桜、仄かな痛み

「まゆずみぃ〜」と間延びした特徴的な声がする。
「はいはい、なんですか椎名先輩」
その声に呼ばれて扉に向かう彼。
最近、いつもそうだ。扉の前では、楽しそうに笑い合う二人。
ひまちゃんとえらちゃんとなんでもないように話すが、
その実、心の中は少し、ざわざわする。
「桜華ちゃんどしたん〜?」
「ん〜?今日のご飯も美味しいなぁって思ってたの。
兄さんの卵焼き美味しいんだよ?今日はだし巻きだった」
と、誤魔化せば、
「そか、桜華ちゃんのお兄さんは料理上手やもんなぁ…えらちゃん、教えてもらったら?」
「はぁ〜??別に下手じゃないです〜向いてないだけです〜」
と駄々をこねるえらちゃん。面白くてふふっと笑っていると。
「なぁ、アンタがまゆずみの幼馴染なん?」
突然、近くで聞こえる声。
後ろを向くと椎名先輩が立っていて、黛くんは「あ、ちょっと、おい」と慌て気味。
「え、一応、黛くんと立花の幼馴染…だと思いますけど…?」
「ふーん…お前、黛くんなんて呼ばれてんの〜?妹名前呼びなんに〜w」
と刀也くんをからかう椎名先輩。
「別にそんなのどうでもいいでしょう…僕だって社って呼んでますし」
「ふーん…そーいや、幼馴染ちゃん名前なんて言うん?」
「へ、社桜華です…」
「桜華ちゃんかそっかそっか。かあいらしいなぁ。なぁ、その卵焼きひとつくれん?」
とねだられたから椎名先輩の口元に卵焼きを運ぶ。
「ん、だし巻きかぁ、おいしいなぁ…ありがとうね」と
椎名先輩に優しく頭を撫でられる。されるがままになっていると、
刀也くんが「その辺にしてください。社が困っていますから」と助け舟をだしてくれた。
別に撫でられるのは嫌いじゃないから、
そのままでも、と思ったけれど刀也くんは良くないらしい。
私と椎名先輩の間に入ると、
「ほら、そろそろ教室戻ったらどうです?月ノ先輩か樋口先輩呼びますよ」と
椎名先輩を追い出していった。
椎名先輩もされるがままで、最後に私の方を見て
「そんじゃ、またな〜桜華ちゃん」と言って教室に戻っていった。
「嵐みたいな人やなぁ〜」と感心してるひまちゃんと
「え、何また変な人に気に入られてない?」
と面白がっているのか心配してるのか分からないえらちゃん。
結局何だったんだろうか。お弁当の残りを咀嚼していると、
椎名先輩を追いやったのか刀也くんがこっちに来た。
私の前に来て、「あ」と口を開ける。
とりあえず、残っていた甘い卵焼きを彼の口に入れる。
「ん、甘いやつですね。砂糖、もうちょっと減らしたほうがいいんじゃないんですか?」
「そうなんだよねぇ…今日、ちょっと入れすぎちゃった…」
「まぁ、立花が好きそうな味ですよ。美味しいですし」
「でも、甘すぎじゃないかな…おかずとしてはちょっとかな…」
「それより、そっちのおかずくださいよ」
「え〜……これはダメ。絶対にダメ。」
「御伽原が食べてたの見ましたよ」
「えらちゃん…!?」
「え、あー…桜華のおかず美味しくて…」
「もー…これあんまり上手にできなかったから私が食べようと思ってたのに…」
「いいじゃないですか、少しくらい」
「刀也くん、自分のお弁当あるでしょ……」
「あれじゃ足りませんって、運動部の男子高校生舐めないでください」
「叶さんにお弁当箱大きくしてあげてくださいって言っとくからね…」
「それはやめろ」
「まぁ、いいや…はい、刀也くん」
初めて作ったおかずを彼の口に運ぶ。えらちゃんは美味しいと言っていたけど、これ少し味が染みなかったからもっと練習しようと思っていたのだ。
「普通に美味しいじゃないですか、何を失敗したんです」
「思ったより味が染みなかったって感じかな…薄味でこれはこれで美味しいんだけどね」
「あー…なるほど。でも僕はこれくらいが好きですね」
「そう、それなら良かった。そろそろ、叶さんのお弁当食べた方がいいんじゃない?結構、時間経っちゃってるし…」「あ〜…まぁ、そうですね。僕がいたら出来ない話とかもあるでしょうし、邪魔者は退散しますよ。あ、今度の夕飯その煮物作ってくださいよ。また食べたいので」
「ん、献立に入れとくね」
そう言ってちゃっかり次の夕飯のリクエストをして自分の席に戻っていった。
「は?幼馴染ってそんなこと普通にすんの?」
えらちゃんの第一声はそれだった。
「え、なんかあった?」
「いやいやいや、教室で何あーんしてんの?付き合ってんの??」
「付き合ってないって!えらちゃん?!?」
えらちゃんの言葉で今まで気にしてなかった教室の様子を見る。…みんな私と刀也くん見てませんか…うぅ…刀也くんのばか…普通に家と同じ感じで来るから…
「ちがうの…刀也くん……黛くんがしれっとしれっと来るから…家と同じ感覚だったの…」
「いやいや、は???家では普通にあーんしてんの??まじ??ひまちゃん、こいつらこれで付き合ってないとかほんとにやばくない??」
「んー…ひまちょっとよくわかんないかなぁ…」
「いや、してない!!してないよ!!!味見、いや、毒味!!毒味の時!!ひまちゃん何も無いからそんな顔しないで……」
「まー、ひまはね、仲がいいならそれでいいと思うよ。うん」
「そうだねー(脳死)」
教室の生暖かい視線に耐えられず、「飲み物買ってくる!」と赤くなった頬を抑えながら自販機に向かった。
「あれー?桜華ちゃん、財布置いてってるくない?」
「あれ、ほんとじゃん」
「顔冷ましにいったんやろー」「そりゃそうか」そんな会話をするお昼休みの終わり。

「あれ、黛どこ行くの?」
「別に、トイレに行くだけですけど」
クラスメイトに声をかけられ、なんでもないように言う。向かう先は、自動販売機で、自動販売機の前で「あ、お財布…」と落胆の声が聞こえた。
「どれ飲むんです」
僕の声にびっくりしたのか、肩を震わせて驚く桜華。
「とう…んん、黛くん…どうしたの?」
「財布持ってくるの忘れたバカに飲み物買ってやろうと思っただけですよ」
「えぇ…わざわざいいのに…」
「まぁ、僕も飲み物買いに来たついでに買ってあげるってだけですよ。どれ飲むんです?」
「んー…麦茶かレモンティーて迷ってて…」
「へー」その二つを聞いて僕は硬貨を入れて迷わずレモンティーのボタンを押して彼女に渡す。「別に大して変わらないんですから好きなの選べばいいんですよ」
「そっか。…そっか。」
何かを噛み締めるように、そう言って「ありがとう」と笑顔で言う彼女。その綺麗な顔を、例え同性で先輩の彼女に知られたくないと思ってしまった。あーあ、クラスで恥ずかしいことしたなという自覚はある。それでも、牽制くらいにはなるだろう。予鈴が鳴り響く廊下に仲良く並んで教室に戻ったのだった。

2020/09/17