、俺の家もこの近くなんだけど、膝の手当てだけでもさせてくれないか?家の中まで入らなくてもいいから!」
そこからお兄さんは強引だった、私が了承すると肩を貸してくれた。

「まさかお姉さんと俺の家がお隣さんだったとはねぇ」
「知らなかった…隣に人がいたなんて」
「こっちのセリフっすよ!」
ポケットから鍵を取り出した彼は、見慣れた自宅の隣の玄関にそれを差し込んだ。
早朝に家を出る私と生活リズムが合うとも思えないのでお互い知らなくても無理はない。
扉が開くと、奥からいい匂いがする。朝ごはんの時間帯だもんなぁ。
誰かが作っているんだろうか。彼女さんとか?そうだったとしたら朝から申し訳ない。
「ゆっくり下ろすから、玄関で悪いけどちょっと座って待ってて、救急箱取ってくる!」
「わかりました」
スリッパをパタパタ鳴らしながらお兄さんは奥へ走っていった。
…どうしてこうなった、自宅より何倍もオシャレで明るい玄関に座りながらため息をこぼした。
「まだ少し血が出てるな…」
救急箱を準備してくれたお兄さんは手際良く傷の手当てをしてくれた。
「じゃ行くっすか」
「え?どこに?」
「朝ごはん、準備出来たんで!」
どうやらお兄さんは朝ごはんの支度最中だったらしい。
食材の買い出し帰りに私を見つけたらしく既に私の分のご飯も用意してあるらしい…なぜ?
「いやいやいや、そこまでは本当に迷惑になるので帰ります!!」
「え、お姉さん帰っちゃうんすか?」
しゅん、と効果音がつきそうな様子で落ち込まれた。
「迷惑じゃないですか…?」
「そんなことないっすね!お姉さん仕事帰りみたいだったし帰ってからご飯の支度するの大変だと思って…」
「…じゃあ、お言葉に甘えていいですか」
「もちろんっすよ!」
怪我人は座って待っているべし、なんて怒られて配膳の手伝いもさせて貰えなかった。
ほかほかと湯気をあげる美味しそうなご飯達、誰かと食事を一緒にするのは久しぶりだ。
これ程までに食事に感謝したことはあっただろうか。お兄さんには感謝してもしきれない。
普段なら疲れ果ててご飯を食べることもせず眠るだけだというのに。
「じゃあ、いっせーのーせ!」
お兄さんが手を合わせたのを見てそれに倣う。
「「いただきます!」」