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すり抜けていく、その瞳に俺は映っていない。
いつだって何にも縛られていないその姿を羨ましく感じると同時に奪いたいと思う。
それ以上になりたいと望んでいても関係性を壊すのが怖くて、結局先に進めないまま。
「いっそのこと付き合っちゃう?」
いつかの桜華の言葉が離れない、あの時は冗談にして流した言葉も今となっては深く考えてしまう。
そうやって変な同族意識が背中を押して、またいつもの挨拶をする。
何度目かも分からない言葉、前も聞いて勝手に安心して。よく考えたら何も進めていなくて。
誰が好きなんだ、どうして好きになったのか。ごちゃごちゃになる。
「あ、え…イブラヒムくん?」
泣いている桜華を見つけたのはそんな時期だった。俺自身がどうしようか悩んでいる時。
このまま恋心を抱いているべきか、全てを殺すべきか。
「なんで、泣いてんの」
「はは…ごめんね、ゴミが目に入っちゃって…」
だから、初めて桜華の話を聞いた時に強いなと思った。
俺なんてただクラスでたまたま隣の席になっただけ、そうじゃなかったら多分一生好きにならなかっただろう。
これが桜華の強がりだってのも分かっていた。付き合いは短いけどその分関わりは深かった、と思う。
「刀也サンに何かされた?」
「ううん、刀也くんは何も悪くないんだ、ただ…うん、私が悪かっただけ」
原因はやっぱり黛で、どうしたって俺たちにはその名前が付き纏ってくる。
兄の方にしたって桜華のこと大切に思ってるだろうに、何泣かせてんだよ。
「…そんな奴やめてさ、俺にしない?」
咄嗟に口に出た言葉、否定する気にはなれなかった。
多分、これが俺の本心なのだ。
桜華が泣いている姿を見て怒りを覚えるなんて前はなかったのに。

全てが遅かった。気付いた頃には僕の前から彼女が姿を消していて。
ずっと隣にいるはずだった、不確定な未来を信じすぎて、蔑ろにして。
「…お前はいいのかよ」
「ん〜?幸せそうだしいいんじゃないの?」
気付いていた恋心を隠し過ぎた僕と、何も知らないまま終わってしまった立花。
もう少し早く気付けていたら、あの涙を、あの日の誤解を解くことは出来たのか。
…もう、僕には関係のない話だが。