華を吐く、命散りゆく

それは突然だった。
ケホッケホっと軽い咳をする。
ふわりと抑えていた手に乗る花弁。
紅い小さな小花のような…
花火のような細く美しい花。
この部屋に、花は飾っていない。
混乱する頭と込み上げてくる、不快感。
大きな咳とヒューと喉の音。
両手で押えた口元には、さっきの花。
認めたくなかった。
有り得ないと思っていた。
──花吐き病。
正式名称は嘔吐中枢花被性疾患と言って、
この病気は…この、病気は、恋をする人しか発症しないという奇病だった。
嫌でも、自覚しなければ、認めなくちゃ、
自分の中で隠していた想いが、
今にも張り裂けそうで、
今にも溢れてきそうだった。
あぁ、でも、私、きっと死んでしまう。
部屋のゴミ箱に顔を突っ込んで、
嗚咽と涙と色んな体液が
私の顔とゴミ箱を汚した。
「桜華〜朝ごはん出来たっすよ〜」
呑気に私を呼ぶ兄さんの声。
胃液なのか、花なのか分からない物を
吐き出して、なんでもないような
いつもの声を出そうとした。
「ァ、後でいく」
喉はヒリヒリと痛んで、顔はぐちゃぐちゃ
ゴミ箱には花弁が綺麗に、
無惨に、散っている。
タンスの中のタオルを引っ張って顔を拭いて
鏡で表情を作る。
ああ、大丈夫、いつもの私。
髪をとかして、ゴミ袋の口を縛って兄さんが待ってるリビングに降りる。
「桜華、珍しく遅かったけど大丈夫っすか」
「ちょっと寝ぼけてただけだよ」
「それなら良かった、お弁当そこに置いてあるから鞄にちゃんとしまうんすよ」
「はーい。いつもありがとう」
先に家を出る兄さんを見送って、
自分の朝食を食べる。
けど、喉に詰まって、
上手く飲み込めなくて、食べれなくて、
また、頭がぐるぐるしてきた。
心配そうなむぎが私を見ていて、
「お姉ちゃん、大丈夫?具合悪い?」
「ううん、ちょっと食欲無いだけ。
先に片付けちゃうね。夕飯辺りに食べるよ」
「そう…?じゃぁ、むぎが食べ終わるまで待っててね!」
「うん、ソファに居るから」
兄さんのご飯を美味しそうに頬張るむぎを
後目にソファに雪崩込むように身を沈める。
明らかに、症状が重い気がする。
吐き出した花の入った袋はキツく口を結んでゴミ箱に捨てたから誰も触ることも無い。
誰も、私の花に触らせない。
苦しむのは私だけでいいし、
伝染っては大変だから、
私ひとりでどうにかしなくちゃいけない。
朧気な記憶を頼りにするならば、
この不毛な病を完治させるには、
この恋を実らせないといけない。
…両想いにならないと、治らない。
「ほんとに、不毛だなぁ…」
自分を嘲笑うかのような自虐。
閉じた瞼の裏に焼き付く、
花火のようなあの花。
あの花の名は、なんというのだろう。
図書室の植物図鑑でも見ようと思った。
「お姉ちゃん、行こう」
ご飯を食べ終わったむぎの声。
「ん、リリちゃんもそろそろかな。じゃあ、いこうか」
鞄を肩にかけて、むぎと一緒に「行ってきます」と言って、学校に向かう。
途中まで、リリちゃんとむぎと行って別れ、
学校までの一人の道のりを歩く。
こんな時に限って、刀也くんと
同じクラスであることが憎らしいと
思ったことは無かった。
想いが溢れてしまいそうで、
伝えたくない、知られたくないこの気持ちが
知られてしまうのが怖かった。
私はただの、きっとただの幼馴染でしか、
ないのだから。
教室につくと、
やっぱりそこには刀也くんしか居なくて
ああ、何処かで暇を潰してくれば良かったと後悔をした。
私に気がついた刀也くんは、
「おはようございます」
といつものように言って、私も
「おはよう」と返して席に着いた。
教室で二人きりなんて耐えられる訳もなく
図書室へ向かおうと思って、
教室を出ようとすると、
「何処へ行くんですか」と追及する声。
「図書室に行くだけだよ」素直に応えると
「じゃあ、僕も行きます。」
ああ、裏目に出たかな。
一緒に図書室まで向かうこの道のりが
嫌に長く感じて、早くつかないかなと
ずっと思っていた。
