「はい?どうかしました?」
社さんに話しかけると一つ結びの髪を揺らして首を傾げて僕の要件を聞いてくれる社さん
「実はここの会計計算が合わなくて…」
「あぁ、なるほど。うん、私もやるよ」
「えー桜華ちゃん、ひまのこと置いてくん〜?」
本間さんが僕のことをじっと見て言ってくる。近くにいた御伽原さんも何か言いたげに僕をみる。
「もー、二人ともこれは会計の仕事だから私がやらなきゃ行けないことなの。すぐ終わらせるから待っててね」
「もーしかたないな〜」
「それまでに頑張って進めておくから桜華ちゃんの仕事私たちで増やしちゃうかもよ〜?」
「そこは二人とも頑張って私の分減らすくらいしてよ〜も〜」
そうやって三人でわらいあって、
「それじゃ、向こうの教室に会計書類あるよね?そっちでやりましょうか」
会計書類がまとめてあるのは、劇で使う小物とか喫茶店の出し物で着る衣装の併せをしていたりする。
向かい合わせに座って、計算をしていく。
社さんは会計書類に一通り目を通して、
手元のメモで計算していく。
その間僕は手持ち無沙汰で、することがなく社さんを見ていることしか出来なかった。
…そういえば、誰かが社さんのことを聖母だと言っていたのを聞いた気がする。それは所詮噂話に過ぎないが。うちの学校には保健室の天使が居るが天使こそ聖母なのではと僕は思う。目の前の社さんを見る。
長い睫毛、伏せられた瞳の奥は夕焼けのような色をしている。
「どうかした?」
その夕焼けの瞳と目が合う。
ん?と首を傾げる彼女。
「や、綺麗な瞳だなって思って」
少しだけ驚いた顔をして、やわらかな表情をする。優しげなその夕暮れを細めて、恥ずかしそうに微笑んで、「ありがとう」と僕にお礼を言った。その表情を見て、どこか呆然とああ、この人が聖母って呼ばれるのが何故だかわかったような気がした。そんなことを考えていると、
「あ、多分間違ってたのはここでこれで計算が合うと思うよ」と会計書類に指を指して訂正箇所を伝えてくれた。その細く白い、華奢な手を愚かな僕は手に取ってしまった。
「え、っと…手、離してくれるかな…」
困った顔で振りほどくことも出来ずにいる社さん。
「桜華」
彼女の名前を呼んで、僕が手に取ってしまった彼女の手を悠々と自分の手の中に収める奴は僕のことをその冷たい翡翠の瞳が僕を射抜く。
「刀也くん、会計書類の話してただけ」
翡翠の瞳は僕から彼女に変わる。
「あんまり、気を抜きすぎるなよ。」
「そんなつもり無いよ」
二人の会話、僕が居ないのが当たり前のように会話が進んでいく。
「あ、社さん会計書類ありがとう、それと、ごめん、じゃあ、僕行くね」
逃げるように椅子を鳴らして立つ。
この幼馴染に関わったら駄目だ。背中に刺さる視線から逃げるように腕に会計書類を抱えて教室を出た。廊下の角で誰かとぶつかった
「おわ!ちょ、なに〜?」
女の子の声。翡翠の目。靡く紫色の透き通る髪。散らばった書類を律儀に集めてくれた。
「あ、ありがとうございました、失礼しますっ!」
はやくはやくはやく双子の妹にも会うなんて彼女は聖母なんかじゃなくて悪魔なんじゃないかとすら思う。兄の僕を見つめる視線は
冷たく鋭く僕を射抜き殺さんとしていたのだから。
「刀也〜」
立花ののんびりとした声と扉の開く音が聞こえた。
「あれ、立花どうしたの?」
心配する幼馴染の声。
「どうせ大したことないんだろなんだよ」
「まぁ、大したことないんだけど廊下の角で人とぶつかっちゃった」
「怪我とか大丈夫?」
「うん、私は特に。ただ書類が散らばっちゃって拾うの手伝ったくらいかな」
「書類、ああ、彼とぶつかったんですか」
「知ってる人?」
「うちのクラスの会計の人。文化祭のね」
「そういうことか」
「さて、そろそろ帰りますよ。ここに留まる意味もないでしょうし」
「そうだねぇ」
「え〜鞄取りに行くの面倒だなぁ…」
「それは置いてきたお前が悪いだろ」
そう話していると、また後ろの扉が開いて
「あ、ちーっす。」
と陽気な声。
「ヒムじゃん。どうしたの?」
「お前さぁ、帰るとか言っといて鞄置いてくのヤバすぎな?」
立花の鞄をひらひらと見せつける。
「さすがヒム!わざわざありがとう〜!」
「ほんっとお前調子よすぎ」
そんな二人の様子を微笑ましく見る桜華。
彼女の夕暮れの瞳に囚われていいのは、
僕らだけだと考えながら、手の中に収まったままの彼女の手を引いて、帰る準備をするのだった。慈しみ、愛を受けるのは僕だけでいい。
2020/09/28