チョコレートは、溶けた

「刀也くん、チョコ好きだよね?これ、ハヤトさんから貰ったんだけど、食べきれなくて…」
そう言って幼馴染が持ってきたのは、ブランドの高級チョコレート。僕たち学生が簡単に手に入るものじゃない。相も変わらず、ハヤトさんは彼女に施しというか、貢ぐというか、ガクくんやむぎちゃんも笑って流しているけど、明らかな好意だ。それでも、気にしていないような彼女は些か鈍感過ぎる気がするけれど、それはうちの立花にも言えたことだから僕の気苦労は絶えない。そんな彼女は最近、色んなところに引っ張りだこのようで、僕も立花も彼女と帰るのはまちまちになっていて、立花が不貞腐れていたのは記憶に新しい気がするが、あいつはあいつで楽しくやっているようだった。渡されたチョコレートを受け取りながら、それらしい口実を吐く。
「ハヤトさんは相変わらずの様で、このあと暇なら少しゆっくりしていけよ、母さんがお前に会いたがってたし」
自分もとは言わなかったが、彼女も彼女で立花や僕に構えてないとどこかで思ってると勝手に信じている。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。叶さんにココア作ってもらお〜」
楽しそうに僕の家に入っていく彼女。
そこにはなんの警戒心もなくて、意識されていないのだと言われているような気さえした。ぼーっとしてると思われたのか、
「刀也くん、はやくココア貰おう?」なんて言って僕の袖を引くから僕は彼女の手を取って、「ほら、早くチョコ食べますよ」なんて言って家に入った。


刀也くんに手を引かれて、黛家にお邪魔する。叶さんのココアと久しぶりにゆっくり刀也くんと立花と話せそうだなと少し、嬉しくなっていた。リビングに行くとお昼の片付けをしていた叶さんがいて、お邪魔しますと言うとゆっくりしていってねと言ってくれた。
2つあったチョコレートのひとつをリビングのダイニングテーブルの上に置いて、叶さんにこれよかったら食べてくださいと伝えて、私の後ろでそわそわしている刀也くんの方を向くと、また手を取られて二階へ連れられる。叶さんは、あとで飲み物持っていくね〜と言っていたからきっと、ココアを入れてくれるだろう。二階の立花の部屋の前で止まる。コンコン、とノックをすると、慌ただしい音と勢いよく開くドア。一歩引いていて良かった。開けた本人は、ぽかんと呆けて、桜華?と私の名前を呼んだから、立花と呼び返すとそれなりの勢いで抱きつかれる。
少しふらついたけど、刀也くんが支えてくれた。どさくさに紛れて刀也くんも後ろからギューッとしてきて双子サンドされて、ふたりも寂しがってくれてたのかな、なんてちょっと自惚れたことを考えてみたり。
なかなか離れる気配もなくて、紙袋に入ったチョコレートをどうしようかなぁと思っていると、私の手からするりと紙袋が取られた。
「立花、そろそろ離れろ。折角の高級チョコ溶けるぞ」
そう言って、刀也くんの手には紙袋があって、立花は嬉しそうにチョコ!と反応しては調子良さげに入って入ってと自分の部屋に私を押し込む。立花の少し、無機質な簡素な部屋に3人で居るのは何時ぶりだろうか。もしかしたら、初めてかもしれないし、私の記憶にないだけなのかもしれない。ああ、いけないな、感傷に浸ってしまった。小さなテーブルの上にチョコレートを置いた刀也くんは、チョコレートの味が書いてある小さな冊子を見て立花にも見せていた。そういえば、叶さんそろそろかなと思い、ふたりに飲み物貰ってくるねと言うと、桜華は座っててと立花。僕が貰ってきますからと刀也くん。
すっと立ち上がって階段を下る音を聞きながら立花がチョコレートを選ぶのを見ていた。
「あ、立花そこの右端のはボンボンショコラだから食べちゃダメだよ」
「えー…美味しそうなのになぁ」
「これは叶さんとか葛葉さんとかにね」
「じゃあこれ食べる」
「それ美味しいよ」
立花とそんな話をしていると、階段を上ってくる音が聞こえたから、部屋の扉を開ける。
飲み物を運んできてくれた刀也くんは、
そのまま部屋に入って私は扉を閉めて、またさっきの場所に座り直すと、オレンジ色のラインの入ったマグカップを渡される。
黄緑のラインの入ったマグカップは立花に手渡され、刀也くんは、薄紫色のラインの入ったマグカップを手元に置いていた。立花はココアよりホットミルクが良かったなぁなんて言っていた。私はココアの方が好きかなぁと言うと甘いの好きだもんねぇと返された。別に普通だけどなぁ。温かい叶さんの作ってくれたココアをゆっくり飲む。マグカップの水面をボーッと見つめる。
「桜華」
名前を呼ばれてはっとした。
「何?どうかした?」と返せば、
「桜華はチョコ食べないのかなって」
「私はまだ家にあるし、結構食べたからいいかなって」
「えー…一緒に食べようよ」
「そんなに言うなら少し頂こうかな」
どのチョコレートを食べようか箱に目をやると右端にあったボンボンショコラが消えていた。
「あれ、刀也くん、右端のチョコ食べた?」
「ん、美味しかった」
「あれ、ボンボンショコラだけど大丈夫?」
「お酒といっても少量だし、大丈夫だろ」
「平気そうならいいんだけど…」
そんなやり取りをして自分の食べたいチョコレートを見ていく。無難なチョコクランチを口に放り込んだ。ザクザクの食感と、甘いチョコが口に広がる。美味しいなぁ。マグカップを両手で持つ。立花はチョコを選んでは悩んでいて、刀也くんは時折ココアを飲みながらチョコ適当に選んでは口に運んでいた。
まだ、温かい叶さんが作ってくれたココアをゆっくり飲む。甘すぎない、丁度いいココア。
「桜華」
ぼーっと、ココアを半分ほど飲んだ頃、
目が据わった刀也くんに名前を呼ばれた。
「お酒回ってきたの?」
「ねむい」
「自分の部屋戻る?」
「ん、」
どこかふにゃふにゃの刀也くんの手を取って立ってもらう。足取りは少し覚束無いけれどちゃんと歩いてくれたから手を引いてベッドまで連れていく。ベッドにつくと座って自分の隣を叩いている。隣に座ると、肩に頭を預けて来るように擦り寄って来る。
擽ったいよ、という私の声が聞こえているか分からない。しばらくして満足したのか、ベッドにゴロンと寝転んで、眠ったようだった。寝たのを確認して立花の部屋に戻ろうとすると、着ていたパーカーの裾を刀也くんが掴んでいた。パーカーを脱いで刀也くんの傍に置くと、パーカーを抱き込むように眠ってしまった。珍しいその姿に不思議な気持ちになりながら立花の部屋に戻った。
叶さんのココアは随分と温くなっていて、一気に飲み干してしまった。刀也くんのマグカップを見ると半分ほど残っていたから飲んでしまった。刀也くんのココアは私のよりもうんと甘くて、溶けてしまいそうだった。