誰もいない、ひんやりとした図書室につくと
「何を読むんですか」
って刀也くんに聞かれた。
今更隠すこともないから私は素直に
「植物図鑑」
「ほー新しい花でも植えるんですか。園芸部は」
「まだ検討って段階だよ」
彼の話題に乗っかって誤魔化す。
活字が苦手な彼が図書室に
居るのは不思議な気持ちだった。
私の向かい側に座ってずっと私を見る刀也くん。私はそれに気にしない振りをしながら、重く厚い植物図鑑を捲る。
特に意味もなく目次を見ると、
花吐き病についてのコラムが載っていた。
気になってそのページを読むと、
吐き出される花にも意味があるらしいということだった。つまり、花言葉。
熱心にそのコラムを読む私を不思議に思ったのか、覗き込んできた刀也くん。
私は気づいていなかったかのような素振りを見せて、花の一覧を開いた。
何ページも捲っては、これじゃないなと思いながらめくり続けた。五十音順のそれは気づけば5分の1ほど捲っていて、た行にさしかかるころだった。
「あ、」
思わず声が出て、
その花の詳細ページを急いで開く。
ツキヌキニンドウ。
紅く花火のような花。
朝私を苦しめた花。
花言葉を見ると、『献身的な愛』『言い知れぬ想い』と書いてあって。
言葉にしない想いと言うより、出来ない想いだと自分を嗤った。
「この花、綺麗ですね」
私が熱心に見てると思ったのか、刀也くんがそう言った。
「そうだね、まるで花火みたいで綺麗だね」
「今度、これ植えるんですか」
「まだ、検討中だってば。そんなに気にいったの?」
珍しく花に興味を見せる刀也くん。
「いえ、貴方みたいだなって」
なんでもないように言う彼。
私が不思議に思っていると、
「花言葉、貴女みたいじゃないですか?この、献身的な愛とか」
「まさか、そんな事ないよ。」
まさか、そんなことを言われるとは思ってなくて、直ぐに否定の言葉を返した。
「…ところで、何を隠してるんだよ」
今まで、学校の黛君としての口調だったのに
スイッチが切り替わるように、幼馴染の刀也くんに変わった。
「何も隠してないよ。」
ハッキリと詮索されたくないという意志を見せる。刀也くんは、無闇に踏み込んで来ないから安心出来ると思っていた。
「お前なぁ…じゃあ、当ててやるよ」
「刀也くんには当てられないよ」
「お前なぁ、僕のこと頼ってくれよ。本当に。」
「いつも頼ってるしお世話になってるよ」
植物図鑑を閉じて、元のあった場所にしまいに行く。
後ろに付いてくる刀也くん。
図鑑を元の位置に戻して、
刀也くんに向き直ると、
彼の腕に閉じ込められていた。
「花吐き病」
そう言われて、身体が固まって動けなくなった気がした。
「お花吐いちゃう奇病のことだよね。それがどうかした?」
「お前も、花吐き病なんだろ」
「お前も…?まさか、刀也くん…」
顔をあげれば揺らぐ瞳と目が合う。
「好きな人、居たんだね」
そんな言葉が出た。あぁ、私、きっと、
このまま、花に殺されてしまう。
でも、その散り際は華やかなものだろう
「そうですよ、ずっと一緒に居るのに、僕のことを見てくれないで、僕から、僕達から離れようとする人なんです。酷いと思いませんか。」
グルグルと回る頭はもうからっぽで、
頭の中は、もう花でいっぱいなんじゃないかってくらい彼の言ってることが理解出来なかった。
「好きなんだよ、お前のことが、」
泣きそうな声で、私を強く抱きしめる。
「刀也くんは、私のこと好きなんかじゃないと思ってた、私なんかで、いいの…?」
受けとめられない、夢のような話。
嘘ならば、夢ならば早く覚めて欲しい。
「むしろ、桜華以外考えられるわけないんだよ。」
まっすぐと私の瞳をみる濡れた翡翠。
「私も、刀也くんがいい」
はっきりと自分の、私の気持ちを伝えると
なんだかおかしくなってふたりして笑った。
白銀の百合は吐き出されて、辛く、苦しい花の試練を乗り越えた。
長い長い、お互いの恋は実を結んで、きっと、愛になる。

2020/09/21