秋特有のこの甘い香りを私は、苦手だと思った。嫌いだと思った。彼女を連れていったこの季節を嫌いになった。自分も嫌いになった。
彼女の葬儀が行われた葬儀場の周りには、金木犀が生えているのか甘い匂いが広がっていた。悲観して、彼女の死に向き合うことを躊躇した。しかしそれは紛れもない事実で、棺に眠る彼女は冷たかった。それはあの日、私を庇った彼女と同じで、温もりを失っていくのが怖かった。しかし、彼女の温かさは消えて、今はこうして棺で永遠に起きることなく眠りについている。秋が似合う兄の方はきっと、私を恨んでいるだろう。私は顔を上げることも無く、ずっと床ばかりを眺めていた。
「あの子がしたことなの、あの子が貴女を守りたかった結果がこれなんでしょ?じゃあ、仕方ない。それに、貴女が道路に飛び出すなんてことしたわけじゃないんだし、居眠り運転の不慮の事故だったの。貴女が悪いわけじゃない」
そういう彼女の母の言葉は、私の空白を満たすことはなく、ごめんなさいと謝るだけだった。 彼女の父は、人間は脆いからなただそれだけだろと赤くなった目でそう言っていた。
葬儀が終わって、喪失感のまま椅子に座ったままぼーっとしていると私の前に影が出来る。前を見れば、彼女の兄がいた。
「ぁ…部屋、出ます。ごめんなさい、邪魔でしたよね」そう言って立ち上がろうとすると
「まだ時間じゃないから座ってろ」と言われそのまま椅子に縫いつけられるかのように動けなくなった。
彼はそのまま私の前にしゃがみこんで、私の手を包んだ。
「僕が恨んでるって思って、最近ずっと避けてたならお前は僕のことまだまだ分かってないよなぁ…」
「だって、死んじゃったんだよ、私のせいで、もう、もう、居ないんだよ」
涙はとうの昔に彼女の死を見た時に枯れたと思っていた。溢れんばかり私の両の目からは涙がこぼれ落ちる。
彼は優しく私の目元の涙をハンカチで掬う。
「あれは、あいつがお前を守るためにあいつが無茶したからだろ。それだけあいつはお前を助けようと思ったんだよ。ほんとに馬鹿な奴だけど」
「当たり前だと思ってたの、だから罰が当たったんだと思った。幼馴染で、私たちが誰も欠けることなく一緒にいられると思ってたの…だから、私もう、分からないの、きっと、この関係に陶酔しきっていたの。当たり前に私の近くにふたりが居てくれるって」
彼が包んでくれている私の手は震えていて、
彼は優しく、でも力強く離さないように私の手を握る。
「そんなの僕だって思ってたよ」
「私が殺しちゃったんだよ…?」
「あれは事故であいつはお前を庇って死んだ。お前が死ぬかもしれなかったし、ふたりとも死んでたかもしれない。僕だけが取り残されてたかもしれない」
「っ、でも…」
「本当に一つだけ言えるのは、あいつが死んだのはお前のせいじゃ無い。お前が生きててくれて、僕の近くに居てくれればもう、もういいんだ…」
力なく私に懇願するようにいう彼の瞳は、涙に溢れ縋っているように見えた。
「私が出来ることがそれなら、私は、貴方とずっと一緒にいるよ…それがつみほろぼしになるのなら」
これは逃げられない。取り残された私達は、彼女の死にずっと囚われ続けるだろう。
私達は、ずっと3人だったのだからこれからもずっと。
「桜華」
肩を叩かれて、意識を戻す。
「いつまで仏壇を眺めてるの」
目の前には、立花が居て、
「刀也が死んで悲しいのもわかるけど、もうすぐ1年だよ?そろそろ、前向かなきゃ刀也も怒ると思うよ?」
「あれ…」
金木犀と線香の香り。
あれ、死んだのは、約束したのは、私を庇ったのは、あ、れ…本当に死んだのは、本当はここに居ないのは、もしかして、
遺影の中で刀也くんは笑っていて、
私は彼の死と共に初恋が死んだ。
「刀也」
妹の涙声に呼ばれる。
自分は床に膝をつけて、彼女の顔をずっと見ていた。
「刀也、桜華はもう、」
「うるさい、分かってるよ、分かってる…」
「私が余所見してたから」
「それはお前のせいじゃない!お前のせいで死んだんじゃない…僕が、一緒にいれば良かったんだよ…」
「刀也…」
あの日のことを何度悔やんでもその日に戻ることなんて、当たり前になく。日々は無常にもすぎて、彼女の葬儀が執り行われている。
棺の中の彼女の顔は青白く無理やり微笑んでいるようで痛々しかった。
くどく、むせ返るような金木犀の匂い。
彼女が好きだと言っていた匂い。
頭が割れそうに痛い。
ぼくも、おまえのとこに、つれてってくれよ
「刀也、とうやぁ……」
泣く立花の声に、意識を連れ戻された
「ごめん、ごめんね…ほのか、わたしの、」
「泣くなよ、お前のせいじゃない、あれは事故だって、」
「っ、でも、」
反論を続けようとする立花にハンカチを押し付ける
「わぷ…なにすんの」
「大人しく涙拭いてろ、ぼくも、ほのかをあきらめたから」
「とうや……」
棺は閉じられて火葬場へ。
…あぁ、今日は一体、何日だろうか
ぐわりと揺れる、誰の葬儀だったっけ、
大切な人が、ほのかが、あれ、これは
誰が死んだ、世界だ…?
「とう……!」遠くなる立花の声を最後に
暗転した。
果たして、この三人が一緒にいられる未来は
どのくらい先にあるのだろうか、
抗い続けて、ごちゃ混ぜになったこの世界は
本当にしあわせにたどりつけるのか
金木犀の花は今日も咲いている。
2020/10/01